医療費が高額になった場合、自己負担額を一定に抑える「高額療養費制度」。自己免疫疾患の治療で長年この制度を利用してきたジャーナリスト・西村章氏は、2024年末の政府〈見直し〉案に始まる一連の問題を追い、その成果を『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』(集英社新書)にまとめた。
高額療養費制度をはじめとした医療保険制度や社会保障制度はどうしても「政治」とは切っても切れない関係にある。そこで、選挙と政治を専門に25年以上取材してきたフリーランスライターの畠山理仁氏と、西村氏の対談が実現した。
現在進行形の話も多く出た充実の対話の様子を、前編に引き続きお届けする。
※2026年4月22日、Readin’ Writin’ BOOKSTOREにて行われたイベントの一部を採録したものです。

有権者は政治家に対して、どう異議申し立てすればよいのか?
西村 去年3月の一時凍結後に、当事者の声をあまりにも聞いてなさすぎた反省を経て、厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会の下に「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」が作られて、全がん連とJPAの代表がそこに加わって議論が進んでいきました。
当事者を参画させるという最初のハードルは超えたのですが、じつはその次に、当事者が入ったことで「話を聞きましたよ」という体で議論が進められてしまう、というトラップが待っていました。
畠山 アリバイ的に使われてしまう。
西村 そうです。今回〈見直し〉案の月額上限額引き上げがまさにそうなんですけれども、国会答弁で上野(賢一郎)厚労相や高市首相は常に「ご議論いただいた」と言うわけです。専門委員会に参加していた全がん連やJPAの代表者が、国会の参考人や公述人として「議論は充分なものではなかった」「新たな自己負担上限額はあくまで金額を提示されただけ」と発言しても、高市首相や上野厚労相はまるで錦の御旗のように「専門委員会でご議論いただきました」と平然と言うわけです。
畠山 出席していただけなのに。
西村 非常にずるいですよね。高額療養費の「高額」さに苦しんでいる制度利用者は現状でも非常に多いので、全がん連とJPAの代表者が専門委員会で懸命に訴えた結果、1年の総支払い額に限度を設ける年間上限額の新設や、長期利用者の1ヶ月あたり支払い額をさらに低くする多数回該当という制度の金額を据え置きにすることが、今回の〈見直し〉案には盛り込まれています。これは確かに前進ではあるんですよ。
だけどそれはそれとして、1ヶ月あたりの支払い上限額をさらに上げているから、現行制度よりも負担が増えて苦しくなる人がたくさん出てくることが今の問題なんです。にもかかわらず、高市首相や上野厚労相は国会で何を質問されても「当事者団体も参画した専門委員会でご議論いただきました。年間上限を導入して多数回該当も据え置きにします。だから充分な配慮をしています」ということばかり言うんです。1ヶ月あたりの自己負担上限引き上げなど様々な問題を野党議員が指摘しても、そこに対する答えは「繰り返しになりますが、患者団体の方も参画した専門委員会でご議論いただき、年間上限額の新設や多数回該当の据え置きで充分な配慮した案になっています」と同じことばかり繰り返すわけです。
畠山 見栄えの良い部分だけを言って、「ここの見栄えをよくしたからいいでしょう」と押し切ろうとしているわけですね。
西村 そういうことですね。あまりに同じことばかり繰り返すから、次に同じ答弁をしたら床が開いて下に落ちるとか上から水が降ってくるとか、そんなふうになればいいのにと思いながら見ていました。
畠山 それだと兵庫県庁なんかも大変なことになっちゃうと思いますけど(笑)。
西村 そのように聞く耳を持たない政権側の態度に対して、いったいどんな異議申し立てができるのだろうか、と考えると非常に歯がゆいし虚しいですね。先ほどの話にあった、選挙の候補者に直接声をかける方法は非常に有効だと思うんですが、選挙期間ではない時期にたとえば自分の地元選挙区の議員に話しかけたとして、どれほど効果があるのだろう、どれくらい話を聞いてくれるものなんでしょう?
