対談

【前編】相馬野馬追と琉球競馬から見つめる、日本の馬文化のいま

星野博美×梅崎晴光

4月17日に刊行された星野博美さんの『野馬追で会いましょう 相馬の馬文化と震災後の日常』は、福島県相馬地方に伝わる祭事「相馬野馬追(そうまのまおい。2026年度は5月23~25日に開催)」を通して、日本の馬文化のいまと原発事故の影響が続く人々の暮らしを描きだすノンフィクション。このたび星野さんと、スポーツニッポンの競馬記者で琉球競馬「ンマハラシー」に造詣の深い梅崎晴光さんの対談が実現! 前編では相馬野馬追と琉球競馬の共通点、相違点をじっくり語り合います。

構成/前川仁之 撮影/織田桂子

虫瞰図と鳥瞰図

梅崎 星野さんは、私が本(『消えた琉球競馬 幻の名馬「ヒコーキ」を追って』ボーダーインク、2012年)を出した時に「AERA」ですばらしい書評を書いてくださったんですよ。感激でした。私も新聞記者の端くれなので、星野さんの作品は拝読していましたし、『コンニャク屋漂流記』で書かれている千葉県の御宿は、自分も幼少時代に過ごしたところでよけいに親近感がありました。そんなわけでずっと尊敬していました。

星野 私、『消えた琉球競馬』の書評を書いた時に梅崎さんからお手紙いただいたのに、お返事できてなかったんですよね。それが昨年、ようやくご連絡することができて。

梅崎 うれしかったです。しかも琉球競馬をご覧になりたいという話でしたので。

星野 琉球競馬「ンマハラシー」は去年もおととしもずっと行きたかったんですけど、そのつどなにか事情があってドタキャンになっていて、今年初めて行けたんです。その時に、梅崎さんと連絡を取り合って、会場でお会いしました。すごいんですよ、梅崎さんは琉球競馬の産みの親ではないですけど、中興の祖なんです。

──第二次大戦以降、すっかり失われていた琉球競馬「ンマラシー」が梅崎さんの綿密な取材・考証の力もあって復活したのは2013年のことでした。そのンマハラシーについては後ほどじっくりお聞きしたいと思います。まず、星野さんの新作『野馬追で会いましょう』について、梅崎さんのご感想をお聞かせください。

梅崎 これは星野さんの十八番とも言えると思うのですが、虫瞰図と鳥瞰図の二つをたくみに使い分けて、福島県相馬地方に残る祭事「相馬野馬追」をお書きになられたすばらしい作品ですね。虫瞰図は虫の目です。地べたに貼りついて身近なところを見つめ、描いてゆく。鳥観図は鳥の目線で、物事を上から見て、全体の流れを歴史の文献も参照しながらつづってゆく。私なんかはどうしても、虫瞰図よりも鳥瞰図になっちゃうんですよ。上からの目線で全体の流れ、歴史的な流れを追う、みたいな書き方になっちゃうんですが、自分なんかと比べるのも申し訳ない話で、この作品は両方とも持ち合わせている。感銘を受けました。

星野 ありがとうございます。

梅崎 それから、この本は二つの大きなテーマをとらえていると思います。一つは、過去と現在の融合ですね。相馬野馬追という伝統文化が現代社会と共存するための取り組みをていねいに書かれています。

もう一つ、東日本大震災を経た相馬の人々をつなぐ紐帯としての野馬追という観点がとても重要です。この二点に関して、私も琉球競馬に関わらせてもらっている人間ですので、自分たちのやってきた取り組みと比較しながら読ませていただきました。

その中で、一番大きな違いは、相馬野馬追がさむらい的な文化だということです。実は私がこれまで野馬追にまったく興味を持てなかった理由はそれでして。星野さんも書かれていますね。私は漁師の末裔なんだと。「武士という言葉が想起させる忠義や殉死精神、厳しい序列、仇討ち、攻撃性などには、日頃から警戒心を抱いている」と。

星野 そう、やっぱりちょっと警戒心を持ちますよね。私は侍が好きではないのに、よく関われたなと思うんですよ。野馬追は、もともとは平将門が兵の訓練のために始め、それが相馬藩に継承されたという歴史があります。祭りの総大将はいまだに相馬家がやっているわけです。だけどそういう要素をなくしたら、たぶん野馬追は続かなかったので、私としては、侍嫌いはとりあえず胸にしまい、馬が好きだから関わるんだ、みたいな感じで見ています。

梅崎 侍の文化について「尊重はするが、熱狂はしない」とも書かれていましたね。

星野 もともと伝統とか格式が好きではないんです。お祭りの類は、地元のお祭りレベルでも嫌いですし。祭りって結局、その土地のヒエラルキーを確認する場でしょう。「偉きは偉きに、低きは低きに」を毎年確認させる行事みたいに思っていて、だから野馬追だって本当は苦手ですけど、それは私の考えであって、尊重している人たちに文句を言うぐらいだったら関わらなきゃいいので、関わる限りは尊重します、というスタンスです。

