対談

【後編】矛盾と葛藤を抱え、それでも「愛」で繋ぐ未来

大塚久美子×塚原龍雲

不完全な世界で、私たちはどうバトンを繋いでいくべきか。『後継者不足時代の事業承継 当事者の視点で考える』の著者・大塚久美子氏と、『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想』の著者・塚原龍雲氏による対話。後編は、伝統建築の最高峰が守り続ける「100人の壁」から、大阪発の「知らんけど精神」、そして究極のセーフティネットとしての人間関係まで、事業承継の枠を超え、日本人が培ってきた「生きていくための知恵」へと至った。

構成/井尾淳子 撮影/内藤サトル

事業は「商品」ではなく、人間が愛で育てるもの

──対談もいよいよ終盤です。お二人の話を伺っていると、伝統工芸も事業承継も、根底で繋がっているのは「愛」であり、人間らしい情熱なのではないかと感じます。

大塚 そうかもしれませんね。論理的、合理的にだけ考えれば、苦労して事業を継続させるより、どこかで区切りをつけた方がラクなケースはたくさんあります。それでも「自分の代で途切れさせてはいけない」と踏ん張るのは、損得勘定ではなく、そこに心の価値があるから。人間、物理的に生きるだけではあまりに寂しいですよね。自分たちが生きている世界を、少しでも調和のとれた場所にしたいという願いが、継承の原動力になると思います。

塚原 僕も同感です。今の若い世代の経営者の中には、会社を一つの「商品」として捉え、成長させてエグジット(企業の創業者や経営者、出資者が保有する株式を売却し、投資した資金を回収すること)することをゴールにする考え方もあります。でも、僕はどうしてもそうはなれない。職人さんに育ててもらい、自分のアイデンティティと仕事が分かちがたく結びついてしまっている。これを取り上げられたら、自分が自分でなくなるような感覚すらあります。

大塚 事業を最初から「商品」として見てしまったら、本当の意味で「魂は宿らない」と私は思います。資本主義の中で合理性を求めることは必要ですが、人間は機械ではありません。合理性と、割り切れない思い。その「矛盾と葛藤」の間でバランスを取り続けることこそが、経営の、そして生きることの本質ではないでしょうか。

「100人の壁」と、失われた30年の宿題

塚原 昨日、ある老舗工務店の社長から面白い話を伺ったんです。そこでは、代々「従業員を100人以上にするな」という社訓を守っているそうなんです。全員の顔と名前が一致し、一人ひとりと深く関われる限界が100人だと。

大塚 それは非常に示唆に富むお話ですね。組織において、明文化しなくても意思疎通ができる限界(ダンバー数)というものがありますが、特に「技」や「心」を継承する現場では、その適切な規模感がある。ただ、日本のファミリービジネスは継続を重んじるあまり、保守的になりすぎる側面もあります。だからこそ、世代交代のタイミングで、「今の時代に合わせた革新」をセットで行う必要がある。

塚原 その継続がまた難しいんですよね。僕の仕事も、パートナーである職人さんの質を維持し、次世代を育て続けなければ成り立ちません。

大塚 この30年、日本社会には「次の世代を育てる余裕」がなかった。そのツケが今、深刻な後継者不足となって現れています。だましだましやってきたシステムの限界に、私たちは今、立たされているんです。

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関連書籍

後継者不足時代の事業承継 当事者の視点で考える
なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想

プロフィール

大塚久美子

(おおつか くみこ)
埼玉県生まれ。1991年、一橋大学経済学部卒業。クオリア・コンサルティング代表。94年、大塚家具に入社、96年取締役。経営企画、営業管理、教育研修等の長を歴任。2004年に退職し、翌年、クオリア・コンサルティング設立、代表に。09年、大塚家具社長就任。14年7月に社長職を離れるが、翌年1月に再任。20年の退任後は現職。明治大学グローバル・ビジネス研究科特別招聘教授。著書に『後継者不足時代の事業承継 当事者の視点で考える』(集英社新書)

塚原龍雲

(つかはら りゅううん)
2000年生まれ。高校卒業後、米国の大学に入学。留学先で日本文化の魅力と可能性を再認識したことをきっかけに「KASASAGI」を創業。日本の美意識で世界を魅了することを掲げ、伝統工芸品オンラインショップ「KASASAGIDO」や、伝統技術を建材やアートなどの他分野に応用する「KASASAGI STUDIO」を展開。インド仏教最高指導者佐々井秀嶺上人の許しを得て出家した、インド仏教僧でもある。著書に『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想』(集英社新書)。

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