作家の故・石牟礼道子は、福島原発事故の複合汚染に接して、日本を「毒死列島」と呼んだ。自身の生涯を費やした水俣の過酷な闘争と重ね、この国はまだ懲りずに同じ過ちを繰り返すのかと。「昔チッソ、今東京電力」といわれ、国策を後ろ盾とする巨大企業がまき散らした毒は、多くの人々の郷土と健康を奪った。そして今もその毒は消えず、命を脅かし続けている。石牟礼と親交のあった田中優子氏(元法政大学総長・近世文学研究)もまた同じ視線に立つ。
福島県飯舘村で起きた、102歳の老農夫の自死を追った、ジャーナリスト・青木理氏のルポルタージュ『百年の挽歌 原発、戦争、美しい村』(集英社刊)では、10年にわたる取材の中で、一人の老農夫の死がやがて多くの犠牲者を生んだ国策の闇につながることを明らかにしていく。お二人の対談は、3・11と水俣を巡って、貨幣による豊かさを得る代償として、私たち日本人は何を犠牲にしてきたのかを問い直す。
構成:宮内千和子 撮影:三好祐司
コモンズに共感するフェミニストたち
青木 それぞれが巨大企業によって踏みにじられてしまった水俣にも谷中にも、そして福島の飯舘村などにも、豊かな自給自足の暮らしや共同体があったという話をしてきました。でもそれらは、主に大都市圏に暮らす者たちの繁栄や利便性の代償として、あるいはそのツケを押しつけられる形で無惨に破壊されてきてしまった。そういうことを幾度も繰り返してきてしまった。
僕もまたそれを押しつけた側にいるわけですが、福島に関していえば、あの凄惨な原発事故からわずか15年しか経っていないというのに、その記憶さえ薄れつつあるように見えます。しかし、このままでいいはずはありません。同じことをまた繰り返していいはずはない。そして人間の日々の営みのなかで本当に必要なもの、あるいは本来守るべきものを守り、取り戻せるものは取り戻していく必要があると思いますが、いかがですか。
田中 私、最近、山本眞人さんという方の『生産と消費からケアと自由への転換』(BMFT出版部)という本の帯を頼まれたんですが、そこに結構興味深いことが書かれていまして。マルクス主義は、資本主義が限度にまで行けば共産主義になると言うが、いやならないと。それはなぜか。資本主義では、資本の蓄積が繰り返し起こるからだという。確かに見ているとそうで、何かが破綻すると、また、別の資本を蓄積していく層の人たちが出てくる。それが繰り返し起こるから、自然に共産主義に移行するなんてことはあり得ないと。そこで必要になってくるのは、コモンズという考え方なんじゃないかというんですね。
青木 コモンズといえば、経済思想家の斎藤幸平さんらが盛んに提示していますね。彼の『人新世の「資本論」』(集英社新書)もベストセラーとなって話題になりましたが、たとえば地球温暖化による気候変動などに対処するためには、資本主義の際限なき利潤追求に歯止めをかける必要があると訴えている。
田中 ええ。フェミニストたちが結構このコモンズという考え方に共感しながら物を書き始めているんです。フェミニズムは、ただの女性解放運動じゃなくて、自分たちがこんなに生きにくい理由は、やはり資本主義の中での競争にあるんじゃないかと。単に我々は生産と消費をしているだけじゃなく、競争しながら生産と消費をするから、そこに諍いや戦争も起こる。この構造そのものを問い直さなきゃ駄目なんだということが、コモンズの理論から出てきたり、フェミニズムの理論から出てきたりしているんですね。
山本眞人さんの本で面白かったのは、歴史を振り返ると、奴隷制の反対運動とか、1600年代にも似たような運動や革命が起こっていたということ。横暴な権力によってコモンズの崩壊に直面しながら、小さい単位でもいいから自分たちのコミュニティを取り戻そうとする動きが、17世紀ぐらいから出てきているという話は面白かった。だから、これからどうするかという話だけでなく、過去に繰り返し行われてきた運動やそこで踏ん張った人たちのことも、私たちは見ていかなきゃならないと思っています。
