著者インタビュー

文学は時代にどう向き合うべきか

日本ペンクラブ第17代会長・吉岡忍氏が語る日本文学の未来
吉岡忍

―――この『ペンの力』は、明治維新直後からの日本近代文学150年の流れのなかで、どの文学者が、どのような作品を通して、それぞれの時代にいかに向き合ってきたかが具体的に語られている点が非常に面白いですね。こういう視点から作家・作品と時代との関係を探った書物はあまりないと思います。

吉岡 あるようで、ない。特に僕らのような実作者が踏み込んで書いたり語ったりしたものは、昔もなかったんじゃないかな。ただ、最初にも話したとおり、いま目の前の政治状況と文学との関係を考えようとすれば、明治・大正・昭和の文学者たちがそれぞれの時代の風をどう受け止めてきたのか、どうしたって気になるでしょう。

これは浅田さんがずっと考えてこられたことでもあるけど、ポイントはやはり戦争なんですよ。日本の近代は、始まったとたんに戊辰戦争と西南戦争があり、その後は日清・日露の戦争から始まって日中戦争、太平洋戦争とずっと戦争の歴史です。作家たちはその時代状況の下で、迎合したり、逆らったり、そっぽを向いたりと悪戦苦闘してきた。もう、いまのわれわれの比ではないですよ。

もちろん戦争ばかりが時代状況ではないし、人間を描く視点はもっといろいろありますが、彼らの悪戦苦闘を見ない手はないでしょう。戦争には、その国のあり方や産業動向から始まって、国民道徳や序列意識、何を優先し、何をあきらめるかの日々の価値観まで、その社会が凝縮しています。作家はその具体的な景色のなかで場と人物を設定し、物語っていくわけですから、戦争文学にはよくも悪くも文学者の経験がぎっしり詰まっている。浅田さんも僕も、それは強く意識しましたね。

―――今回の新書では、数多くの戦争文学が挙げられ、論じられています。戦争と文学という視点で、いまどういう作品を読めばよいか、教えていただけませんか。

吉岡 集英社が2011年から13年にかけて、『戦争×文学』というアンソロジーを出版しました。全21巻で、各巻700〜800ページもありますが、その目次を見るだけでも、時代ごとのだいたいの見取り図はできます。

『戦争×文学』(集英社)

昭和前期にかぎって言うと、石川達三の『生きている兵隊』(中公文庫)を読んで、戦場のすさまじさにまずショックを受けてください。これが発禁になって、その後に陸軍に後押しされる格好で火野葦平の『麦と兵隊』や、林芙美子の 『戦線』が出ます。このころの時代の不気味さと息苦しさは金子光晴の詩集『鮫』を読むと、じんわり伝わってきます。

しかし、たちまち負け戦になって、その間はさしたる作品は書かれず、敗戦ですね。林芙美子がほんとうにいい作品を書いたのはそれからで、『骨』(『晩菊/水仙/白鷺』講談社文芸文庫所収)があります。あとは戦後に書かれたものですが、大岡昇平 の『野火』、堀田善衛の『時間』も、戦争の悲惨な実情と、そこにいた日本人が他者の目にどう映っていたかを考えるとき、はずせない作品ですね。

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プロフィール

吉岡忍
ノンフィクション作家。1948年長野県生まれ。日本ペンクラブ第16代会長(2011〜2017年)。1985年の日本航空123便墜落事故を題材にした『墜落の夏 -日航123便事故全記録-』(1987年)で第9回講談社ノンフィクション賞を受賞。
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