対談

財政再建と金利の議論はなぜ難しい?神田眞人内閣官房参与・財務省顧問(前財務官)と読む「国債」

服部孝洋×神田眞人

2025年1月に刊行された『はじめての日本国債』(集英社新書、服部孝洋 著)は、単なる国の借金と見なされがちな「国債」を通して日本経済の見方を考えた入門書だ。
本記事では、書籍内でも議論されている「国債市場」の見方を考えるため、前財務官で次期アジア開発銀行総裁に選出された財務省の神田眞人顧問のインタビューを実施。『はじめての日本国債』の著者であり、東京大学公共政策学部の特任准教授・服部孝洋が聞き手を務める。

『はじめての日本国債』(集英社新書)

服部 2025年1月に『はじめての日本国債』という新書が刊行をされたのを機に、今回は国債市場でしばしば議論される論点について神田顧問にお聞かせいただければと考えています。思えば、私が学生のころから国債残高が増加し、経済学者などからそのことについての警鐘がなされながらも金利の低下傾向は続きました。それもあり、日本では財政再建の議論は盛り上がっていないように感じています。この点に関してどのようにお考えでしょうか。

神田 現在、世界中で財政は大きなテーマになっています。例えば最近でも、イギリスで放漫財政が招いたトラス・ショックのあと、14年ぶりの政権交代があったが、最大の論点の一つは財政でした。フランスでは62年ぶりの内閣不信任が通り、ドイツでは20年ぶりの解散総選挙となりましたが、ここでも財政規律がクリティカルな問題となりました。もっと言えば、アメリカでさえそうで、トランプ陣営はバイデン政権のIRA補助金をばら撒きとして批判して撤廃を約束し、ハリス陣営はトランプ減税を金持ち優遇と批判し、逆に法人税増税などを主張しました。

日本だけがその前提が違っていて、この理由について私も本当に内外のいろんな人に聞かれます。特に外国人からは、「日本人は次世代のことを考えないくらい利己主義か近視眼なのか、動物でも子供を大事にするじゃないか」、とまで聞かれて、「そんなことはない、日本人は先を考える賢明で、他人の幸福を考える正義感ある民族である」と反論しつつ、悲しかったことさえあります。たくさんあるのですが、四つだけ自分なりに整理してみます。

まず、借金を重ねて債務残高が増えても、長い間、金利が低下しており、利払い費が増えなかったという経験です。だから、1,000兆円を超える債務残高を意識できてないというのが一つ目です。二つ目は、歴史的には財政に起因してインフレや通貨の暴落がしばしば起こるのですが、日本ではインフレや通貨安が起きない時代が長く続いてきたことから、その警鐘を鳴らしてもその深刻さが想像できなくなっていることがあります。他国と違い、ハイパーインフレ、通貨価値喪失の歴史的教訓が十分、受け継がれていないのです。三つ目はやはり人口問題。生産年齢人口が何千万ずつ減ってしまうという未曽有の危機が実感を持って理解されておらず、その結果、借金で先送りした負担を、将来の世代に背負わせることの深刻さが認知されていない。四つ目が、社会主義的、あるいは、パターナリスティックな政策を続け、持続不可能な企業もみんな守るようなことをしてしまった。永遠のフリーランチがあたかも可能であるような打ち出の小槌の幻想を信じるモラルハザードが浸透してしまいました。戦前の神風信仰のようなところがあります。その結果は悲惨で、20年以上、ずっと大規模な赤字を伴う積極財政を続ける反面、賃金も増えず、投資もなく、経済も成長できませんでした。例えば、円は実質実効為替レートで3分の1の購買力になってしまうなど、悲惨なことが起こってしまった。

