
ファッション史の壮大な死角だったTシャツには日本の同調圧力と美の仕組みが隠されていた。裾をタックインするかアウトするのか、という激動の150年を記録したTシャツ史で注目を集めている高畑鍬名氏。著書『Tシャツの日本史』(中央公論新社)では、夏目漱石の「赤シャツ」から、初めて小説にTシャツを登場させた三島由紀夫、石原裕次郎と丸首シャツ、ファッション誌とストリートにおけるタックインとアウトの歴史、そして菅田将暉の登場によって変わった運命、と年代ごとに丁寧に追っていく。そんな高畑氏が学生時代から影響を受けていると公言しているスタイリストの伊賀大介氏と対談。伊賀氏は雑誌だけでなく、映画や舞台、ドラマなどの映像作品の衣装としても2003年から活躍している。伊賀氏はどんな風に『Tシャツの日本史』を読んだのか、そしてTシャツだけでなく、ファッションの現在についてお二人に語ってもらった。
(取材・構成:碇本学 写真:内藤サトル)

【タックインとタックアウトはTシャツの縦軸】
高畑 私は今41歳で、高校生の時に『MEN’S NON-NO』で伊賀さんが連載されていたコラム「伊賀文庫」を読んでいた伊賀大介直撃世代です。服以外のカルチャーもかなり伊賀さんの影響を受けています。
それもあって、昨年ライムスター宇多丸さんのラジオ『アフター6ジャンクション』で自分が書いた本を伊賀さんが紹介してくださったのが夢みたいというか、意味わからないくらいうれしかったです。
伊賀 熱いね! ありがとう(笑)。夏に三省堂書店でトークイベントをさせてもらった際に、書店員の岡田さんに『Tシャツの日本史』をオススメされたんです。買って読んでいたら、直ぐ献本が届いて(笑)。
二冊あるから一冊はメモしたり書き込みをしたりしながら読み進めていくと宇多丸さんとYouTubeでやっている『トーキョー・シネマテック』内での発言も参考文献に出てきたので、それで献本してもらったのかなと。
実際に読んでこれはかなりの力作だなって感じて、ラジオの方でも紹介させてもらいました。
高畑 ありがとうございます。『トーキョー・シネマテック』は映画のファッションやスタイリングの歴史について、めちゃめちゃ細かくて濃い議論をお二人がされていて、大好きです。
じつはひとつ朗報がありまして、おかげさまで二刷になったので「アトロク」のときに伊賀さんが指摘してくださった「渋カジ」と「渋谷系」についての説明だったり、マーロン・ブランドの『欲望という名の電車』の時代では、スタイリストではなく衣装デザイナーという呼び方だったという箇所を書き直すことができました。
伊賀 ああ、それはいいかも。この本は裾のタックインとアウトの二元論ありきの結論になっているところがあるんですが、読んでみた感想のひとつとしてはもっとデカいものに、Tシャツ論をもっと拡張できるんじゃないかなって気がします。実際にこの書籍では上下する裾の縦軸に話が集中していますよね。
高畑 そうなんです、確かに裾以外の可能性を捨ててしまっていて、自分でももっと書けることがあるんじゃないかなって書き終わってからずっと考えています。
伊賀さんが今話されたTシャツの縦軸ではなく、横軸だとどんなイメージでしょうか?
