著者インタビュー

文学は時代にどう向き合うべきか

日本ペンクラブ第17代会長・吉岡忍氏が語る日本文学の未来
吉岡忍

2018 117()、集英社新書から発売された『ペンの力』は、日本ペンクラブの前会長・浅田次郎氏と現会長・吉岡忍氏による緊急対談である。

日本ペンクラブは作家・詩人や各分野の表現者の集まりだが、本書が上梓された背景には、二人の著者が抱いていた「文学や表現全般に対する危機感」があったのだという。この『ペンの力』出版に至るまでの経緯や、本の中に籠められた思いについて、著者の一人である吉岡忍氏に伺った。

―――『ペンの力』は、日本ペンクラブの前会長(第16代)の浅田次郎さんと、昨年(2017年)から会長に就任された吉岡忍さん(第17代)の対談ですが、冒頭で吉岡先生が「浅田さんはどうして自衛隊に入ったの」と尋ねたのには意表を突かれました。

吉岡 浅田さんと僕はここ十何年か、ペンクラブでよく顔を合わせてきたんですが、お互いに忙しくて、じっくり文学の話をする機会はなかったんですね。しかし、ここ数年、特定秘密保護法、安保法制、共謀罪、さらには改憲の気運と政治状況がかなりきな臭くなってきて、この状況と文学はどう関わるのだろうかということを、一度きちんと話しておかないといけないな、と思ってきたんです。今回、話してみて、浅田さんもそう考えていたことがよくわかりました。

といっても、フィクションであれ、ノンフィクションであれ、文学は個々の人間が生きる場のあれこれを描くものですから、直接に政治と関わるものではない。もちろん政治を含めた社会状況は作家本人の意識や、感じ方・考え方に影響するでしょうが、それと作品そのものとはまた別物にもなる。ここはなかなか一筋縄ではいきません。

ともあれ、今回、たまたまペンクラブの会長交代があったものですから、これを機会にざっくばらんに話してみましょうか、ということになったんです。そのために、お互い作家として出発したときの背景を確認しておきたかった。浅田さんの自衛隊入隊は日本の現代作家としては特異な経歴ですから、そこは外せないな、と思っていました。そうしたら、お互いに影響を受けたのが三島由紀夫だったこととか、その当時、同じ神田川沿いの目と鼻の先に暮らしていたこととかがわかったりして、最初から話がはずんだんですね。

―――まず背景から、というのは数々の事件や事故の現場を歩いてきた吉岡さんらしい発想ですね。

吉岡 作家の名前や作品は知っていても、その作品がどういう時代背景から生まれたかということは案外知られていないものです。

3年前からペンクラブは「ふるさとと文学」という文学イベントを開催しています。初代会長の島崎藤村を手始めに、石川達三、川端康成と、これまでペンクラブに深い関わりのあった作家、時代を画す作品を書いた作家たちの作品を、ゆかりの地元を訪ねてもう一度読み直してみる企画です。藤村は長野県小諸市、達三は秋田市、康成は『伊豆の踊子』の伊豆市でやりましたが、彼らの生涯や作品世界を映像にし、語りや音楽を加えてライブ上演したり、シンポジウムや音楽を構成したりと、けっこう手が込んでいます。

やってみてわかったんですが、作家本人も作品も、それぞれの時代や土地とじつにみごとに密着しているんです。島崎藤村の『夜明け前』と明治維新は切り離せないし、石川達三の『蒼氓』(そうぼう)と昭和恐慌、川端康成の『伊豆の踊子』と関東大震災は切っても切れない関係がありますね。

だから、この『ペンの力』の対談を始めるにあたっても、それぞれの時代がどういう作家・作品を生んできたのか、そこから考えれば、いまという時代はどうなんだろうか、という具合に問題意識を広げていくことができるだろう、という予感はあったんですよ。

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プロフィール

吉岡忍
ノンフィクション作家。1948年長野県生まれ。日本ペンクラブ第16代会長(2011〜2017年)。1985年の日本航空123便墜落事故を題材にした『墜落の夏 -日航123便事故全記録-』(1987年)で第9回講談社ノンフィクション賞を受賞。
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