そうはいっても、いよいよ長期金利が上昇傾向に転じ、円安、物価上昇で、生活環境の激変を国民が感じつつあるわけですよね。これは厳しい現実であり、そのため、過度の為替変動から国民生活を守るため、私も数十年ぶりの円買い為替介入に踏み切った次第です。この変化は、ある意味で気づきの機会ではあるのですが、アジア通貨危機、あるいは、リーマン・ショックに加えて、東日本大震災や新型コロナなどを経験し、そのたびに多額の借金を積み重ねて、しかも、そのあとのノーマライズをそれほどしてこず、財政については、他国と異なり、日本は超拡大財政のままです。これからさらに大きなショック、例を挙げれば、首都圏の直下型の地震とか、あるいは、東アジアで戦争みたいなことが発生したときに対応できるのか、財政的な余力が必要なのではないかという議論は大事です。安全保障を強化すべきと考えて防衛予算を拡充してきましたが、そうであれば、それが持続可能であるよう、安定財源を求めなければなりません。また、高齢化によって社会保障の負担は増えていくのが当たり前であり、これも持続可能になるよう、制度の合理化と財源についてしっかり対応しなければなりません。特に、人口減少の中、借金のかたちで今の増大してく負担を先送りして、細っていく次の世代に押しつけることの影響を考えないと、倫理的にも問題じゃないかと思います。将来世代になりきって、今の時点でどのような意思決定を行うべきかというフューチャーデザインなどをしっかりやっていかなければならないと思っています。

服部孝洋氏(撮影:内藤サトル)

服部 債務残高が増加する中、1990年以降、基本的には金利は低下トレンドにあり、経済学者の中でもこのことは説明が難しい議論の一つだとされていると思います。これについてはどのように整理されていますか。

神田 これはいろんな理由があります。一つはリーマン・ショック以降、未曽有の規模の流動性を、主要国の中央銀行が供給したため、世界的に金利が低かったこともあると思います。ただ、日本はとりわけ大胆な金融緩和策で市場における国債の需給まで事実上コントロールしたという特殊事情があり、金利上昇の抑制に寄与しました。しかし、より重要なのは、日本特有の国内資金循環の構造で、国内の経済低迷で企業の資金需要が著しく引く一方、家計や企業のホームバイアスが非常に強く、大量の現預金が国内金融機関に置かれ、眠ったお金が日本にあったことだと思います。家計だけでなく、非金融の企業部門で370兆円の現預金があり、ほかの国では考えられないような事態ともいえます。

もっとも、国内金融機関が国債を安定的に購入して、日銀に購入をサポートされるということが永続的であるわけではありません。実際、日本の金融政策は正常化に向けて動きだしていますし、急激な少子高齢化になると、家計の貯蓄率が下がって、家計貯蓄による国債ファイナンスが厳しくなるというのは、多くの人が予想していることです。

国民の金融リテラシーが上がったということもあります。健全にリターンを求める投資へのシフトであり、これ自体はいいことなのですが、国内の投資機会は魅力に乏しいため、ホームバイアスがなくなり、事実、毎月1兆円ぐらい、オルカンとか米国株に資本流出しています。このほかにも、銀行など国内金融機関の国債購入も期待されていますが、国際金融規制であるバーゼルⅢなどの要因もあり、余力にも限界があります。

我々が忘れてはいけないのは、一回市場の信用を失った場合のことです。例えばトラス・ショックを思い出しても、トラスさんが首相になって急に危機が起こったわけではないんです。ボリス・ジョンソンが去る数カ月前にその政策を発表していたのです。何もその秋のイベントはニュースでもなかったのですが、ただ、投機筋は虎視眈々と一番儲かるときを狙ってたわけです。私は、トラス首相誕生の日も日英金融協議でロンドン英国政府と議論しており、その後もずっとフォローしてきましたので、マーケットの怖さをここでも実感しています。歴史的な事実を挙げればギリシャも指摘できますが、一回信認が崩壊したら、格付け会社のレイティングも暴落し、為替も株も債券も急落していくわけです。イギリスのトラス・ショックでも、自国通貨建てかどうかは関係なく、市場で国債が暴落して金利が急騰します。日本の場合は、財政の持続可能性の信認が喪失すると、円が無価値になっていく方向で調整されるのではないか、という見方も強いところですが、そうなると、円で資産を有し、食料やエネルギーもドル建ての輸入に頼る普通の国民が悲惨なことになりますので、財政を持続可能にして、何とか阻止したいところです。