伊賀 断定はできないんだけど、90年代以降の東京、原宿だと基本的にロゴというか、STUSSY〜藤原ヒロシさん的な文脈があると思うんですよね。
そうなると、横軸にロゴがあるかないかだったり、その中に例えばビンテージのロックTがあるのかないのか。あとはサイズ、Tシャツのサイズによってインできるのかできないのかですごく変わってくる。そういう部分がまず横軸として設定できるんじゃないかな。
高畑 なるほど、藤原ヒロシさんというレジェンダリーな存在の文脈から見えるものもありますね。さらにデザインとサイズの歴史的な移り変わりが横軸になってくるのはおもしろいですね。
伊賀 高畑くんが書いていた90年代のSTUSSY話もおもしろかったけど、やっぱりスケーターという存在がTシャツを初めとしたストリートウェアの着こなしをパブリックな意味で変えたと思うんです。
横軸がほかにもあるとしたら、治安の悪かったかつての渋谷だとみんなVANSONなんかを着ていた風景を思い出すんですが、あれには映画『ウォリアーズ』の影響も一部にあったと思う。あと『ワンダラーズ』という映画だと、スタジャンの背中にチームのロゴがあったりしたのが当時の渋谷の若者を刺激していて、そういうものとアメカジが合体していった流れもあって。
あと、北野武映画の話もあったけど、やっぱり真木蔵人さんが『あの夏、いちばん静かな海。』でミッキーマウスのTシャツを着ているというのが、すごく大きな事だった気もする。フランシス・フォード・コッポラ監督『アウトサイダー』でラルフ・マッチオがミッキーのブルーのトリムTシャツ着てるんだけど、それを真木蔵人さんがジャストな感じで着ている。
『あの夏、いちばん静かな海。』はサーフィンの話で真木蔵人さんはセリフもないし、喧嘩するわけでもないから、彼は普段から着ている自分のものを持ち込んでも武さんもOKって感じだったんじゃないかな。森田芳光監督『間宮兄弟』に現・スタイリスト兼ファッションディレクターのTEPPEIくんがそのまんま出てるみたいな、ストリートの人がそのまま作品に出てきているというのがすごく東京を感じさせる。

高畑 そういった横軸の可能性を追いかけるのは、今回の本では意図的に避けてしまいました。Tシャツの描写は全然出てこない。サイズ、ロゴ、ボディの薄さとかプリント技術については、今もなお勉強しています。
ボディにでっかくプリントできるようになった前後で何が変わったか、みたいなことを全部調べると本が出るまでにあと五年ぐらいかかるなって思って、白旗をあげました。インとアウト、同調圧力の話だけで精一杯だったんですが、横軸もやはり大切ですね。
伊賀 この前開催されていた『井出靖が収集した日本のロックポスター展』のように、Tシャツを貸してもらってパブリックな場所で、たとえば国立新美術館とか「21_21 DESIGN SIGHT」みたいなギャラリーあたりで展示をやったらおもしろそう。
Tシャツに関連する洋書とか70年代の本当に売っていたウッドストックのTシャツとか、コレクタブルな人がすごくいっぱいいるから貸してもらうことはできるかもしれないよね。
高畑 「ファッション・イン・ジャパン」も国立新美術館でやっていたので、Tシャツだけの「Tシャツ・イン・ジャパン」はやってみたいですね。
伊賀 「ファッション・イン・ジャパン」は観に行っておもしろかったけど、80年代までの解像度が異様に高過ぎたでしょ。でも、2000年代以降は駆け足でまとめてあって、めちゃあっさりとしていたから、本当はもっといろいろとできるのになって。
俺はアーストン・ボラージュがすごい好きだからもっと見たかったし、誰ももう今は覚えていないビューティービーストのTシャツとかも展示してほしかった。そういうものがあるからこそ歴史という縦軸が浮き上がるのに、と少し残念に思いました。
高畑 そうですね、担当学芸員さんを取材したことがあるんですが、近過去や同時代を語る難しさを展示では感じました。なんというか本当に、本の内容を展覧会にして図録でいろんな人の論考と資料を集めるというのが一つのゴールだなと思ってるんです。伊賀さんとお話をしていると、興奮してきました。考えることがいっぱいで。
伊賀 さっきロゴについての話でお名前を出した藤原ヒロシさんにはお話を聞けたりできてるんですか?