畠山 それは本当に人と事務所によると思いますね。その政治家に直接連絡を取れる関係性があれば、多分ものすごく話が早いと思うんですけれども。
西村 それだと誰も苦労はしない。
畠山 そうなんですよね。だからそこで、自分が住んでいる選挙区から選出されている国会議員は誰なんだろうということをまず思い出してもらって、その事務所に「こういうテーマについてぜひ考えてもらいたいから、話を聞いてもらえませんか」というアプローチを事務所にしてみる。その時に反応が良くて、「本人はいないけど秘書が聞きます」ということもあるでしょうし、「資料にしてまとめて持ってきていただければ本人に渡します」という対応もあるかもしれない。
そうやってまず連絡を取ってみることで、有権者の訴えかけにアンテナを張っている議員かどうかということが、最初の反応でわかるわけですよね。実際には「いや、うちはそういうことはやっていないから」という議員もいらっしゃるので、そういう場合は「この人は自分たちの力になってくれないんだな」という判断を次の投票行動で示せばいい。
実際には、地元議員に連絡をしている有権者ってほとんどいないんですよ。選挙で投票先を決める場合でも、「本人を見てから投票していますか?」と聞くと、見てから投票したという人は2割もいないくらい、圧倒的に本人を見ていないんです。だから僕は、政治家に話しかけるハードルを下げたいと思っていろんな人に話しかけているんですけれども、塩対応のところもあれば、あたたかい対応をしてくれるところもある。
本当に面白いですよ。選挙に当選するまで「あなたの話を聞きます」と言っていた人が、当選した途端に「いや、うちはそういう取材対応とかやってないから」と断る人もいる。もうあからさまに人間の素が出るんですよ。声をかけて門前払いをくらったときには、「この人は有権者と話す気がないから、次は絶対投票しないぞ」と確信を持つ判断材料にもなるので、気軽に声をかけて、その反応を自分の投票行動に生かしてほしいですね。
西村 そういったいろんなことが『選挙漫遊記』には詰まっていますよね。そういう活動は、自分が当事者として投票する選挙でもしているんですか?

畠山 しました。僕は東京8区ですが、先日の衆議院選挙では立候補全員に会って話を聞いています。3年前の杉並区議会議員選挙では、定数49に69人が立候補したんですが、そのときも全員会いました。
西村 69人に。
畠山 会いました。地方議会選挙だと政党って本当に関係ないな、ということがわかってすごく面白かったですね。自民党から候補者がたくさん立候補していたんですが、本当に幅広くて、中には社民党の政策と言ってもわからないんじゃないか、という人もいる。じつに幅広い人たちが立候補していて、声をかけてみるとすごく熱心に話を聞こうとしてくれる人もいれば、「いや、取材は受けないから」と言って逃げる人もいる。
西村 有権者に対して? 選挙期間中に?
畠山 だから「この候補者には絶対に入れないぞ」と思う人にも出会えるんですよ。
西村 それはつまり、自分は絶対に当選する自信があるからこんな有権者は相手にしない、ということ?
畠山 そうです。応援してくれる人数があらかじめわかっていて当選する絶対的な自信があるから、知らない有権者は相手にしない。公職に就こうとしている者としてその姿勢はどうなのか、とものすごく感じるんですが、そういう人は実際にいます。でも、それを許しているのは有権者なので、応援している人に対しても厳しく、「お前は公の立場に立つんだから、いろんな人の話を聞かなきゃダメだよ」と支援者が候補者を叱咤激励して、どこに出しても恥ずかしくない候補者に育てなきゃダメですよ、ということをもっと伝えていかなければいけないなと思っています。
西村 畠山さんがいつも言っている「がんばろう有権者」というフレーズには、そういう意味もあるんですよね。
畠山 そうです。有権者が怠けているから、定数削減されてもしようがないと思われてしまう。日本は有権者に対する議員の数はむしろかなり少ないし、どこに出しても恥ずかしくない人を有権者が政治家にしていたら、定数削減に賛成する有権者はそんなにいないと思うんですよ。でも、現状でそうなっていないのは、やはり有権者がもうちょっと頑張らないといけない、ということですね。
西村 立候補者と選挙事務所の話で思い出したんですが、2月の衆議院選挙の時に、うちの選挙区は自民党の候補が当選しました。今回で2期目の若手議員で、その人は高額療養費の超党派議連にも参加しているんですね。なぜそれを知っているのかというと、たまたま議連の取材で参議院議員会館の会議室にいて後ろの記者席から見ていたときに、その人が手を挙げて「地元の有権者の方々から、保険者が変わると多数回該当がリセットされる問題に早く対応してほしいという声をいただいていますので、議連としても対応をお願いします」と発言していたからなんですよ。
