『後継者不足時代の事業承継 当事者の視点で考える』の著者・大塚久美子氏と、『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想』の著者・塚原龍雲氏が、「一回目の承継」に直面する日本企業と、職人の情熱を絶やさないために、私たちが構築すべき「健康的な関係」について語り合う中編では、職人、中間業者、自然、すべてが健やかであるための、適正な報酬と投資についてのテーマを語り合った。
構成/井尾淳子 撮影/内藤サトル

「立身出世」から「外側にある目標」へ
大塚 前編で事業承継の難しさについて触れましたが、昭和の創業者と塚原さんの世代では、事業に取り組む「動機」が大きく違うと感じています。昭和の創業者の多くは、戦後の貧しさからの脱却や「立身出世」が非常に強いモチベーションになっていました。それは当時の日本を動かす凄まじいエネルギーでしたが、一方で「自分自身」と「事業」が一体になりすぎてしまい、バトンを渡す段階で、自分自身のアイデンティティを切り離せないという課題も生んでいます。
日本では現在その年齢にある人(編集部註:戦後の創業者) は、おおむね戦後、少なくとも高度経済成長期の中頃までに社会に出た世代です。この世代の人々は、私の世代と比べて段違いに厳しい社会・経済状況の中で生まれ育っています。社会の空気も、二四時間三六五日を仕事に捧げることを美徳と認めていました。そのような中で、仕事が人生そのもの、自己の存在理由でありアイデンティティというのは普通だったのではないかと思います。「ワーカホリック」という言葉がありますが、文字どおり精神的に仕事に依存するという状態は珍しくなかったのではないでしょうか。
(『後継者不足時代の事業承継』54-55頁)
塚原 確かにそうかもしれません。僕の周りの同世代の起業家を見ても、自分の立身出世よりも、社会課題の解決や、人や社会の豊かさに貢献するといった、自分自身の外側に目標を置いている人が多い気がします。
大塚 目標が自分と切り離された「社会」や「文化」にあるからこそ、事業の継続を最優先できる。塚原さんの活動の根底にあるのも、ご自身の成功以上に「職人さんへの想い」や「日本のものづくりを広めることで世界を変えたい」ですよね。塚原さんが創業して、今まさにその道にコミットされているのはビジネスとして非常に正しいと思うし、健全なことだと思います。最後に事業から離れるとき、「自分」と「事業」のどちらが大事かという局面で、塚原さんの世代は、事業の継続を優先できる可能性が高いと思います。
塚原 創業者という強烈な個性を、どうやって文化や組織という「継続可能な形」に昇華させていくか。これは日本社会全体が突きつけられている大きな宿題ですね。
「ヘルシーリレーションシップ」という価値基準

大塚 塚原さんのご著書を拝読して、今の時代に最も必要だと感じたのが「健康(ヘルシー)」「健全」という言葉の定義です。単に「安くて良いもの」を消費者が手に入れることが正義なのではなく、それを作る職人さんが幸せで、かつ次の世代を育てるための経済的な余裕を持てているか。その「循環」がある状態を、塚原さんは「健康的」と呼んでいらっしゃいますよね。
塚原 はい。僕は留学時代にアメリカで「ヘルシーリレーションシップ(健康的な関係性)」という言葉に出会いました。「ヘルシー」とは、食べ物の栄養価の話だけでなく、対人関係やビジネスにおける取引先との関係、もっと言えば自然界との向き合い方にも通じる概念だと気づきました。「Lifestyle」という英語についてのお話(前編)もありましたが、僕が印象的だった英語はこの言葉です。
僕は美しいものを見極める一つの基準に、「健康的であるか」を置いています。職人さんに過度な負荷がかかっていないか、その背後にある自然環境を壊していないか。その奥行きまで含めて美しいと思えるものこそが、本当の意味での「良いもの」ではないではないかと考えます。
大塚 「健康的である」ということは、無理な搾取がなく、命が続いていくということ。家具の世界でも、かつては、私の祖父が作っていた桐ダンスのように、「一生もの」を直しながら使うのが当たり前でした。今の日本社会は、短期間の利益や効率を追い求めるあまり、いつのまにかこの「健康的な循環」を忘れてしまった気がします。「壊れたら新しくて安いものに買い替えればいい」という、ある種「不健康」なサイクルが主流になってしまいました。安く買い叩くことが正義になってしまうと、職人さんは次の世代を育てる余裕を失い、技術そのものが途絶えてしまう。
塚原 職人の技術も、ある種の「生物多様性」のようなものだと思うんです。一度失われたら、二度と元には戻りません。
プロフィール

(おおつか くみこ)
埼玉県生まれ。1991年、一橋大学経済学部卒業。クオリア・コンサルティング代表。94年、大塚家具に入社、96年取締役。経営企画、営業管理、教育研修等の長を歴任。2004年に退職し、翌年、クオリア・コンサルティング設立、代表に。09年、大塚家具社長就任。14年7月に社長職を離れるが、翌年1月に再任。20年の退任後は現職。明治大学グローバル・ビジネス研究科特別招聘教授。著書に『後継者不足時代の事業承継 当事者の視点で考える』(集英社新書)

(つかはら りゅううん)
2000年生まれ。高校卒業後、米国の大学に入学。留学先で日本文化の魅力と可能性を再認識したことをきっかけに「KASASAGI」を創業。日本の美意識で世界を魅了することを掲げ、伝統工芸品オンラインショップ「KASASAGIDO」や、伝統技術を建材やアートなどの他分野に応用する「KASASAGI STUDIO」を展開。インド仏教最高指導者佐々井秀嶺上人の許しを得て出家した、インド仏教僧でもある。著書に『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想』(集英社新書)。


大塚久美子×塚原龍雲








苫野一徳×岩内章太郎×稲垣みどり

田村正資