青木 その点で言うと、これは斎藤さんと語り合ったこともあるのですが、ノーベル経済学賞に最も近いと言われた故・宇沢弘文(1928~2014)の『社会的共通資本』(岩波新書、2000年)を僕はあらためて想起します。経済学者であり、行動する社会思想家でもあった宇沢さんとも僕は幾度かお目にかかりましたが、彼の訴えた「社会的共通資本」も明らかにコモンズと重なっている。
田中 そうですね。宇沢さんも資本主義の過当競争を批判して、コモンズの重要さを説いた人ですね。
青木 あらためて振り返ってみると、宇沢さんは「社会的共通資本」をこう定義しています。「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」だと。その具体的な対象はかなり広くて、環境や大気、森林、河川、水といった自然環境、道路や鉄道といった交通機関、上下水道、電力、ガスなどの社会インフラ、そして教育、医療といった制度資本などが該当すると宇沢さんは指摘し、次のように記しました。「社会的共通資本は決して国家の統治機構の一部として官僚的に管理されたり、また利潤追求の対象として市場的な条件によって左右されてはならない」と。つまり、こうした社会的共通資本は共同体の共有財産であり、市場経済に委ねて競争の道具にしてはならないのだ、という指摘です。
田中 どの時代にも人間にとって大切なものを守ろうと、意志的に立ち上がる人がいるんですよね。
青木 しかし今、あらゆるものが新自由主義的な市場経済に委ねられつつあります。また、これは日本に限らず世界的現象でもある。これらを全部が全部、以前のような形に巻き戻すことができなくても、共同体のなかできちんと共有物として守っていく、あるいは取り戻していくことが重要になります。市場経済に委ねたままにしておけば、すべてが貨幣価値に置き換えられて競争の対象になってしまいますから。

土地はだれのものか
田中 そのときにすごく大事なのは、土地は誰のものかという問題をどう考えるかです。ちょっと前まで日本には入会地(村落が管理する共同保有が認められた土地)があちこちにありましたね。農業って入会地なしでは成り立たないんです。
青木 たしかにそうですね。
田中 ここは私の田んぼですと所有権を表明するのはいいとしても、それを維持するのに必要なものは里山や奥山から取ってこなきゃならない。たきぎ一つだって、山に行かないと手に入らない。ここは誰々の持ち物なんて言っていられないわけです。だから、入会地がバックボーンで支えて農業が成り立つわけでしょう。なので、私有という考え方を厳密にしたり、法律で縛るということになると、農業が成り立たなくなるんですよ。今でも所有者が誰か分からないようなところがいっぱいある。でも、それでいいわけです。ただ問題は、今は所有者が分からないという理由で手をつけられずに、どうにもならなくなっていること。そういう資源を共有して役立てていこうということですね。
青木 入会地も明らかに社会的共通資本でありコモンですよね。
田中 コモンですが、コミュニズムとはまた、違う。それを守ったり管理するのを国家体制の中で何とかしようという話じゃなくて、国ではない単位だというのがすごく大事なんですよ。このコモンズに気がついている人たちは、もっと小さい単位で動くコミュニティだと言っていますよね。
青木 それは国家の統治機構の一部として官僚的に管理されてはならないという、まさに宇沢さんが指摘した通りでもありますね。また、入会地などと同様、里山や奥山が大事だというお話にも深く納得します。今作で僕も触れましたが、各地に古くからある山岳信仰などにしても、もともとは田畑に必須不可欠な水の恵みなどをもたらしてくれる山々への敬意や畏怖が土台となった面があって、生粋の農民だった文雄さんも出羽三山参りに毎年行くのを楽しみにしていたそうです。
なのに、その里山や奥山が原発事故で汚染され、長期の避難指示で共同体も破壊されてしまいました。先ほども少し話しましたが、飯舘村の住民帰還率は今なお20%余ほどにとどまっています。その多くが高齢者とみられ、僕が長く取材した大久保美江子さんにしても、あるいは他の村人にしても、「私たちの代で村はなくなってしまうのではないか」と不安を漏らしています。
