【前編】「いのちを守る政治」をどう実現させるか?

『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』刊行記念 畠山理仁×西村章
畠山理仁×西村章

医療費が高額になった場合、自己負担額を一定に抑える「高額療養費制度」。自己免疫疾患の治療で長年この制度を利用してきたジャーナリスト・西村章氏は、2024年末の政府〈見直し〉案に始まる一連の問題を追い、その成果を『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』(集英社新書)にまとめた。
高額療養費制度をはじめとした医療保険制度や社会保障制度はどうしても「政治」とは切っても切れない関係にある。そこで、選挙と政治を専門に25年以上取材してきたフリーランスライターの畠山理仁氏と、西村氏の対談が実現した。
社会保障と選挙の関係や、政治参加のあり方について、タイムリーな話題も交えながらなされた対話の記録を、前後編に分けてお届けする。

※2026年4月22日、Readin’ Writin’ BOOKSTOREにて行われたイベントの一部を採録したものです。

畠山理仁氏(左)と西村章氏(右)

西村 今日ここにお越しの皆さんは、畠山さんのことはよくご存知だと思います。選挙取材の第一人者ですが、実は我々は非常に古い知り合いで……。

畠山 そうですね……20年?

西村 いや、20年じゃきかない。たぶん30年くらい。

畠山 そうですね。最初に会ったとき、まだ僕は大学生だったかもしれない。

西村 僕が病気になるずっと前、まだ高額療養費制度を利用していない時代ですよ。

畠山 そうですね。

西村 で、つい先ごろこの本(『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』)が出たわけですが、2024年末に浮上した当初の〈見直し〉案は2025年の3月に一時凍結されて、7月の参院選挙を経て12月末に新たな引き上げ金額が提示され、年が明けた今年2月に衆議院選挙があってその後に特別国会……と、この制度案は国政選挙に翻弄されてきました。畠山さんはSNSでも自己負担上限額引き上げに反対と投稿していたので、選挙取材という切り口からこの問題をどう見ていたのか是非訊ねてみたいと思っていたんですよ。

選挙戦で語られた/語られなかった、「高額療養費制度」問題

畠山 この本ができる前の段階で、西村さん自身が高額療養費制度の当事者でこの連載を開始したとき、制度が変更されることで実害を受ける人が自分の知り合いにもいるということにまず、びっくりしました。その連載タイトルが『オレに死ねと言ってんのか』。自分はこの制度を利用していないので、「これは本当に人の生死に関わる問題なんだ……」とそこで初めて認識した、というのが正直なところです。

僕は制度を利用したことがないので、治療費があまりに高額になると上限額が設けられて負担が軽くなりますよ、ということくらいしか知らなかったのですが、本を読んでみるとものすごく負担を強いる制度改変が行われそうになっていることや、なぜその改変が出てきたかという背景事情が明かされています。これは読んでいただくと「えっ……本当に!?」とびっくりするんですけれども、「国や政府はなんだかんだいってもちゃんとしてるんだろうな、最後は我々のことを守ってくれるんだろうな」と漠然と思っていたのに、それが足元から崩れるようなことが書かれていて、すごく驚いたし勉強になりました。

選挙との関係で言うと、高額療養費に関心がある人はたくさんいると思うんですが、候補者が訴えたい政治課題は消費税や子育て等々いろんなテーマがあるので、街頭演説ではそれぞれについて本当にざっくりとしか触れません。2月の衆議院選挙では、西村さんが連載記事で高額療養費制度に関する各政党のマニフェストを比較検証していて、僕もそれを読みました。このテーマをちゃんと政策に入れている政党があるということは、当事者の皆さんがこの問題について政治家や政党に問いを投げ続けた結果、政策として取り入れられたのだろうと僕は捉えています。そのような働きかけがなければおそらくスルーされていただろう、というのが実感で、切実な問題がちゃんと政治の側に届いているとも感じました。

西村 昨年夏の参議院選挙と今年2月の衆議院選挙で、高額療養費制度がトピックのひとつとして取り上げられたのは、この本の中でも言及している全国がん患者団体連合会(全がん連)と日本難病・疾病団体協議会(JPA)が地道な要望活動を続けて、それが去年3月の一時凍結に非常に大きな役割を果たした、という事情が大きく作用していると思います。昨年7月の参議院はともかく、今年2月の衆議院選挙はわけがわからないうちに始まってあっという間に終わった選挙だったので、高額療養費の問題は候補者が街頭演説で訴えても、メディアに乗る大きなトピックになりませんでした。それが非常に歯がゆい点でもあったのですが、各選挙区を歩いてきた畠山さんの目にはどう見えていましたか?

