プラスインタビュー

猫社会学とは?人間社会をネコから考えるおもしろさ

猫社会学研究代表者・赤川学氏インタビュー
赤川学×プラス編集部

つぶらな瞳、気品のある動作、立った耳、愛らしい肉球、マイペースな性格…。猫は多くの人を魅了してきた。
猫ブームが定着した昨今。猫は多くの人を虜にし、猫動画や猫グッズ、猫カフェ、猫写真集など猫を見かけない日がないほどだ。
それを裏付けるように、2022年に関西大学の宮本勝浩名誉教授が、猫が生み出す経済効果“ネコノミクス”は1兆9690億円(1)に上ると発表した。
そして2021年から猫好きの社会学者らが集まり、猫社会学の研究が進められている。猫社会学とは何か?どのような研究が進められているのかを、研究代表者である東京大学の赤川学教授を取材した。

猫ブームは猫の可愛さが生んだのか?

にゃんこ先生の写真

――猫社会学の創設に動き出したきっかけは何だったのでしょう?

もともと猫が好きで、猫の研究をしたいと思っていましたがなかなかできなくて…。
私が飼っていた最初の猫、にゃんこ先生が2011年に亡くなり、その時、例に漏れず「猫ロス」になりました。経験された方はわかると思いますが、「生きていてもしょうがない」くらいに思うんですよ。夢にでてきてもらいたいみたいなところから始まり、この世にいてもしょうがないから、早く死んで猫に会いたいとまで思って、それを周りに話す日々でした。
私は社会学の研究者ですが、社会学は教え子がメディア関連に就職する人が多くて、雑談で猫ロスに関して話したことをきっかけに、新聞やテレビの猫の取材が多くなりました。

ちょうど猫ブームが話題になっていた頃だったので、「なぜ猫ブームが起こっているのか?」という質問を受けるようになったんですよね。「猫が可愛いからに決まってるだろ」という結論だと 、全然話が盛り上がらないんですよね(笑)。 ただし、社会学的にそれなりの要因は推測することはできました。

例えば、共働きの若い夫婦が都心回帰して、一軒家ではなくマンションで暮らすことが多くなったり、単身者や一人住まいでも飼いやすいこと、室内飼いの猫はSNS映えすること、などです。しかし、取ってつけたような感じがして…。だから、真面目に「なぜ世の人がこんなに猫好きかなのか」を考えてみようかと思いまして、科研費(科学研究費助成事業)に申し込むことにしました。その際に、周りの猫好きの社会学者を募って始めたというのが猫社会学創設に動き出したきっかけです。

猫は家族なのか、動産なのか?

――これまで社会学の中では、猫に関してどのような研究が行われていたのですか?

『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)や『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』(ちくま文庫)という本を書かれた山田昌弘さんがいらっしゃいます。専門は家族社会学です。およそ20年前に『家族ペット―ダンナよりもペットが大切!?』 という本を刊行されまして、今となっては不思議にみえるかもしれませんが、「ペットは家族なのか」論争がありました。

社会学の中で、家族をどのように定義するのかは理論的にはさまざまです。法律的に定義すればペットとしての犬や猫は動産で、人間と同じように扱われるのがおかしいという意見もあります。ただ、ペットはどう考えても家族だと思う人もいます。それを理論的に検討したのが『家族ペット』という本です。

歴史的にふりかえると、家族とする要素には「血縁」「同居」「愛情」という3つがありました。これについても知識人や評論家が長い間議論したのですが、近年は愛情オンリー。要するに愛しているかどうかで、誰が家族かが決まるのです。しかし、立ち止まって、現代における家族とは何か、他の要素で家族を説明できないのかを真面目にもう一度、猫で考えてみようと思っています。

――確かに愛情が大切ですね。同居していても、人間の場合はおとなしく言うことを聞いてくれる限りは愛情が注げるという人もいますよね。言うことを聞いてくれないと、軋轢が生まれてしまう。 そのように考えると、基本的に犬は言うことを聞いてくれる存在であると感じます。しつけが必要ではありますが、「お手」や「お座り」など指示したことを聞いてくれる存在です。一方で、猫はこのような芸を覚えさせることはあまり聞きません。

そこは犬と猫の違いですね。 猫の場合は、基本的に人間の言うことを全然聞いてくれないですよね。まあトイレのしつけぐらいです。こちらがいくら愛情を注いでも、基本は振り返ってくれない。ところが、猫が寒い時に寄ってきたり、 食べ物がほしいときに甘えた声をだすと、無上の幸せを感じる。ここに犬との違いがあると思います。猫の場合は、人間より猫の方が上位になっちゃうんですよ。

――人間は怒ると言うことを聞かせられると思って怒るのでしょうが、 猫は怒ったりしたら、ただ逃げるじゃないですか。だから、怒ってもしょうがないし、それは逆効果だっていうのをちゃんと教えてくれる存在ですよね。

そうですね。例えば、蛇や亀など、本当に人間に無関心な動物がいる。彼らは人間に甘えることはないわけですよね。犬は、人間を含む動物に強い関心があるように感じます。猫はその中間で、猫の都合で人間に勝手に甘えてくるところがあって、はじめて猫にすり寄られた日のあの無上の喜びは忘れられません。
そういうのは、「猫と人間の関係」だけ見られる・・・みたいな 理屈を考えると、一応、家族論と繋がってくるんですね。学問的な話になると、「純粋な関係性」という概念が社会学にはある。要するに役割とか性別とかじゃなくて、お互いがお互いを必要としている限りにおいて続く関係のことを、純粋な関係性と言います。それが現在、典型的に見られるのが、人間と人間の関係以上に、猫と人間の関係であるという議論ができるかなと思っています。

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プロフィール

赤川学

1967年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科社会学専攻博士課程修了。現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は、社会問題の社会学、歴史社会学、社会調査方法論、少子化問題、猫社会学。著書には、『これが答えだ!少子化問題』(ちくま新書)や『セクシュアリティの歴史社会学』(勁草書房)、『少子化問題の社会学』(弘文堂)など多数ある。

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