ただ一方、優子さんがおっしゃった水俣のような動きの萌芽も、あることはあるんです。福島の被災地をあちこち巡っていると、災害支援のボランティアでやってきた若者が農業や果樹栽培などに従事したり、元官僚が街づくりに取り組んだりしているケースもあって、僕も取材で話を聞いてきました。
田中 そうですか。そういう方たちがいらっしゃるのは心強いですね。
青木 ただ、それはやはり圧倒的な少数派です。また、これは僕などが指摘するまでもなく、複数の原子炉がメルトダウンする破滅的事故を起こした福島第一原発では、原子炉内に溶け落ちた大量の燃料デブリなどが残されていて、その取り出し方法の目処()すらつかず、本当にすべてを取り出せるかさえわからない。さらにいえば、仮に取り出せたとしても、それをいったいどこに持っていくのかも決まっていない。
つまり、何も終わっていないどころか、何もはじまってさえいないような状況なのに、政権や政府は原発回帰路線へと完全に舵を切り、各地で原発再稼働が進み、果ては新増設までが語られはじめました。僕を含め、誰もが「東日本壊滅」すらありえると凍りついた3・11からわずか15年でこうなってしまうのかと、もう忘れてしまったのかと、正直言って僕は絶望的な気持ちになります。
そして、事故で破壊されたコミュニティや共同体は元に戻りません。飯舘村はもちろんですが、原発が立地していた双葉町や大熊町などはさらに状況が厳しく、住民帰還率は実に数%程度にとどまっていますからね。
田中 災害の後に、何か新しいコミュニティができてくればよかったけれど、あそこを離れなければならなかった人たちに、それはできなかった。むしろほかの土地でどう暮らしていくかで必死だったと思います。原発再稼働も始まるわけなので、同じことの繰り返しだという青木さんの絶望はよくわかります。だけど、だとしてもここで何が起こったかを書いていかなきゃならない。谷中だってみんな散り散りになって空っぽになり、全然復興しなかったけれど、誰かが書いているということがすごく重要なんですよ
人をケアするとはどういうことか
青木 今回の僕のルポルタージュは、ほんのわずかな爪痕にすぎないかもしれませんが、そうおっしゃっていただけると多少は苦労の甲斐があったかと励まされます。と同時に、ひとりでも多くの方に読んでいただき、長く深い視野で原発事故が破壊したものの尊さを考えてもらいたいとも思うんです。
ところで先ほど優子さんは、フェミニズム運動に関わる方々がコモンズに共感を深めはじめた、とおっしゃいました。僕自身、完全に男社会だった時代のマスメディア企業にどっぷりと浸って生きてきた身ですから、ジェンダー問題やフェミニズム運動について偉そうなことを語る資格はないのですが、そのあたりをもう少しお話していただけませんか。
田中 ジェンダーの問題については、石牟礼さんも気がついていて、共同体的な生活がすごく大事だと思う一方で、その中で女性がどういう目に遭ったかというのも身に染みて知っているわけです。彼女自身お嫁に行って水くみから野良仕事、日々の家族の賄まで全部やらされる。物を書くのも夜中になって狭いところで遠慮しながら書くしかない。そういう生活をしながらも、共同体で暮らしていくことがすごく大事だったと言っています。今、フェミニストたちの間で起こっているのが、「ケア」という言葉なんですよ。
青木 ケア、ですか。
田中 そう。昔あったコミュニティを取り戻そうと言っても、かつての時代は、石牟礼さんのように育児や介護、家事全般を女性が全部無償でやっていた。では、その時代に帰るのかという話になってしまう。でも、そうじゃないんです。また、外部に託して介護の専門家を雇えばいいという単純な話でもない。つまり、こういう仕事を貨幣経済の中で処理するのはやめようという話なんです。