畠山 選挙期間中の候補者は、どうすれば投票用紙に自分の名前を書いてもらえるかということにものすごく気を配ります。高額療養費の問題はもちろん大事なテーマですけれども、「この制度がこう変わることでどんな問題が生じるのか」という一般的な理解がまだ広がっていないという点で、候補者としてはなかなか伝えづらいテーマだったのかもしれません。

たとえば去年7月の参議院選挙のように、投開票日があらかじめわかっていて充分な準備期間がある場合だと、「皆さんから付託を受けて6年間を議員として働くために、自分は高額療養費制度をこうやって改善します」とわかりやすい解説動画を作ってYouTubeで公開することも可能なんですが、さすがに解散から投開票日まで16日というスケジュールでは、高額療養費の問題を大きなテーマとして訴える時間的余裕がなかったのかなと思います。

それでも訴えている候補者は確実にいらっしゃいました。選挙の時にはやはりその人の地が出るから、この限られた時間でも高額療養費制度を取り上げた候補者がいたことは希望だと思いました。命に関わる問題で、誰もがこの制度を利用するかもしれないことを考えると、本来ならもっと多くの立候補者が取り上げるべきなんですが。

西村 今回の本のなかで全がん連理事長・天野慎介さんが話してくれた印象深い言葉に「『最後に議員を動かすのは面子と選挙だ。それが立たないと彼らは動かない』とある議員秘書に教えられた」、というものがあります。本当に身も蓋もない事実ですが、票に繋がらない問題はトピックにしてもらえない、ということですね。

畠山 そうですね。「票とメンツが大事」というのはまさにそのとおりで、全がん連とJPAの皆さんが与野党問わず要望をくまなく訴えて回ったことで、ようやくここまで来ている。その訴えがなければ、最初の法案がそのまますっと通っていたかもしれない。そして、法案がすっと通った後になって「えっ……」と皆が驚いていたかもしれない。その「えっ……」という声すら、発せられないままになっていた可能性もありえたと思います。

西村 何が起こっているのかすら、わからないまま進んでいく。「国や政府も最後は我々を守ってくれるだろうと思っていたのに、それが足元から崩れていく」と最初におっしゃいましたが、「そこまでのことはしないだろう」ということを彼らは平気でやってくる、その驚きというか怖さを今回はひしひしと感じましたよね。

畠山 この本の中にはいろんな研究者の方々の研究成果やご意見があるんですが、立教大学の安藤教授が「厚労省がなぜあのようなおかしな理屈で上限引き上げを正当化しようとしたのか、私もいろいろと推測をしたのですが、今でもよくわかりません」という言葉の後に「おそらくあまり深く考えていなかったのではないか、というのが現状での私の結論です」という一節がありますよね。ここは読んでいてもびっくりするんですけど(笑)、一連の経緯を見ていると、本当にそうかもしれないと思わざるを得ないひどい提案だった、ということがすごくよくわかりました。

西村「あまりよく考えていなかったんじゃないか」というのは、要するに他人事だということですよね。他人事だから、メディアも2024年12月ごろの報道で「引き上げが決まりました」とあたかも決定事項を報道するかのようなあっさりした内容になったと思うんですよ。

高額療養費の引き上げが大手メディアの人々にとっておそらく切実ではない理由のひとつが、企業に勤める人や公務員の健康保険には手厚い補償があって何も心配しなくていいようになっている、という事実です。これだけ手厚いなら他人事になるよな、と思いました。もうひとつは、たとえ自分ががんや難病じゃなくても、身の回りに誰かひとりくらいそういう経験をして苦労している人がいると思うんですが、たとえそういった当事者が身の回りにいなくても、そういう境遇の人を想像できることが政治や行政の仕事をする人に求められる資質でしょう。たとえば、実際にがんサバイバーで国政や地方議会で活動をしている人は少なからずいますよね。

畠山 与野党問わず、いらっしゃいますね。

西村 そういう人たちは制度について理解しているだろうけど、そうではない候補者に自分たちの意見をどうやって政治に反映してもらうか。街頭に立っている候補者に複雑で込み入った説明をしてもなかなか理解してもらえないだろうから、ある患者団体の人は「ひと言ふた言で、的確に要点のみをお伝えする」と言っていました。

選挙は意見を伝えるチャンス

畠山 候補者は有権者の声を聞くことが仕事なので、本来ならじっくりと時間を取ってもらいたいんですけれども、選挙期間中だとどうしても時間は限られてしまいます。

でも、選挙期間は一番陳情しやすいというか、有権者の意見を候補者に伝えるチャンスではあるんですよね。政治家は普段はなかなか外へ出てこないけれども、選挙の時は有権者の前に顔を出して、自分がどういう人間でどういうことをやろうとしているかを見せないと票になりません。だから、何年かに1回かもしれないけれども選挙の時は必ず出てくる。しかも有権者の声を聞くという建前上、「声を聞かないと大変なことになるぞ」というプレッシャーがあると聞く耳を持ちやすいし、有権者からの呼びかけにも答えざるを得ない。だから、選挙の時に自分たちの問題を候補者に端的にわかりやすく伝えることはすごく大事だし、効果的だと思います。

