『イスラーム入門 文明の共存を考えるための99の扉』 中田 考著

九十九の扉を開き、 イスラームの古今東西を旅する 山本直輝  

 最近のメディアの報道から、専ら著者の中田考はイスラーム国の専門家として知られているかもしれない。しかしイスラーム研究者としての著者はイスラーム武装闘争派だけにとどまらず、古典イスラーム学に裏付けされた知識をもとに世界の様々な地域で展開されるイスラーム運動を広い視野で捉えながら、彼らの内在的論理を鋭く分析してきた。
 本書はイスラームの基本教義やイスラーム教徒(ムスリム)の信仰生活、社会のしくみといったイスラームを理解していくための核となる部分をしっかりとおさえながら、イスラームをめぐる現代のムスリムたちの動向も幅広く扱っており、今までにない極めて濃密な入門書となっている。特に現代についてはトルコの故エルバカン元首相や、スコットランド人劇作家の改宗ムスリムを創設者とするムラービトゥーン運動などスーフィズム(イスラーム神秘主義)に由来するイスラーム運動も取り上げている点で、他のイスラーム解説本にはない新しい視点を提供している。
 著者が本書で強調しているように、イスラームは「あるべきイスラーム」を独占的に決める権威をもつ聖職者や機関を認めない。人・モノ・思想のボーダーレスな移動が保障されるイスラーム法が治める空間ダール・イスラーム(イスラームの家)のなかで、ムスリム達はムスリム/非ムスリム問わず価値観や世界観の異なる他者との接触・交流を通じて、イスラームとは何かを問い続けてきた。オスマン帝国カリフ制の廃止によって法制度としてのダール・イスラームは消失したが、中東、中央アジア、南アジア、東南アジア、アフリカのみならず、欧米や東アジアなど世界中に広がるムスリム達は今でも地域・民族・言語の壁を越えてつながり、あるべきイスラームの理念や秩序の模索を続けている。
 イスラームが説く理念や社会システム、そして現代のイスラーム運動の最前線に至るまで、本書は九十九の扉のどれから入ったとしても読者を奥深いイスラームの世界へと誘ってくれるだろう。

やまもと・なおき●京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科グローバル地域研究

青春と読書「本を読む」
2017年「青春と読書」3月号より

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九十九の扉を開き、 イスラームの古今東西を旅する 山本直輝