「科学研究の要諦とは、何がわかっていて、何がわからないのかを知ることだ」。本書を一読すると、かつてある高名な研究者からうかがった言葉を思い出す。
それならば、最良の研究対象は人間に他ならない。複雑で謎に満ち満ちていながら、なお魅惑的な存在である人間を知りたい。そんな思いは、我々に等しく存在するに違いない。
本書には、作家の夢枕獏さんとの対談を通じ、生物学、物理学、宗教学の研究者から世界的映画監督まで、各界を代表する著名人の「人間観」の一端が収録されている。専門も語り口もまるで異なりながらも、「人間って何ですか?」との問いかけへの答えは、みな雄弁だ。
時の人たちが語る人間観とは、なんと多様で滋味に富んだものだろうか。
脳研究者の池谷裕二さんは、科学者然とした態度で、起きる物事があらかじめ決まっていたとする「決定論」を支持するスタンスを示しつつも、ひとりの人間としては嫌悪感を覚えるという。実に人間らしい。
宇宙物理学者の佐藤勝彦さんは、この科学技術が発達した時代に「心の進化」の必要性を説いた。夢枕さんと考古学者の岡村道雄さんとの対談で取り上げられた、現代に失われた縄文の精神性と表裏の関係にあるのかもしれない。
「図々しくも現役を長く演じる」ことを勧めるビートたけしさんの言葉は、高齢化社会を豊かに生きていくヒントなのだろう。
真理や未知に挑んだ研究者たちの物語でもある。つい先日に望遠鏡観測で初めて証拠がとらえられた宇宙創成期の「インフレーション理論」、再生医療実現の重い扉を開けようとしているiPS細胞、海洋ロマンをかき立ててお茶の間の感動を呼んだダイオウイカ発見など、話題の科学の実像を当事者らの口から浮かび上がらせている。
人間を語ることは、かくも楽しいものか。「ニュースの裏側にある人間を描け」。駆け出し記者だった頃、鬼デスクに繰り返し言われたお説教が、脳裏に蘇ってきた。
のより・えいじ ●読売新聞科学部記者
青春と読書「本を読む」
2014年「青春と読書」5月号より