人をケアするってどういうことなのか。この根本のところから考え始めているフェミニストたちがいる。人間が人間をケアするのは共同体の中ですごく自然で当たり前のことだから、それをジェンダーで分けていること自体がおかしいと。ケアそのものを考え直そうということなんです。これはもう本当に入会地と同じ話で、共同で何かをしていく。人間はみんな弱く、老いていくのだから、その弱さをケアし合うという、そういう社会のイメージ。そういうイメージはもう持っているんですよ。
青木 社会全体としてみたならば、年金や医療といった社会保障制度がまさにそうですね。これも大切な社会的共通資本でありコモンであり、市場経済などに断じて委ねるべきではない。そしてそれを持続可能な形で、しかも性差などを超えて、小さな共同体レベルでも構築し直していこうと。
田中 そうです。おっしゃる通り、それを貨幣経済の中に置かないのが最も肝心です。お金を渡したからいいでしょうみたいな話ではない。人間関係を取り戻す話なんですよ。近代の貨幣経済の中で、何か非常に大きなものを私たちは失ったという前提があって、それは共同体の中でつくられてきたものだと思うんです。しかし、そこには女性を酷使するという欠点もあったわけだから、その欠点をどう克服して新しいコミュニティを作っていくのか。まだイメージの段階だと思います。いろんな方がいろんなことを言っているけど、じゃあ、どこで実現しているのかというと、なかなかないですよね。
青木 でも、僕が今作で描いた大久保文雄さんの一家は、意外とそれに近いような面があったようにも思います。明治生まれの文雄さんは、封建的な家父長の気配が極めて薄く、農作業に日々汗を流しつつ、家庭内でもふんぞりかえることがまったくなかったそうです。街場の家から嫁いできた美江子さんにも常に穏やかに接し、美江子さんが雑用を頼んでも「あいよっ」と言って快く引き受け、すぐに動いてくれるような義父だったと。
詰まるところ、制度やシステムはもちろん重要だけれど、それを支える個々の姿勢や態度も問われてきますね。その点、文雄さんは世代のわりに心根が優しく、根っからのヒューマニストだったのでしょう。
田中 でも、農家ってそうだったと思うんですよ。自然を相手にするからお互いにやりくりしながらやらないといけないし、誰がどの役割なんて言ってられないわけです。子どもを育てるのも、手のあいている人が育てているし、留守なら隣に預けているし、みんなそういうふうにコミュニティの中で助け合ってやりくりしてきたんです。その感覚が文雄さんには残っているんじゃないかなと思いながら読みましたね。

長屋は都市型共同体
青木 一方で性差に関して言えば、かつての農家はもっと封建的な雰囲気が強かったでしょう。身内の恥を晒すようですが、信州にある僕の母の実家も農家で、男女の役割分担というか区別はかなり強烈でした。何かの集まりがあって親戚などが集うと、女性たちは炊事場で食事の準備や片付けに追われていて、座敷でお膳を囲むのはほぼ男性だけ。男の子だった僕もその片隅に座らされるのですが、酒を飲みながら小難しい話をしている場にいるのが苦痛で、時おり笑い声の漏れてくる炊事場の方が楽しそうに見えて仕方ありませんでした(笑)。
でも、そうした負の側面を克服し、互いに支え合う共同体を構築し直さなければいけないわけですね。そういえば田中さんのご出身は東京ですか。
田中 いえ、私は、横浜なんです。私の家は、農家じゃないけど、町の長屋です。だから、そういう古い共同体や人間関係の問題点もわかるし、良い点もわかるんです。
長屋って、年中、隣の声が聞こえてくるんですね。家は大体開けっ放し。親がいないときには、隣とか向かいのうちでご飯食べるのもよくあったし、親と同じような叱られ方もしていたし。ですから、そういう古きよき時代の人間関係というのは知っているんですよ。
青木 都市型の共同体という感じでしょうか。
田中 そういうことです。もう戦後でしたけれども、そういう長屋的共同体は、あちこちにありましたよね。同じように江戸時代でも、農村だけではなく、都市の中でもそういう人間関係があちこちにあったはずなんです。それも同時に失われていった。やっぱりお金になるにはどうしたらいいかという発想が先に来ると、そういうものがぶつぶつと切れてしまうんです。
