『NARUTO―ナルト―』を読んでいない読者は「こんな言葉が『名言』?」といぶかしく思うかもしれない。もちろん、たとえば「仲間を大切にしない奴は それ以上のクズだ」といったわかりやすい「名言」もある。だがその一方で、たとえば「ボクには 感情ってものが 無いんだ」というセリフが収められている。もとより、この本に収められた言葉は、キャラクターたちと紐づけられることで、はじめて「生きた言葉」となり「名言」となる。だがそれ以上に、こんなセリフが「名言」たりうる「逆説」がある。
「ボクには感情が無い」というセリフは、サイという少年忍者のものだ。要点のみを記すと、実は豊かな感情を持った少年が、それを強く抑圧している状態を示すものである。『NARUTO―ナルト―』本編の読者は、この「感情が無い」という言葉をある程度額面通り受け取りつつ、物語の先の展開においてこの言葉が覆されることを期待する。またこの人物の場合「豊かな感情」とは、とりわけ「兄弟愛」という形で示される。
『NARUTO―ナルト―』は、忍法によって欺き欺かれるという絶え間ない闘争の物語だ。この「忍法的世界」では、唯一「人の心」だけが信じられる。そして物語全体を貫く主題には、誰かが誰かのことを強く思いやる、広い意味での「愛情」がある。ただしそれはストレートには表現されず、常に「否認」を伴う。物語の最初のエピソードで、主人公・うずまきナルトはカカシ先生の愛情を受け止めることができず逃げ出してしまう。だが後に彼は自分が「大切に思われていること」を受け入れる。つまり「否認」は克服される。以降、物語は愛情の「否認」とその克服という心理を繰り返し描き続ける。これが「逆説」の正体だ。
愛情の否認は、私見ではとても普遍的な心理だと考えている。そしてその克服という物語は、ぎりぎりのところで希望を指し示すものであるとも。世界の子どもたちに『NARUTO―ナルト―』が受け入れられている理由は、あるいはこんなところにあるのかもしれない。
名言ナンバー068「ボクには 感情ってものが 無いんだ」
(コミックス第32巻所収・第288話「分からない感情〔おもい〕」)
名言ナンバー052「うれしい時には 泣いてもいーんだぜえ!」
(コミックス第3巻所収・第23話「2つの急襲…!!」より)
©岸本斉史 スコット/集英社
いとう・ごう ●東京工芸大学マンガ学科准教授
青春と読書「本を読む」
2013年「青春と読書」4月号より