『日韓の未来図 文化への熱狂と外交の溝』 小針進・大貫智子著

両国間での人と人との交流が、政治に左右されない新たな関係を導く

小島慶子
集英社新書にて好評発売中 

本の帯には“文化交流で隣国関係は改善するのか”とある。著者は、日韓の市民の間に政治に左右されない建設的な関係を構築したい!と願うジャーナリストと研究者である。国交正常化以降最悪と言われた2019年から、政権交代によって急速に改善した2023年までの日韓関係の過程を追いつつ、人と人とのつながりの産物についても詳述する。大貫智子氏は1975年生まれ、毎日新聞を経て現在は韓国紙・中央日報の東京特派員。もう一人の小針進氏は1963年生まれの朝鮮半島地域研究者、静岡県立大学教授。両氏が若い頃と、今の若者たちの韓国に対する態度は大きく異なる。生まれた時から韓国のポップカルチャーに親しんでいる今の日本の若者たちは、日韓の政治外交や歴史についてどんな認識なのか。学生たちに詳しくヒアリングをしているので、韓国に憧れる若者が好きな人も嫌いな人も、ぜひ読んでほしい。一方、韓国の若者は日本製品の不買運動に参加しつつ、日本のアニメや日本旅行も大好きなようだ。その心理についても詳しく述べられている。共通しているのは、日本の若者も韓国の若者も公正さを重視し、両国の関係を対等と考えていることである。


あなたもK-POPや韓国ドラマのファンかも知れない。では韓国政府の姿勢は、あなたの韓国好きに影響するだろうか。別物だよ、と答える人が多いだろう。そう、別物なのだ。著者たちがどんなに仔細に調べても、「その国の大衆文化の人気」と、「その国との政治外交面での関係改善」に因果関係は見出せないのだった。だが二人は諦めが悪い。人と人とが交流し、その地を訪ねる経験が、両国の間に、政治に左右されない新たな関係を築きうるのだという希望を手放さない。「文化交流で日韓関係は改善する!」と断言できずに悶えるさまに、そんな両氏の熱意が表れている。二人は取材現場や学生との交流の中で、文化交流の重要性を実感しているようだ。コンテンツや旅を通じて育まれた異国に対する親近感は、その国に向ける眼差しに揺らぎを与える。好意と恐れ、親しみと罪悪感、熱心さと無関心、期待と失望など、己の中に相反するものがあることを自覚すると、相手を眺める視点が揺らぐのである。本書ではその揺らぎについて、韓国好きな日本の若者たちが率直に語っている。揺れる眼差しは固定された視点よりも人間的だ。血が通っている。揺らぐからこそ、相手をもっと知りたいと思うのだから。


大貫氏と小針氏は、韓国のポップカルチャーが身近ではなかった時代に生まれている。 “1975年生まれの筆者の世代は、幼い頃、外国と言えば米国しか知らなかった人が大半で、筆者もそのひとりだった。”(大貫氏) “筆者が1981年に大学に入学して朝鮮語や韓国のことを学び始めた頃、韓国的なるものを他人へ言う際、「はばかられる」感があった。”(小針氏)。あなたはどうだったろうか。


私は1972年生まれだが、両氏とはちょっと違う。父の転勤先のオーストラリアで生まれ3歳で来日した私は、家族でただひとり、日本を“知らない国”として見た。小学校1年から3年までは、シンガポールと香港に住んだ。どちらにも、多様なアジア系の人々がいた。自分はいろんなアジアの人々の中の、日本語を話すグループに属しているという感覚だった。当時、現地には子どもの頃に日本語を話すように強制された人々も、まだたくさんいた。私は7歳で、日本が周辺の国々を植民地として支配していたことを知った。生まれた当時のオーストラリアは白豪主義で、アジア人は差別されていた。産院でただ一人の東洋人の赤ん坊だった私は、新生児室から出されて廊下に寝かされていたそうだ。私は異国で被差別人種として生まれ、見知らぬ日本にやってきて、その後かつて日本が支配した地に暮らし、日本に戻ったら帰国子女という余所者になっていた。「ふるさと日本と見知らぬガイコク」という二項対立の世界観は、初めからなかった。90年代に大学のゼミ旅行で韓国の学生たちと交流し、38度線や独立記念館を訪ね、忘れがたい経験をした。2014年から、息子たちの教育の拠点をオーストラリアに移した。白豪主義から多文化共生社会に舵を切って半世紀、豪州は移民だらけだが、それでもアジア系住民は少数派だ。私が、本書でも触れているK-POPアイドルのBTSに関心を持ったのは、アジア系移民の視点で彼らを見たからである。コロナ禍にBTSが世界的人気となった現象について、韓国の識者たちにも話を聞いた。それまで白人優位だったエンタメの世界市場が多様化していく変化の瞬間に立ち会っている高揚感があった。しかし同じアジア系でも、韓国人である彼らと私の間には、言葉や歴史や政治やジェンダーの課題が横たわっている。揺らぐのだ。視点は一つに定まらず、気持ちは重層的で揺れ動く。それは私が彼らを偶像ではなく、同じ時代を生きる人間として見ているからだ。


差異を尊重しつつ共通点を探す営みが、人と人をつなぐ。日本と韓国も同様だろう。両国がいかに違うかが語られることが多いが、隣人としてうまくやっていくには、何を共有しているのか、どうしたら共有できるのかを諦め悪く探し続けることが肝要だ。本書を読んで、これまで韓国の現実を見ずに独りよがりの幻想を抱いていたことに気づく人もいるだろう。とっつきにくい隣国の印象がガラリと変わる人もいるだろう。大いに揺らぎながら読んでほしい。

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プロフィール

小島慶子

(こじま けいこ)
エッセイスト、タレント。東京大学大学院情報学環客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員、NPO法人キッズドアアドバイザー。1995年TBS入社。アナウンサーとして多くのテレビ、ラジオ番組に出演。2010年に独立。2014〜2023年はオーストラリアとの二拠点家族生活。息子たちの海外大進学を機に、2024年からは日本に定住。著書に『気の持ちようの幸福論』など多数。撮影者: 河内彩

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両国間での人と人との交流が、政治に左右されない新たな関係を導く