高畑 藤原ヒロシさん……まだできていなくて、お話を伺えたらと思ってます。
伊賀 機会があればアタックしてみたら? ダメ元で(笑)。Tシャツのことだけでも相当おもしろいだろうし、藤原ヒロシさんは時代の当事者だからこそ語れることがたくさんあると思う。
ゴールとしての展覧会も期待したいけど、その前にTシャツの横軸と縦軸をどこまで伸ばしていくかっていうのは考えるといっぱいある。アイドルだったり、アキバ系だったらアニメとか、ブートに対してとか。ライセンスの問題や服飾産業のこともあるから、あと10巻ぐらいTシャツについて書けるじゃないですか。
高畑 Tシャツの幅、まだごく一部しか書けていないですね。あと10巻書いて、最終的には日本のTシャツの歴史を海外に、MoMAに持っていきたいです。めちゃめちゃやる気が出てきました。

【最初の衣装合わせで90点をとる】
高畑 今回の本を書き始めたきっかけとなったのが、園子温監督『紀子の食卓』の撮影現場に衣装助手として参加したことだったんです。
伊賀 吹石一恵さんと吉高由里子さんが姉妹役で出ていた映画だよね。
高畑 そうです。2004年に当時二十歳で大学生だったんですが、撮影の準備期間に監督とたまたま知り合って、参加させてもらいました。それがちょうど衣装合わせの一ヶ月前ぐらいの段階で、そのあと現場も一ヶ月ぐらいあって、その期間はずっと衣装について考えていました。
それまでにも小説や戯曲は好きで読んでいたけど、衣装助手という立場で台本を読んだら、衣装についてほとんど書き込まれていなくて驚きました。服が好きだから衣装助手になったのに、ぜんぜん服が好きでもなさそうな登場人物たちの衣装を考えるんだなってびっくりしました。
伊賀さんは映画の衣装は『ジョゼと虎と魚たち』が初めてですよね?
伊賀 そう、はじめて映画の衣装として参加したのは「ジョゼ」でした。あの時は池脇千鶴さんのジョゼと、妻夫木くんと、ジョゼの恋敵みたいな女子大生役だった上野樹里ちゃんの三人だけ自分がスタイリングして、別の役者さんは他の人が担当していたから、一本まるごと全部やったわけではなかったんだけど。
まず、田辺聖子さんのすばらしい原作小説があった。小説には服のことはほぼ書いていないけど、文章でカラフルとあったから、そこから勝手に想像するのは自由じゃん、みたいな感じで若気を至らせまくってスタイリングをやらせてもらいました。
高畑 「ジョゼ」の台本を読むと、小道具や美術は細かく書き込んであるんです。でも、衣装についての具体的な記述はリクルートスーツと、もう一つは建築現場的な作業服のツナギに「紫色」という指定しかなかったんです。脚本の貴重な衣装の描写だと思ったら、映画ではツナギは紫ではなく白でした。
伊賀 その白いツナギは俺が用意したものなんだけど、ト書きに紫と書いてあっても、それが何の紫かわからない。脚本家がどこかで紫のツナギを着ている人を見ていいなって思ったのかもしれないいし、原作に書いている場合もあるからか、という根拠みたいなものを、なぜその色じゃないといけないのかってことを天秤にかけて判断することになるのよね。
たとえば、撮影現場が黒い壁で暗くて夕方のシーンだとしたら、紫のツナギを着ていても紫色が利かないということも起きうる。夜から朝まで夜勤していて、どこかの裏通りでたばこを吸っていて、そこに自然光が入ってくるみたいな状況なら紫でも利くかもしれない。衣装は効果的に着せないとあまり意味がない。ということを総合的に考えますね。
あとは同じような服を他の役者が着てないかとか、あえてかぶらすときもあれば、かぶらせないときもあったりする。だから、それはセカンド助監督との打ち合わせをうまくやれるかにかかってくる。
台本には衣装に関しての指定というのはほとんどないので、書かれているときにはなにか意味がある。映画というのが監督からのトップダウンではなく、関わっているみんなで作るもので、衣装というのは一個の独立したセクションであるけど、大まかにいうと美術部の一部で。
記録系の撮影、お芝居、演出、撮影、照明、録音は大体一緒でしょう。目に映るものをコントロールするという意味では美術系。とにかく誰が偉いとかじゃないけど、美術があって、衣装があって、ヘアメイクがある。これは見た目を管轄するものですよというものとして、衣装も含まれてる。
高畑 伊賀さんは作品に関わる際には打ち合わせは何回ぐらいするんですか?