皆さんの中には政治家や候補者はすごく勉強して知識も豊富だと思っている方もいらっしゃると思うんですが、実は全然そんなことないです。この問題は政治家なら当然知っているだろうと思って話してみたら「えっ、そんなことがあるんですか」と驚かれて、逆に当事者のほうがびっくりする、みたいなやり取りは本当にいっぱいあります。だから、この問題は社会にとって大切で解決しなければならない課題だ、と認知してもらうための働きかけからまず始めなきゃいけない、というのが現実です。

つまり、政治家なら勉強しているはずだし何でも知っている、と思うのは間違いで、「あの人は知らないかもしれないから伝えよう」「こうやって理解してもらおう」と働きかけることがとても大事です。話しかけた候補者がその問題について知っていたら、候補者にとって「やはりこの問題で実際に困っている人がいて、こうしてほしいという意見があるんだ」と確認する後押しになります。だから、これは切実な問題だから何とかしてください、と何回言ってもいいんですよ。いつも決まった人に発言を任せるのではなく、気づいた人が声を上げることで広がりができます。そのような有権者からの提案や問いかけのコミュニケーションが日本では圧倒的に少ないし、それはすごくもったいないな、といろんな選挙の現場を見てきてつくづく思います。 そういう働きかけをしている人たちがまだまだ少ないことが、日本の民主主義や政治がひとりひとりの幸せを作れていない原因じゃないかと思います。

西村 日々の生活と政治が直結していないと言えばいいのか、皆の生活と政治家の活動が噛みあっていないように見えるんですよね。昔からよく言われることですが、テレビや新聞の中で行われている政治と自分たちの生活が、どうも乖離(かいり)しているように見える。

畠山 選挙について高校などで講演をすることもあるんですが、「選挙の時は政治家がセミの幼虫みたいに何年かに1回の割合で外に出てくるから、その時に話しかけるのがチャンスだよ」という話をすると、「えっ、政治家に話しかけていいんですか!?」と本気で言われることがあるんです。政治家は話しかけてもいい存在だという認識がまず有権者にないことにむしろこっちはびっくりするわけです。話しかければちゃんと言葉を返してくれるので、そういう自分の実例を踏まえながら、皆さんもぜひ声をかけてくださいね、というところから始めなければならないくらい、政治と有権者は距離が離れていることを痛感しますね。

西村 『黙殺』の頃から、それはずっとライフワークですもんね。

畠山 そうそう。話しかけると何が面白いかというと、すごく立派な人だと思っていた人がすごくつまらない人だったり、謎の人だなと思っていた人がものすごく真摯に深く物事を考えていて、新しいアイディアを持っていたりすることがわかるからです。僕はどの選挙でも候補者全員にくまなく会うことを信条としていますが、「どうしてこのテーマを入れてくれなかったんですか」と訊ねると、「選挙公報はスペースが限られているので入れられなかったけれども、私はこの問題にはこう取り組もうと思っています」という答えが返ってきたりする。

マニフェストに入っていなくても、直接訊ねることで政治家の頭の中にずっと残って、当選した後にそれを議会の質問で取り上げて事態が動く、ということも当然あるでしょうし、その課題が世の中にシェアされることで、何年か後に解決されることもあるでしょう。「あの時は箸にも棒にもかからないと世の中から言われた人が訴えていた政策が、今では堂々と世の中で認められて実現されているじゃないか」ということに、何回も出会っています。選挙で投票するだけじゃなくて、コミュニケーションをとって候補者に働きかけることは、自分が投票したくなる候補者になってもらうためにも大事なことだし、働きかけることで政治家が変わってくれることも見てきました。

高額療養費制度の問題について言えば、どのようなプロセスを踏むことによって、当事者の意見が反映されていないとんでもない案を押し戻して一時凍結させるに至ったのか、という具体的な例がこの本の中に書いてあるし、高額療養費制度以外でも、自分たちが抱えているテーマをどうすれば政治の場に反映してもらえるのかについて考える際の、参考にもなると思います。

(後編へ続く)

関連書籍

プロフィール

畠山理仁

(はたけやま みちよし)

1973年、愛知県生まれ。早稲田大学第一文学部在学中の1993年より雑誌を中心に取材・執筆活動を開始。関心テーマは政治家と選挙。日本のみならず、アメリカ、ロシア、台湾など世界中の選挙の現場を25年以上取材している。著書に『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』『選挙漫遊記』(集英社)、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社)などがある。

西村章

(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞・第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)、『MotoGP 最速ライダーの肖像』、『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』(集英社新書)など。自己免疫疾患の治療で2009年から高額療養費制度を継続利用中。

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