著者インタビュー

文学は時代にどう向き合うべきか

日本ペンクラブ第17代会長・吉岡忍氏が語る日本文学の未来
吉岡忍

―――その「第三の視点」には、日本近代ではどのようなものがあるのでしょうか。

吉岡 今年は明治維新150年ですが、その始まりを決定づけたのは戊辰戦争です。この戦争の最終局面は仙台から石巻にかけての一帯、つまり3.11東日本大震災の被災地に重なっているんですよ。じつは僕の曾祖父が、たくさんの児童が犠牲になった大川小学校の初代校長だったので、あの北上川下流あたりのことはずいぶん調べました。

戊辰戦争は薩長の官軍と、賊軍といわれた奥羽越列藩同盟との内戦ですが、鳥羽伏見の戦いから会津の白虎隊の最期まで、主だった戦いのことは、よく知られています。列藩同盟は敗走を重ね、最後は榎本武揚を大将にして、函館にこもって決戦を挑もうとする。だけど、東北から北海道に渡るのは簡単じゃありません。

で、どうしたかといえば、北上山地を越え、三陸の浜に出て、そこから漁船を奪って北上します。これから戦争をやろうというわけだから、資産家の家から金は奪う、そこにあった刀や槍は持っていく、米も干物も酒も盗んでいくというわけで、地元はさんざんな目に遭います。しかも、彼らが行ってしまったあと、今度は追いかけてきた官軍が、こちらも戦闘を繰り返しながら長旅をしてきた兵士ばかりだから、ここでひと休みしようと、浜に居座って、メシを持ってこい、酒を出せ、と大騒ぎです。三陸の漁師たちにしてみたら、わけもわからず往復ビンタを食らったようなものでしょう。

3.11のあと、三陸一帯は明治と昭和、大きな津波に二度も見舞われた、とよく言われました。たしかにそうですが、歴史はそんな単純なことでは終わっていません。郷土史を調べ、地元の人たちの話を聞いていくと、もっとたくさんのことがわかります。そこから明治維新や近代化の意味も、権力対反権力という二項対立ではない、いわば周縁の目、第三の目で問い返すことができる。

僕は、日本の現代文学が国家や政治と向き合っていない、とは思っていないんです。小説のなかである人物を設定し、彼や彼女が何を、どう感じ、どんなふうに動くのかと考えるとき、当然、その背景となる時代の価値観や政治状況に思いをめぐらさないわけにはいかない。そこで単純に二項対立的な動かし方をしたら、作品はつまらなくなる。やっぱり第三の視点を必死で探します。作家はみんな、昔もいまもそこに命を懸けているんです。ただ、僕も含め、まだ試行錯誤し、考えあぐねている。それはそうですが、この努力をつづけるかぎり、文学には大きな可能性があると言えるのではないでしょうか。

 

構成・文:広坂朋信/撮影:内藤サトル

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プロフィール

吉岡忍
ノンフィクション作家。1948年長野県生まれ。日本ペンクラブ第16代会長(2011〜2017年)。1985年の日本航空123便墜落事故を題材にした『墜落の夏 -日航123便事故全記録-』(1987年)で第9回講談社ノンフィクション賞を受賞。
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