うちの地元選出の自民党議員が野党議員の多い超党派議連に参加して有権者の声を届けている、ということが印象に残っていました。その人が当選したので、この人は今国会で自民党の予算案に賛成する1票になるのだろうと思ったけれども、しようがないと諦めるのも癪だから、その議員のメールアドレス宛に、高額療養費制度〈見直し〉案に対する自分の意見を何度か書いて送ったんですよ。書きながら「どうせ読まれねえだろうな」と思っていたんだけど。すると、衆議院で高額療養費の議論が始まったときに、その議員から電話がかかってきました。「党の立場はこうで自分はこう考えていて、A議員やB議員とこんなふうに話をしている」等々、こちらから送ったメールに対する意見に対して一所懸命説明してくれるので、こちらも電話をくださったことにお礼を言ったうえで「でもやはり、自分は政府案に承服できないし、引き上げ幅も充分な検討が行われたと思いません」ということを15~20分くらい電話で話しました。地元の有権者の声にちゃんと反応して連絡をくれる国会議員もいるんだな、というのは新鮮な驚きでした。
畠山 そうですよ。打てば響くんですよ、わりと。そういうところが、当選する人の強さでもあるんでしょうね。
西村 支持者からの応援ではないのに、考えが違う有権者からの「自分は賛成できない」という意見に対してもちゃんと向き合おうとする姿勢は誠実だなと思いました。
畠山 しかもその議員は西村さんの前にも地元有権者の意見をちゃんと吸いあげて、議連で要望を伝えているわけだから、やはり声を届ける意味はあるんですよ。
西村 その議員には、この本を編集部から議員会館の事務所宛に送ってもらいました。自民党では他に、高市首相と上野厚労相、石破前首相と福岡前厚労相宛にも編集部から送ってもらっています。はたして本人たちが読んでいるかどうかわからないけれども、事務所には届いていると思います。
畠山 持っていったらどうですか、自分で。あるいは、「お読みいただけましたか」と手紙を書くとか(笑)。

高市首相の当事者性
西村 高市首相についてよく言われることですが、自民党総裁選では自己負担上限額の引き上げは反対だと言っていたのに、首相になると簡単に掌を返すというか、平気で立ち位置を変えるものだ、とある意味で感心しました。高額療養費問題によらず、なにごとに対しても言えることかもしれませんが。
畠山 いや、びっくりしますよね。あんなに見栄を切っていたことをこんなに簡単に翻意してしまうのか、と。例えば靖国参拝のことだってそうですよね。ずっと高市さんを応援してきた人たちは、春の例大祭参拝を見送ったことに対して「話が違うじゃないですか」「高市さん、それはさすがにないでしょ」と指摘してあげなきゃいけないのに、ツッコミが足りないと僕は思いますね。
だって、たとえば売り場で商品に「靖国に参拝します」と書いてある商品を手に取って開けてみたら中身がなかった、みたいな話じゃないですか。靖国に参拝しないことにしたのなら、なぜ違う行動になったのかという説明は最低限するべきですよ。納得してもらえないにしても、政治家として言ったことの責任は取るべきだし、それを取らないまま次に、また別のことと進んでいくのを支援者はもちろん、支援していない人も許しちゃいけない。靖国参拝や高額療養費の問題に限らず、高市さんは全てにおいて説明することを避けている、とすごく思います。
西村 なし崩しにしてうやむやにして、次の問題次の問題、と進んでいく。
畠山 ほんとに週替わり日替わりでどんどん問題が出てくる首相で、問題発言がどんどん積み重なってスルーされて、また新しい問題が出て……ということが続いて半年経ってここまで来ちゃった恐ろしさを感じますね。
なんとなく「もう終わったことだ」「まだ言うのか」と言われるので、しつこく言い続けなければいけないと思います。
西村 今回のテーマは高額療養費だから、そこに引きつけて言うと、総裁選では高額療養費の引き上げに反対と言っていたのが、組閣後の11月臨時国会ではすごく曖昧なもの言いになっていました。でも、その曖昧なもの言いの一方で、「自分も難病当事者なので、辛さや苦しみはよくわかっているつもりです」とも言っていたのですが、そのわかっている気持ちはいったいどうなったんだ、ということがまったくわからないんですよね。
畠山 当事者だとおっしゃっているのにどうしてわかってくれないんだろう、というか、そもそも総裁選の時に反対だと言っていたじゃないか、それがそんな簡単に吹き飛んでしまうのか、ということがすごく不思議ですよね。