伊賀 監督とはキャラクターの打ち合わせを一、二回はします。そこで打ち合わせるのはそのキャラクターはリアリズム系でいくのかファンタジー系でいくのかっていうラインを決めるため。
たとえば、リアリズム系ならその人物が東武東上線の家賃が11万2000円ぐらいのところに住んでいるとしたら、手取りでどのくらいもらっていてどういうブランドの服を着ているのか、どんなスマホを使っているとかを割り出していく。そういうのを度外視したファンタジーとして作っていく時ももちろんあってどっちも楽しい。割り出したことによってキャラクターが立ち上がっていき、俳優がキャラクターに乗っかり易くなってくれたらいいな、と思ってます。
高畑 脚本に書いてない設定を衣装で裏打ちしていく、聞いていると本当に興味深いです。監督との打ち合わせのお話も出ましたが、映画の制作過程の中だとどのタイミングが一番興奮しますか?
伊賀 衣装合わせ一択ですね。
高畑 おおお! 衣装合わせなんですね!
伊賀 ガチっとあるのは台本と企画で、お金もまだ集まってない場合もあるし(笑)。でも、本当にこの映画は始まりますよっていう事実を作らないといけない。撮影機材もまだこれから確認しますという撮影の三週間とか四週間前、下手したら撮影部は他の仕事をやっていたりするし、ロケ地だって決まってないっていうことはざらにある。そんな中で最初の衣装合わせがあって、その時に俺は90点くらい取って、ああこのキャラクターが本当に出て来るんだ、という感触を皆に提示しないといけないだろうと。厳しいなーと思うけど、その時はやっぱりある種の興奮がある。
高畑 最初の時点で90点というのはかなり高いですよね。
伊賀 でも、70点ぐらいだとこの企画は大丈夫かなって思われてしまうかなーと。ほぼないけど、下手したら30点の時もたまにあったりする。俳優との感じが違い過ぎて、こっちは漫画だと思っていたら、向こうは劇画だと思っていたということはゼロではなくて。
高畑 なるほど、役作りの作画が違うからどうしてもズレてしまうこともあるんですね。
伊賀 そういうこともあるので、メインどころは二回衣装合わせを確実にやらせてもらいます。一回で小道具とかも含めて全部決まるということはないから。広い部屋に集まってみんなで顔合わせして、台本の読み合わせとかしたあとに、この組はいい組になりそうだなっていう手応えの一つはまず衣装になる。皆忙しいので、髪を染めたり切ったりとかはギリだったりするけど。
初めて一緒にやる俳優さんが衣装合わせして何か違うなってなったら、この組大丈夫かな、って帰りのエルグランドに乗りながら思われてしまう(笑)。
そうならないために自分は衣装合わせで90点くらいは取らないといけないだろうなーと。
高畑 仮に、主役をキヨシとして、確かに衣装合わせの時点でその役を現場のみんながキヨシならキヨシっぽかったなという共有ができないとダメだし、俳優も含めてこれはキヨシだなって思えたら撮影に入る前の気分もだいぶ変わってきますよね。
本の中で、マーロン・ブランドがピタピタにカスタムされたTシャツとジーンズでやっと役柄をつかめたという衣装合わせのエピソードを紹介しているんです。でも、もし、衣装合わせで全然イメージと違うTシャツをもらったら、俳優も役に入りにくいっていうことですよね。

伊賀 やっぱり衣装やヘアメイクって、勿論部分的だけど俳優部さんたちにスイッチを入れてもらう為のきっかけになるだろうなと。