日本の場合、この低金利環境が安定的だと言う人います。しかし、実際にはそうでなく、一時的に何とか抑えているにすぎません。デフレ脱却には絶対に必要だった政策ですが、申し上げた通り、その副作用として低生産性、低成長という不幸な副作用が強まっていますし、インフレを抑えるために金利をノーマライズしていかざるをえない状況と考えられています。日銀が直接コントロールできない40年金利をみると、2022年は0.5%近辺だったんですが、今年の8月以降、2.5%を超えてます。

服部 日本において金利が長い間低位で推移したことについて、当然良い面もあれば、悪い面もあると思います。今ご説明いただいたことに繋がってくるのですが、その功罪についてはどのように整理されていますか。

神田  低金利は、本質的には経済成長力が低くて、資金の余剰が続いてきた結果でもあるんですね。特に新陳代謝を促す構造改革が進まないので、潜在成長力が上がらず、しかたなく続けたとこもあると思いますが、結果として、資金調達が容易になるため、設備投資や住宅ローンを支えて、景気を下支えしたとされます。過度の円高を是正したのは金融政策のおかげで、その貢献は大きいと思います。しかし、設備投資はこの20年間増えてないですから、投資促進といった効果があったのかは疑問する向きも多いです。一番効果が大きかったのは皮肉なことに政府の利払い負担の減少であり、財政規律を弛緩させたという見方も聞かれます。

デメリットのほうはもう明らかで、三つだけ挙げると、一つは、グローバルな環境変化と人口減少で、資金余剰が続かないであろうということです。低金利が長期化すると、金融機関、とりわけ地方金融機関の収益力が低下して、金融システムの脆弱化が進行しました。銀行セクターのバランスシートに関しては、金利上昇局面では、当然、債券価格が下落して悪化しますから、これは将来の貸し出し行動への悪影響も指摘されます。これは一番狭い意味でのデメリットとして金融の関係者が言うことですね。

二点目は、低金利が新陳代謝を促すという普通の市場経済のメカニズムを毀損しているという点です。これは一番重要だと思っている点です。要するに、明らかに生産性が低い、持続可能性がない企業も市場に残り続けてしまうので、そこに貴重な労働力や資本がはりついてしまい、経済全体の効率性が損なわれるし、こんな国際的に低い最低賃金ですらもたないということになります。

深刻なのは、人口減少問題にも悪影響が出ることです。足元は人手不足になっており、供給制約がある以上、大きな失業リスクを抱えずに、生産性の高い分野に労働移動を行いやすいときです。より生産性があって、より高い給料が払えて、夢のある企業に人々が移っていくというのは普通の市場経済ですよね。残念ながら、持続可能性がない企業は淘汰されていきますが、ちゃんとセーフティネットを完備して、リスキリングなどを行い、より幸せなところに労働力が移るようにするチャンスだと思います。

三つ目は、これは異なる意見の人もいると思いますが、低金利は、資産市場の過熱、特にリスクアセットの流動性を高めてしまう可能性がある点です。株式、不動産価格を含めて、バブルリスクを高める要因になっていて、これはいずれ破裂するリスクがあります。

経済が正常化しているときは、政策も正常化する機会だし、また経済環境が悪化すれば改めて発動すればよい、つまり、その余地を形成するタイミングとも言えます。現在は、最新のデータをしっかり見ながら、なるべく可能な範囲で、ノーマライズをしていくことが望ましいと考えています。

神田眞人氏

服部 国家債務や国債の問題に関し、政治と官僚の役割について、どのようにお考えでしょうか。

神田  私は全く対立的に捉える必要もないと考えていますし、多くの政治家の方々と一緒に悩んでいるところがありますね。教科書的に言うと代議士や政府の役割は、国民の声を受けとめ、時には国民を説得して、より良い国家のための政策を法律や予算のかたちで実現するということだと思います。一方、官僚も客観的・専門的な分析や幅広いステークホルダーとの議論などを通じて最適な政策の案を作る一方、国会で議決が得られれば、しっかりとそれを効率的、効果的に執行するという役割です。それらは補完的というか、一緒に政府を運営してるわけで、本来、より良い社会のために、良い政策を作って、それを執行するというのでは同じだと思うんですよね。