西村 高市首相は関節リウマチで人工関節に置換していることも公表していますが、議員活動の中で人工関節の手術をするのは大変なことだったと思うんですよ。だから、ものすごい努力家であることは間違いない。ならば、比喩ではなく疾患当事者が感じている文字どおりの痛みを理解できるはずなのに、なぜか理解しようとしていないんですよね。
その話で思い出したんですが、安倍晋三さんも自己免疫疾患の潰瘍性大腸炎に罹患していました。安倍さんの政治的信条などは自分と相容れないところが多々あったんですが、政権二期目におそらく生物学的製剤を投与しながら総理の職を続けていることには非常に敬意を持って僕は見ていたんです。生物学的製剤を投与しながら仕事をする大変さは、身をもって理解できますから。
高市さんも病気を公表していらっしゃるけれども、そうすることで結果的に、高市さんが望むと望まざるとにかかわらず、同じような病気を抱える人々のロールモデル的役割を背負っているんです。この病気でこんなに大変なのに、責任が重い激務の仕事をできるんだ、という事実は、同じ疾患を持つ人にとって大きな希望になるわけですから。自分がロールモデルであることを意識しろとまでは言いませんが、せめて自分の病気にはもう少し真剣に向き合ってほしいと思うんですよ。というのも、彼女は喫煙者だと言われているじゃないですか。この病気にとって、喫煙は最大のリスク要因のひとつです。一般論として言えば、人には誰しも愚行権があるけれども、一国の首相である以上、自己免疫疾患当事者の喫煙は愚行権の範囲を超えた無責任な行為だと思います。だからそういう話を聞くと、同じ疾患を持つ身として非常に釈然としないんですよね。
畠山 具体的な疾患名を出してしまったがゆえに、その疾患を持っている人々の代表みたいに世の中に見られることへの想像力が足りなかったんじゃないか。高市さんが選挙期間中にNHKの『日曜討論』を欠席する理由として関節リウマチを出したことに僕はちょっと違和感を覚えました。病名を出せば誰もツッコミを入れられないだろうと考えて番組に出ない言い訳に使ったとすれば、それは良くないことだし、当事者である他のリウマチ患者の方々にとっても良くないことだろうと感じました。
西村 でも一般論として言うと、本当に変な時に変な具合になるんですよ。外から見ても痛みはわからないので理解されにくいし、それがこの病気のしんどいところでもあるんですけれども。だから、彼女が『日曜討論』をドタキャンしたことを詐病だとか仮病だと言う声があったけれども、そこまで言うのは酷かなと思います。
ただ、番組に出なかった理由はともかくとして、その後に岐阜へ応援演説に行っているわけですよね。その時間的な整合性が釈然としないということは、確かに思わないでもない。また、選挙期間中だし与党の党首として責任が重いこともわかるけれども、午前中は休養したのであれば、むしろその日は終日静養していて精密検査もするべきだったのではないかとも思いました。結局、この一件に関する明解な説明はなく、他の様々な事柄と同様になし崩しになったままですよね。
で、それはそれとして、この病気の理解があまりないことも、この騒動のときにはちょっと感じたんですよ。これは特に批判する意図で言うわけではないんですが、あの時、やはた愛さんと畠山さんが握手をしてコミカルに顔をしかめた写真がSNS上で拡散されたじゃないですか。それを見た時に、「この病気のことはなかなか理解されないのだな」ということは正直ちょっと思いました。
畠山 僕の行動に対する批判は真っ当だと思います。たしかに私には圧倒的に想像力や配慮が足りなかった。そこは大いに反省しています。僕はあの写真を自分では撮っていないけれど、撮った後、誤解を生じさせるだろうとも思ったので、自分から発信することはしませんでした。病気を揶揄する意図もまったくありませんでした。候補者が握手をして手を痛めることは高市さん以外にも過去にあって、たとえば田中真紀子さんが包帯で手をぐるぐる巻きにしたという出来事もありました。僕自身も手がパンパンに腫れている候補者と握手した経験もあります。そういう意味で「強く握ってはいけない」という写真ではあったんです。
ただ、あの写真が出た時に一切言い訳をしなかったのは、揶揄していると解釈される可能性があって、自分の意図とは違うけれどもそういう風に見られてしまうとしたら、それは自分の発信ではないけれども受け入れなければいけないと思いました。厳しいお叱りの言葉もすべて読ませていただきました。
西村 あれは為政者を皮肉る行為で、病気であること自体をからかったり揶揄したりするつもりではなかったことは、自分としては理解しているつもりなんですよ。それは僕が畠山さんを昔から知っているからかもしれないけど。
畠山 でも、いろんな方から指摘を受けて、自分は病気に対する理解がまったくなかったことは痛感しました。医療関係者の方からも直接連絡をもらって、お叱りも受けました。自分の意図とは違った形で流通した写真とはいえ、あのような形で撮ったのは良くなかったと、本当に心から思います。