高畑くんは衣装助手をやっていたならわかるんじゃないかなって思うんだけど、俳優はどんなに疲れていても私生活で気分の浮き沈みがあっても、二日酔いだとしても(笑)、いきなりカメラ前に立つことはなくて、一回支度部屋を経由するので。ヘアメイクさんに愚痴ったりしながら、ゼロの状態からメイクしてもらって衣装を来て小道具を持って、そのキヨシくんならキヨシくんになってカメラの前に立つことになるので。
高畑 一日をキヨシとして生きて、キヨシを脱いでまた帰っていく、それを繰り返していくのが撮影現場ですね。
伊賀 ちょっとザックリいうと衣装の仕事というのは、これを着ているとキヨシになれるというものを俳優に手渡すこと。映画で衣装がよかったねと言われると嬉しい部分もあるけど、それより監督とかプロデューサーとか撮影部照明部、俳優部にコレだよ!と思って貰える方が本質でしょうと。
高畑 衣装を褒められないのが、いい映画じゃないかって思っちゃうとこあるんです。誰にも何も言われないぐらい馴染んでる、つまり話題にならないぐらいのほうがすごくうまくいってるってことなのかなと思うと、本当に裏方オブ裏方な感じはします。
伊賀 この前、文芸誌の人といい衣装の映画が名作になるとは限らないけど、名作の衣装は必ずしも衣装がよくなくてもいいって話をしたことがあって、この逆説的な理論が成立する。名作になることによってその衣装がかっこよく、美しく見えてくることはあるから。
高畑 映画の衣装を始めてから、映画の見方は変わったりしましたか?
伊賀 ほぼないかな。ただおもしろい映画が観たいだけなので。あまり自分にグッと来ない映画でも、どこかワンシーンでも来るものはあったら全然いい。
高畑 なるほど…。私はもう映画を観る時にTシャツばっかり見ちゃうんです。映画館を出たあとにTシャツの話はしないでくれと妻や友達に言われてしまって。物語そっちのけで衣装の話をしちゃうんです。衣装部としての現場経験が少ないから、憧れがあるから登場人物の服ばっかり見ちゃうんですけど、もうバリバリに現場にいるとそんなこと考えないということですね。
伊賀 この音楽がいいなとか、このシーンの導線がイイぜ!とか、編集は誰はやってるんだろうとか、そういうことは観ながらずーっと思ってますよ。
高畑 ああ…… なんだかお話を聞きながら、純粋に映画を見ていたころの初心に帰るような気持ちになってきました。ちなみに、最近でご自身が関わった作品で好きな衣装はありますか?
伊賀 ニッチな所ですが、大根仁監督『地面師たち』の後半で喫茶店に出てくるオクイシュージさんが演じた情報屋ですね。役柄の怪しさをコーデュロイとか古着を使ってまとめてスタイリングしたら、オクイさんの芝居がいい意味でめちゃくちゃ気持ち悪くて、自分の想像のさらに上にいっていて最高でした。
衣装ですごくかわいいのと、すごく嫌なやつっていうのは基本同じなんです。かわいくするならかわいいバランスのものを持って構成するけど、嫌なやつは衣装のみだと厳しい部分もあるし。ただ若干わかりにくいから癖があるメガネにしたりとか、靴底の片方だけ削れていて歩き方が汚そうとか、それが画面に映るかわからないけど、そういう道筋はいつも考えて作ってます。

【Tシャツは洋服ではなくメディア】
高畑 伊賀さんは新宿生まれの新宿育ちで、東京のストリートをリアルタイムで見てきてもいますが、雑誌文化にもすごく影響を受けてますよね。
伊賀 当時はネットがなかったから、ファッション誌を読むと「東京ってこういうものが流行っているらしいぞ」っていう共通認識ができていたし、雑誌が売れてるときにはそれが取り上げるもので世の中の多勢が決まっている部分もあった。師匠のところからスタイリストとして独り立ちした頃はかなり雑誌の恩恵を受けていたし、今もやれているのはそのときの貯金があるから、みたいな部分はありますね。