青木 すべてをお金で解決できるなら、別に隣の家と付き合わなくても済ませられてしまいますからね。
田中 そう。必要なら人を雇えばいい、あるいは買ってくればいいって。
青木 僕の幼少期の田舎もそうでしたが、夜にやっている店などありませんから、醬油がなければ隣の家に行って「ごめん、ちょっと貸して」と頼むしかなかった。でも今なら深夜も煌々と光を照らすコンビニが全国どこにでもあるから、そこで買ってくればいい。便利と言えば便利だけれど、いざという時に脆弱な貨幣経済に依存して、厄介な面もあるけれど大切な共同体やコミュニティを自ら崩壊させていったともいえるわけですね。
多様な共同体から文化が生まれる
田中 そう思います。すると、何が起きるのか。いろんな意味で人間関係を知らない人たちが出てくるわけで、文芸の世界も何の世界も変わってきちゃうんです。私がやっている江戸時代の文学は、人間関係の中でなければ絶対これは成立しなかっただろうというものがほとんどです。今は小説を書くのは独りで閉じ籠もって書くでしょう。俳句や短歌も独りでやるものになっている。でもね、俳句も和歌も川柳も、江戸時代はみんなでやるものだったんです。つまり、多様な共同体が文化を作っていた。そういう感覚の違いは、かなり大きく変わってしまったなと思いますね。

青木 なるほど。今作を書くにあたって僕はあまり自覚的ではありませんでしたが、昔ながらの自給自足的な暮らしが残っていた村の物語を描くことで、結果として地域共同体やコミュニティの大切さもメッセージとして発信できたのかもしれません。ならば僕のようにメディアやジャーナリズムの生業に関わる者も、さらに多面的な形でその重要性を伝えつづけていくことが重要になりますね。
田中 そうですね。私が今考えているのは、学校とは全然違う仕組みを持っているコミュニティ的な学び方です。もう学校教育そのものがお金の世界になって、受験勉強はまさにその最たるものですけど、私は、私塾という共同体的な学びの在り方にすごく関心を持っているんですね。実際に今、私は松岡正剛さんがつくった私塾の学長をしていますが、そこで分かるのは、誰かのもとに集まって、人間関係の中で学習していく楽しさです。誰かに一方的に教えてもらうのではなく、相互に支えあいながら学ぶというスタイル。だから教師と学生という関係とも全然違うんです。そういう関係の中で、共同体的な感覚というのは育つんだろうなと思いますね。
青木 面白いな。いろいろ気づかされて刺激になります。優子さん、今日は本当にありがとうございました。
(了)
プロフィール

(たなか・ゆうこ)
1952年、神奈川県横浜市生まれ。法政大学社会学部教授、同大学総長などを経て、同大学名誉教授、同大学江戸東京研究センター特任教授。専門は日本近世文学、江戸文化、アジア比較文化。主な著作に『不確かな時代の「編集稽古」入門』(朝日新書)、『遊廓と日本人』(講談社現代新書)、『苦海・浄土・日本 石牟礼道子 もだえ神の精神 』(集英社新書)、『江戸の想像力』(ちくま学芸文庫)等、共著に『江戸から見直す民主主義』(現代書館)等多数。

(あおき おさむ)
1966年生まれ。ジャーナリスト、ノンフィクションライター。慶應義塾大学文学部卒業後、共同通信社に入社し、社会部で警視庁などを担当、その後は外信部に移ってソウル特派員などを歴任。2006年に退社後はフリーランスとして独立し、各種の事件や事故、災害、刑事司法、朝鮮半島、メディアなど多岐にわたるテーマの取材・執筆を続けている。主な著書に『百年の挽歌 原発、戦争、美しい村』(集英社)、『安倍三代』(朝日新聞出版)、『日本会議の正体』(平凡社新書)、『絞首刑』(講談社)、『日本の公安警察』(講談社現代新書)等、共著に『スノーデン 日本への警告』(集英社新書)等多数。


田中優子×青木 理