あと、野馬追に参加する方々の中でも、たまたま「平本家」とめぐりあえたのがよかったんだと思います。

梅崎 そこのところの引きのよさも、さすがです。ほかにもたくさんのグループが参加する中、平本家を選んだという。

星野 本当にたまたまでした。2021年に初めて野馬追を見に行った時、高校生で乗り手として参加していた今野愛菜さんに話しかけたのがきっかけでした。

梅崎 そのたまたまですばらしいところに当たっているわけですよね。非常にさまざまな物語を持っている人たちの集団で、しかも見ず知らずの星野さんを受け入れてくれて。平本家とのつながりは、この作品の大きな比重を占めています。

星野 たぶん、総大将の近辺にいる、代々、相馬家の家来みたいな人たちが相手だったら、入っていけなかったと思います。その点、平本家はすごくリベラルなファミリーだったので。

梅崎 なるほど……。知らないことがたくさん書かれていて、勉強になりました。いまでも年に一度の野馬追の時には、封建主義的な「御法度」が復活するんですね。行列を上から見てはいけない、とか、行列を横切るな、とか。やっている人もその気になってしまう。

総大将にお目通りする時にはあぶみから足をはずせって言うのでしょう。鐙から足をはずすのは、謀反の気持ちがないことの意思表示だと。初めて知りました。

それからメインイベントのひとつである甲冑競馬は実は、昔ながらの野馬追にGHQからクレームがついた結果生まれたものだったんですね。これも驚きました。

星野 GHQは侍文化を軍国主義に結びつくものとして警戒していましたからね。それで、平和的な馬事の祭典なら許可するという方針を示したので、戦後すぐの野馬追ではリレーの競馬をやったり、馬術競技大会のような形で行われたそうです。でもそれだと盛り上がりに欠けるということで甲冑競馬になったらしくて。

梅崎 江戸時代からやってるものだと思っていました。

星野 江戸時代に甲冑着て軍事教練みたいなことをしていたら、たぶん相馬藩はお取りつぶしですよ。

梅崎 ああ、謀反の疑いありと。そうやって時代時代にマイナーチェンジを繰り返して続けられてきたんですね。

星野 おもしろいのは、江戸時代からすでに観客を呼び込んでいた点です。日本の人口が3000万人くらいの時代に4万人強もの人々が見にきたそうです。他藩からも、おおぜい。しかも、南相馬市博物館が出している冊子を見ると、当時からぼったくりが問題になっていて、野馬追の期間中に宿代が二倍になったとか、イカサマ師がいっぱい道に出てきて旅行者をだましているとか、そういう苦情が寄せられていたそうです。

梅崎 歌川広重の浮世絵にもなっていましたよね。

星野 そうです。当時から有名だったんですね。江戸時代の人はお伊勢参りに行ったり、けっこう旅行好きですよね。野馬追、いっちょ行ってみるか! みたいな感じで出かけていったのでしょう。

梅崎 一大娯楽だったんですね。

星野 わー、お侍が走ってる! みたいな(笑)。当時も侍が馬で走っている姿なんかなかなか見れなかったと思うので、人気も出るでしょう。当時から、壮大なコスプレ祭りだったといってもいいかもしれません。

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プロフィール

星野博美

(ほしの ひろみ)

ノンフィクション作家、写真家。1966年、東京生まれ。『転がる香港に苔は生えない』(文春文庫)で第32回大宅壮一ノンフィクション賞、『コンニャク屋漂流記』(文春文庫)で第63回読売文学賞「随筆・紀行賞」・第2回いける本大賞、『世界は五反田から始まった』(ゲンロン)で第49回大佛次郎賞受賞。主な著書に『島へ免許を取りに行く』(集英社文庫)、『戸越銀座でつかまえて』(朝日文庫)、『みんな彗星を見ていた』『謝々! チャイニーズ』(文春文庫)、『馬の惑星』(集英社)など。

梅崎晴光

(うめざき はるみつ) 

1962年、東京・高円寺生まれ。1986年、スポーツニッポン新聞(スポニチ)東京本社入社。1990年からJRA中央競馬担当。2022年の定年後もスポニチ東京レース部専門委員として記者活動を続けている。『消えた琉球競馬 幻の名馬「ヒコーキ」を追って』(ボーダーインク)で、2013年度JRA賞馬事文化賞、沖縄タイムス出版文化賞正賞を受賞。2025年、同書の増補改訂版を刊行。2024年には絵本『おきなわ在来馬ものがたり』(沖縄在来馬保存事業実行委員会 事務局・琉球新報社発行)を著した。

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