個人的に『宝島』や『別冊宝島』の濃さだったり、文藝春秋から出ていたカルチャー誌『TITLE』とか、普通に『週刊文春』のコラムもめちゃくちゃおもしろかったからいつも楽しみにして読んでました。
高畑 ファッション誌の読み物ページ、私も熟読してました。
伊賀 高一ぐらいの時に新宿にタワレコができて、10階が洋書雑誌コーナーだったから、『THE FACE』とか『I-D』とか『NME』とかイギリスのカルチャー雑誌ばっかり見ていたのは、今の仕事には繋がっている部分は確実にあって。
そんな風に雑誌を読むことで刷り込まれて、掲載されているアーティストと同じものが欲しくなる。その人間的な活動はいつの時代も変わらない。それがカニエ・ウエストだろうが、トラヴィス・スコットだろうが、リバティーンズだろうが、憧れみたいなものはどんな世代にもあるし、なくならない。
高畑 本の中にも書かせてもらったんですけど、今だと菅田将暉さんですよね。メルカリとかでも着用タグがあって。この時代に選ばれたポップアイコンというか、久々に現れたファッションスターです。
伊賀 菅田くんの存在は本当にエポックだね。しかもある種、受動的っていうか。例えば80年代のモッくん(本木雅弘)が山本康一郎さんと一緒に、ちょっとゲイっぽい感じの服とかを戦略として、チームでやっていたみたいなものにすごく近いものを感じる。菅田くん本人も服が大好きで作る人だけど、タッパもあって洋服が似合いすぎるから、マネできるかというと難しいのに、みんなに「俺も菅田くんになりたい!」って思わせるのは本当にすごい。
高畑 菅田さんは若手俳優の中でも別格だと思いますが、今の若い俳優さんの私服を見て、印象的な傾向はあったりしますか?
伊賀 とりあえず、皆カッコいい(笑)。本当に皆、雰囲気と自分の世界があって惚れ惚れする(笑)。傾向ってのはあんまりないかな、タックインしている人もしていない人もどちらもいて、その人次第という感じだし、女の子は基本タックインしてる。あとヘソ出してる子もティーンから20代前半ぐらいまで。
高畑 もし、2021年の東京オリンピックあたりの物語とかを今から20年後とか30年後にやるとすると、あの頃の若者の服って時代考証がすごく難しいと思うんです。あの夏の感じを出すとなるとスタイリングはどんな感じでしょうか。
伊賀 究極は資本を感じさせるかどうかじゃないかな。たとえばバレンシアガ、というかデムナ的な概念をどこまで刻印するかどうかというか。
一口にハイブランドといっても、その金はどこから出てるんだろうっていう怖さもあったりする。映画『愚か者の身分』みたいな世界かもしれない。着た写真を撮ってすぐに売りに行くみたいな、『闇金ウシジマくん』のファッション編みたいなことが現実にあるかもしれない。
あとみんな古着とかをおしゃれに着てるけど、服とか文化にかけるお金や余裕はなくなってきていて、完全に二極化している。
雑誌でダッフルコートが78万円とか、広告を出したいのはわかるけど、タイアップをタイアップ化させないように見せるという構造にも素直に受け入れられなくて。
もちろん、それもひとつの産業だから仕事としてあるのは否定しないし、色々な宣伝の仕方があるとも思います。裕福層がカマしで買うのは必然だと思うけど、それは最早カルチャーではないのでは?という疑念があって。
高畑 デムナ的な概念に乗るか反るか。確かに圧倒的に時代の証言になりますね。ちなみに、伊賀さんはカメラマンの佐内正史さんとコラボしてTシャツを作られていますが、どういう経緯だったんですか?
