8月第1週の週末、真夏の風物詩〈8耐〉こと鈴鹿8時間耐久ロードレースが三重県の鈴鹿サーキットで開催された。今年で44回目を数えるこのレースで、29回の最多優勝回数を誇る陣営がホンダだ。
勝利数は、圧倒的である。鈴鹿8耐はホンダにとって最重要レースのひとつ、と位置づけられているだけに、レース活動を担うHRC(Honda Racing Corporation:ホンダレーシング)の首脳陣も揃って鈴鹿入りする。HRC社長渡辺康治氏も、土曜午前から鈴鹿のレース現場へ入った。日曜の決勝レースではファクトリーチームのTeam HRC with日本郵便が勝利し、2年連続優勝を達成した。
しかし、問題はMotoGPである。この世界最高峰の二輪ロードレース選手権で、ホンダは現在、かつてないほどの苦況に陥っている。
第9戦イギリスGP終了段階で、決勝レースの表彰台獲得は1回のみ。ライダーランキングの最上位選手は14位、メーカー順位は首位のドゥカティにトリプルスコア以上の差を開かれる4位。チーム順位では、ファクトリーのRepsol Honda Teamは全11チーム中の最下位というありさまだ。この成績は、おそらくHRCの二輪ロードレース史上でもかつてないほどの危機的な惨状だろう。
そこで、8耐決勝前日の土曜に鈴鹿サーキットでHRC渡辺康治社長の独占インタビューを敢行した。いったいどうすれば今の苛酷な状況から脱することができるのか。ホンダのレース活動を束ねるトップエグゼクティブに、腹蔵のない意見と復活の道筋を尋ねた。
渡辺氏が社長に就任したのは2022年春。それまで二輪レース活動をもっぱらにしていたHRCがF1などの四輪レース活動も統合し、新生HRCとして活動領域を広げるようになったときだ。渡辺氏は社長就任に際し、この新生HRCの4つの大きな柱として以下の項目を掲げた。
- モータースポーツ活動を通じたHondaブランドの更なる高揚
- 持続可能なモータースポーツを実現するカーボンニュートラル対応
- モータースポーツのすそ野を広げる活動への注力
- 二輪・四輪事業への貢献
これらの4項目は、果たして当初に想定していたとおりに順調な進行を見せているのだろうか。まずは、そんな質問から始めてみた。
基本的には、予定どおりに進んでいます。多少手探りで何をすべきか考えている部分もあるので、何もかもすぐにできるわけではありません。とはいえ、昨年春にHRCとして二輪と四輪を合体させてひとつのレース専門会社で運営していくことについては、多少の難しさも最初からある程度は予測をしていました。
たとえば、本体の本田技研でも二輪と四輪はあまり関わりがなく開発されていたり、二輪と四輪のカルチャーがそれぞれ違っていたり、といったことなどもありました。二輪と四輪の両方を担当してみると、両方にはそれぞれの強みもある反面、改善が必要なところがあるな、ということもわかってきました。
たとえば二輪の場合は、HRCで長くレース活動をやってきた経験がかなり積み上がっています。モータースポーツと二輪事業は一体化されていて、それが商品にうまく活用されているし、ワンメークレースにも活きています。
一方で四輪のほうは、技術的な面では確かに優れている部分があるけれども、モータースポーツ全体としてどうしていくか、という考えや、それを事業とうまく連携させていく部分が弱い。そういったそれぞれの長所と改善点を、二輪四輪で相互に補完していくことが大切だと改めて思いました。
──二輪の場合はレース活動を続けてきた中で蓄積された経験と知見が強みだ、ということですが、では、二輪をやってきたHRCの弱み、改善点は何なのですか?
弱みというかどうかはともかくとして、もっと過去から二輪と四輪の技術交流を積極的に進めているべきだった、とは思います。たしかに従来もある程度の交流はあったのですが、今、もっと密に技術交流をしてみると、過去の交流は充分ではなかったと感じる部分はあります。たとえば二輪は二輪独自の発想に集中しすぎるために、新しい技術のアイディアが限定されてしまう面もあったのかもしれません。今は、たとえば空力やエンジン燃焼の分野に四輪(の技術)が入りこんでいるのですが、そうすると従来とは全然違う発想のものがどんどん出てくるんです。二輪と四輪のシナジー効果で、二輪にいい影響が出ていると思います。
──「二輪と四輪はカルチャーが違う」という話でしたが、それが原因で技術交流などに齟齬を来す面もあるんですか?
そもそも、二輪と四輪はそれぞれ独自なことをやってきているので、そういう意味では、二輪側の人たちは四輪にずかずかと入ってきてほしくはないでしょうし、それは四輪側の人も同じだと思います。だから、そこは我々マネージメント側が無理に何かを押しつけるのではなく、同じものを見たときに彼らが何を選ぶのか、ということを自発的にやってほしいと思っています。だから、我々が二輪の技術者に「四輪のこの技術を使いましょう」と押しつけるような話では全然ない、と思います。
──渡辺さんは社長就任後に、頻繁にレース現場へ来ている印象があります。たとえば今年のMotoGPでは開幕戦のポルトガル・ポルティマオや、6月のイタリア・ムジェロにもいましたよね。F1でも、先日のオーストリア・レッドブルリンクにいた姿を映像で拝見しました。国外のレースへ頻繁に行くのは、積極的に現場へコミットしようという考えがあるからですか?
そうですね。もともと現場が大好きだということもありますが、いろいろと調整や議論をしなければいけない項目が山のようにあるんです。視察訪問というような浮わついた話ではなく、ホントに議論しなければいけない中身がたくさんあるんですよ、MotoGPにしてもF1にしても。
プロフィール
西村章(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。