西村 病気をからかうつもりではなかったことはわかるんですよ。ただ、病気に対する理解を求めるのは、誰を責めるということではなく、なかなか難しいものだなと改めてつくづく思った、という話です。
会場からの質問
――立候補者に話しかけることは、畠山さんの映画(『No 選挙, No Life』)を見て自分でもやっていて、真剣に演説を聞いていると向こうから話しかけてくれることも経験しました。質問ですけれども、『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』の本を書くときに、最初の打ち合わせや最初の取材など、最初のステップはどういうところからスタートしたのかを教えてください。

西村 前書きでも書いたように、まず自分自身の危機感が非常に強かったんですよね。2024年12月段階での新聞やテレビの報道は、あたかも引き上げが決定したかのような内容で、このまま進むとたいへんなことになると思ったのと、もうひとつはこのときのメディアの報道は、当事者の声の反映ではなかったわけです。だから当事者の視点で世の中に伝えることが必要だと思って知り合いの編集者に話をして連載がスタートした、という経緯です。
まずは自分が事情を知りたい、というところから始まったんですが、研究者や政治家や法律家の方々に話を聞いて書籍にまとめた後も連載は今もずっと続いていて、最近だとマライ・メントラインさんにインタビューをしています。
マライさんは日本とドイツ両方の医療保険制度を経験しているので、話を聞いてみると非常に興味深いことがたくさん浮き彫りになりました。
日本の医療保険制度は、病院に行けばすぐに診てもらえるし、健康寿命や平均寿命の高さも世界でトップ水準ですが、その反面、医療費の自己負担はけっして他国よりも優れているわけではない。自民党や厚労省の関係者は「世界に冠たる国民皆保険」「高額療養費制度のような優れた制度は諸外国にはない」と自画自賛するんですが、医療費の自己負担が本当に優れているのなら、高額療養費制度なんてそもそも必要ないんですよ。
――高額療養費の自己負担上限額引き上げという問題を、まったく知らない人に説明する時に何をまず伝えればいいのか疑問に思っています。自分ではこういうところが問題だとわかっていても、関心がない人に伝える時にはまず何を言えばいいのか、もしいいお考えがあれば教えていただきたいです。
西村 いろんな論点があると思うんですけれども、 ひとつ根本的なことを言えば「現役世代の社会保険料負担はもう限界だ」と多くの人が感じているわけですよね。だから社会保険料を下げます、と、政治家や政党が言うわけですよね。その一方で、高額療養費の1ヶ月あたり上限額を引き上げます、とも政府は言っているわけです。ということは、「現役世代の社会保険料負担は限界なのに、病人がもっと負担するのは大丈夫なんですか?」という大きな矛盾があるわけです。少し専門的な用語になりますが、これは健康な人から病人への最悪のコストシフティングです。それがなぜ正当化されるのか、ということが僕はまったく理解できません。
政府は「今回の〈見直し〉で年間上限の新設や多数回該当の据置きで負担が軽くなる人もいます」と強調するんですが、1ヶ月あたりの自己負担上限額を引き上げることでむしろ負担が重くなる人たちのほうが多くなることは医療経済学者の推計でも出ているのに、政府の人たちはそこに触れようとしない。「多少負担が増えても払えるでしょ」と思っているのかもしれないけれども、現実には病気や怪我をすると仕事を休むことになって収入が減るので、支払いは非常に厳しくなります。
制度に関心がない人に伝えることは難しい問題だと思いますが、誰だっていつ病気になったり怪我をするかわからない。その時に助かる制度のハードルが高くなって入口の間口も狭くされたら、自分はその中に入れなくなってしまうかもしれない。キャッチーに説明するのはなかなか難しいんですが、わかりやすい大きなポイントはそんなところかなと思います。
――私は1年半前に心臓の冠動脈が狭くなってステントを入れる手術をしたのですが、70万円近くかかった費用が5万円程度で済みました。私の場合は1回ステントを入れただけなのですが、継続的に治療をしている人の負担が上がるとなると本当に大変だろうし、自分の命がお金のために選別されるんじゃないか、とも感じました。高市さんが「引き上げることが患者側の意に沿っている」と国会で言ったという、あの発言の意味がわからなかったんですが、そこを教えてもらえればと思います。