悩ましいのは、政治家には選挙があるし、メディアだって、視聴率や購買部数などがあり、本当は正しいことばかり言ったらよいのですが、そうともいかないわけです。最終的には世論全体が高まらないといけないところがあり、結局、国民にしっかりと客観的な情報を共有して、時には将来のために、苦い薬でも、必要な政策を訴える、これもリーダーの役割、政治家の役割です。官僚はリーダーではないですが、その一端を、担わなければいけないという意味で、やらなければいけないことは同じだと思います。ネット環境は情報のアクセス、伝搬を画期的に民主化、効率化した一方、エコーチェンバー、フィルターバブル、さらにはクォリティチェックのないフェイクニュースが氾濫するリスクで、世論の分断、過激化やデマの席巻といった深刻な問題も惹起しています。このような環境において、一層、官僚は、謙虚な姿勢で、古今東西の客観的事実を把握、科学的知見を学習し、幅広くステークホルダーの話を拝聴したうえで、論理的に分析、企画立案し、政治家や国民に正しく透明性をもって共有しなければならないし、それだけ、やりがいのある仕事となっています。

債務問題は、将来世代に負担を押しつけてはいけないし、破綻リスクを考えなければいけないのですが、残念ながら、次の選挙だけを見て、短期的な成果を重視するために、長期的な本来必要な議論ができない現状があります。これは今の社会にとってよくないだけじゃなくて、次世代に対してアンフェアだとも思います。もちろん一部のインフラは残るかもしれませんが、今われわれがやってることは、まだ主権者にもなってない人たち、あるいは、まだ生まれてもない人たちに負担を押しつけている可能性があるわけです。

日本でちょっと不幸だなと思うのは、若い人ほど、自分たちの利益にならないようなことを考えているようなところがあることです。例えば、国民の過半数が財政赤字はある程度問題であると考えているものの、歳出において一番大きい社会保障に問題意識がいかず、政治の無駄遣いが問題なんだという議論が一番なされるわけですね。客観的には社会保障が財政赤字拡大の主因なことは明らかなので、これを議論しなくては財政がよくなるわけがないんですけど、そこにギャップがあります。国民への客観的な情報共有には私も長年、努めてきたつもりですが、我々の力不足のせいで、なかなか問題の本質の認識が伝わらなかったことを申し訳なく思っています。

どうしたらいいのかは本当に難しい問題です。例えば、経済的に成功しており、また満足度が高いとされているスウェーデンなどは、1990年代に財政危機があったわけですよね。そのときに政治家と官僚が連携して、透明性の高い政策作成プロセスを構築しました。諦めることはなく、何かできないのかなと考えています。

(後編に続く)

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はじめての日本国債

プロフィール

服部孝洋×神田眞人

服部孝洋(はっとり たかひろ) 経済学者。東京大学公共政策大学院特任准教授。2008年野村証券入社、2016年財務省財務総合政策研究所を経て、現職。著書に『日本国債入門』(金融財政事情研究会)、共著に『国際金融』(日本評論社)。SNSやホームページでも、一般の読者に向けての情報発信を積極的に行っている。

神田 眞人(かんだ・まさと) 内閣官房参与・財務省顧問 1965年、兵庫県生まれ。東京大学法学部卒業、オックスフォード大学経済学大学院修了(M.Phil)。1987年に旧大蔵省に入省、主計局を中心に各役職(主計局次長、総括審議官等)を歴任し、2021年から24年まで財務官を務めた。。世界銀行理事代理やOECDコーポレートガバナンス委員会議長も長年努め、次期アジア開発銀行に選出され本年2月に就任予定。

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