伊賀 もともとは「TANGTANG」のデザイナーの丹野真人くんに呼ばれて、「佐内さんと伊賀さんと一緒に写真使ってTシャツ作りたい」って言われたのが「GASATANG」始まりでした。「GASATANG」は洋服というよりは、着れる写真集みたいなコンセプトで。そもそも俺はTシャツを洋服だと思っていなくて、自分の中ではメディアというか、缶バッジとかポスターとかそういう物に近いです。
ガキの頃、デッド・ケネディーズが好きで「Nazi Punks Fuck Off」みたいなTシャツ着てたら、それを見た白人に路地裏に連れて行かれて、「てめえ、アジア人のガキがマジでこの意味わかってんのか!!!!」みたいなことがあって。服ってそういう怖いところもあって、自分としてはただかっこいいと思っていたら、軋轢とか差別を生んでいたということを身をもって知ったという。そんな風に知らない誰かを刺激してしまう、そういうシリアスな面もあるし、気の利いたギャグ・パロディみたいなことも含めて、Tシャツを基本的には服だと思っていないんです。
高畑 無自覚なメッセージを無邪気に身につけてしまう感覚は、確かに缶バッジ的ですね。
伊賀 「GASATANG」に関しては佐内さんの写真がTシャツに印刷されて、考えてもみなかった所へ届いて行く所が楽しいなって。
アラーキーとかデヴィッド・シムズが撮ってる写真を使っているシュプリームのアイテムがすごく好きなのは、写真を着ているって感じがするから。
たとえば、有名なフォトグラファーのソール・ライターの写真をユニクロとかが使っているけど、普通にやったら1500円で買えるわけはなくて、どこかに軋轢が起きているということはわかる。マネとかマチスとかピカソは著作権が切れてるから、権利を守りつつ広がったらいいよねっていうアートならいいと思う。だけど、ファッションはビジネスだから、経済的にヤバくなってきたら金積まれたらなんでもやってしまう可能性もあって、そういう危なさもあったりしますね。
高畑 なるほど…… ファッションのあやうさでいうと、私は清水エスパルスが好きなんです。オレンジ色が好きなので、取材の最初の頃は上も下もオレンジ色の服を着てたんです。すると全身オレンジだからか「参政党を支持してるの?」みたいな話になったりして、「エスパルスを支持してます」と答えてました。ファッションの政治利用みたいなことを考えましたね。
でも、これは参政党を否定している話ではないんです。個別の政党の問題ではない。そもそも自由なので「オレンジ色に政治を持ち込むな」とは思わない。ただ、それと同時に、大好きな色に政治的な意味合いが急についたことには動揺しました。今も自分の好きなオレンジ色を取り戻している最中ですね。
伊賀 本当にそういうとこあるよね。いいよね。

高畑 話を戻しますが、Tシャツを作るときの値段設定はどう決めてるんですか?
伊賀 金額のことだと昔はライブを観に行った帰りにTシャツを買うとだいたい3500円ぐらいだった。そういう感覚があるから、どんなにかっこいいバンドTシャツでも5000円以上出すというのは個人的にはないんだけど、「GASATANG」で出しているTシャツに関しては「TANGTANG」に一任してます。
もちろん、肌感として感じているものはあるし、このまま行くと一万円越えちゃうかもしれない。一枚売って100円しか利益が出なかったら、それはもうビジネスではないよね。だから、自分が関わってTシャツを作るのは基本的にはシャレだし、真剣に考えていない。ある種の消耗品だったり、お土産という感じかな、服だと思ってないというのはそういうことです。
高畑 ファッションの原風景の一つに、実家の近所の焼き鳥屋のオヤジさんが着てたトレーナーがあるんです。おそらく彼の息子が買ったものであろうおニャン子クラブの水色のトレーナーを、袖をカットオフしたボロい状態で着て、もくもくと串を焼いててかっこよかった。そんな感じで、子どもが昔着ていたバンTを着て買い物に行ってるお母さんとか、Tシャツってそういう日用品でした。今は三万、四万とかのTシャツがあったりする時代ですからね。
伊賀 そんな下駄履かせていいの!!みたいな感じはするよね(笑)。
高畑 変な質問かもしれないんですが、伊賀さんはお子さんのスタイリングってしてますか? 子どもの服、むずかしいなって思っていて。叶えられなかったスタイリスト願望のせいか、8歳の息子にすごいコーディネートしちゃうんです。ハロウィンで一番着たい服は何って聞いたら、その反動なのかスーツでした。
伊賀 ハロウィンだと、ふつうに煉獄さんとか着てたかな。でも、最近は俺が19歳ぐらいのときに着ていたソニックユースの洗濯機のSサイズのTシャツ、そのプリントが自然にヒビ割れちゃってるみたいなものを勝手に着てますね。
高畑 稲妻みたいにヒビが入って。
伊賀 そう、今のTシャツってなかなか自然に割れなくて、普通に割れ加工だから(笑)。昔は割るために一回あぶって削ってみたいなことをしてた。良くも悪くも古着風という呪いもあるし。
高畑 自分が着古したTシャツを子どもが着るって、めっちゃいいですね。
伊賀 スゲーイイよね(笑)。それでTシャツに関して思ったのは、マッキントッシュをはじめとするパソコンでデザインするようになってから、ロゴデザインの可能性が異常に増えたというのも重要なポイントなんじゃないかな。有名どころのパロディとか元ネタすら知らない謎のデザインみたいなものも2000年ぐらいから爆発的に増えていった。
高畑 たしかに…アイアン・メイデンとか矢沢永吉のロゴを真似た焼肉屋とか歯医者、今はどこにでもありますが、最初のきっかけはマッキントッシュ経由で異常に増殖したパロディTシャツかもしれないですね。
伊賀 道ゆくギャルがAC/DCっぽい新品Tシャツを着ているときの「そのバンド知ってるのか問題」を今度書いてみてほしい。今だと芸人がン万円ぐらいでニルヴァーナのTシャツを買っている話と同じ構造の問題でもあって、どうこう手がつけられるものではないけれど、古着を取り巻く環境があきらかに変わってきている。
高畑 まだまだ書くべき横軸がたくさん…。展覧会の話もそうですが、書きたいテーマが次から次へと出てきて、尽きないです。
伊賀 Tシャツのポテンシャルがすごいってことなんだと思うし、あと本当に10冊ぐらいいろんなテーマで書けそうだね。
高畑 ありがとうございます。伊賀さんと話させてもらって、めちゃめちゃやる気が出てきました。なんか、ほんとに、ここからですね。
最後になりますが、高校時代に読んでいた「伊賀文庫」がなにか本の形で出てほしいなってずっと思ってます。
伊賀 「伊賀文庫」は連載中に何回も岡本太郎さんの『今日の芸術』を取り上げさせてもらってました。昔から好きな本は人にあげるクセがあって、100冊以上は買っていろんな人にあげてると思う。
『今日の芸術』は19歳の時に読んでから人生の一冊になっていたから、あの連載を読んでくれた人に手に取ってもらえたらという気持ちが強かった。雑誌という文化はそんな風に誰かに届くかもしれないという可能性が魅力だったし、あの時連載を読んで手にしてくれた人がいたらうれしい。高畑さんの次のTシャツ本も楽しみにしてます。

プロフィール

たかはたくわな タックイン研究者。1984年東京都生まれ。2004年、映画『紀子の食卓』に衣装助手として参加。その後、映像関係の仕事に携わる一方、10年よリタックイン/アウトの研究を本格的に開始。14年早稲田大学文学学術院の表象・メディア論コース修了。21年初の個展「1991年の若者たちがタンクアウトしたTシャツを2021年の君たちは」を開催。著書に『Tシャツの日本史』(中央公論新社)。
いがだいすけ スタイリスト。1977年 西新宿生まれ。96年より熊谷隆志氏に師事後、99年、22才でスタイリストとしての活動を開始。『MEN'S NON-NO』や『smart』などのファッション雑誌や広告のほか、『ジョゼと魚と虎たち』『舟を編む』『PERFECT DAYS』『ファーストキス 1ST KISS』『8番出口』など多数の映画および、TVドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』『17才の帝国』、アニメ『竜とそばかすの姫』、Netflix『地面師たち』などを手がける。


高畑鍬名×伊賀大介







大塚久美子×塚原龍雲

苫野一徳×岩内章太郎×稲垣みどり