西村 参議院予算委員会での発言だったと思うんですが、あの背景には、今は高額な自己負担に苦しんでいる制度利用者が多いので、患者団体が年間上限額の導入を要望していて、それが今回の〈見直し〉案で8月の制度変更から導入されることになった、という事情があります。とはいっても実際には見切り発車で、年間上限を超えた額を自己申告して払い戻される方式なので、患者は当面の間、相変わらず高い治療費を支払い続ける必要があるわけです。というふうに、制度として完全に整備されたわけではないのですが、たとえ見切り発車でも年間上限のシステムを稼働させることが皆さんの意向に合っていることです、というのが高市首相の主張だったわけです。
ただ、その時の答弁は、〈見直し〉案の問題を様々に追及した野党議員の質問に正面から答えず、先ほど言った錦の御旗じゃないけれども、年間上限の新設や多数回該当の据え置きだけを前面に押し出した回答だったんですよ。だから彼女は答えてないことが非常にたくさんあるわけです。その時の答弁はそれが本来の問題なんですが、SNS上では「月額上限額の引き上げが患者の意向に沿っている、とは一体どういうことだ!!」という炎上をしましたよね。あれは、とにかく政府の悪口を言いたい左派系デマゴーグのポストが広く拡散されて、それを見た多くの人の正義感が短絡的に燃えてしまったのだと思います。「自己負担の引き上げが患者の意向に沿っている」と首相が言ったのだと思えば、そりゃあ誰だってけしからんと感じますよね。でも、事実はそういう経緯です。
首相の発言は批判されてしかるべきなんですが、的を射た指摘じゃないと批判としての力を持ちません。右派系も左派系も空中戦でデマが飛び交いがちだから、批判する際には感情に突き動かされるのではなくて、冷静に対象を見た方がいいですよね。
畠山 これは選挙についても思うことなんですが、自分の知っている人が関係するものだと、周りの人は興味を持つんですよね。だから、「選挙に関心を持ってもらうにはどうしたらいいですか」と聞かれたときには、「あなたが立候補すれば一番周りの人に効きますよ」と話すんです。僕自身も高額療養費制度の問題を知ったのは、西村さんが連載を始めたことがきっかけで、「治療を諦めることは緩やかな自死の選択だ」という一文を読んで、そんなことを当事者に思わせるような制度改革は本当に国がやるべきことなのか、とすごく考えさせられました。
だから先ほどの質問にあった「関心がない人にどうやって興味を持ってもらうか」ということについて言えば、自分の身近にこのことで苦しんでいる人がいて、たとえば百数十円で治療を継続できるのなら、それくらいのお金は払いますよ、と僕ならば考えます。そういうふうに、自分にとって遠いものだと思わないような説明の仕方だと関心を持ちやすいんじゃないか、と先ほどの質問を聞いていて思いました。
僕も西村さんがこの連載を始めなければ高額療養費の問題に興味を持たなかったかもしれないし、何らかの形で情報として知ったとしても血が通わない知識で終わっていた可能性もあります。この問題はこれで終わったわけではなくて、今これから制度をどうするのかという課題がすごくたくさん残っていることも、この本の中に書かれているので、多くの方に読んでいただきたいと思います。
西村 予算案が通ったので政府の〈見直し〉案が8月から始動します、ということではなく、それを少しでも抑制的なものにするために自分たちには何ができるのか、ということをこれからも考えてゆきたいと思います。この本の第4章に登場する東京大学大学院の五十嵐中特任准教授が言っていた「現状維持のままじゃあ、めでたしめでたし、じゃねえぞ。むしろ全然めでたくねえんだからな」という、その言葉に尽きると思うんですよ。
畠山 そのためにも、まずはどういうことだったのか、どういうことなのか、を多くの人に知ってもらいたいと思います。
西村 いままさに現在進行形の話ですからね。今日は長時間お付き合いくださり、ありがとうございました。
畠山 ありがとうございました。
プロフィール

(はたけやま みちよし)
1973年、愛知県生まれ。早稲田大学第一文学部在学中の1993年より雑誌を中心に取材・執筆活動を開始。関心テーマは政治家と選挙。日本のみならず、アメリカ、ロシア、台湾など世界中の選挙の現場を25年以上取材している。著書に『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』『選挙漫遊記』(集英社)、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社)などがある。

(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞・第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)、『MotoGP 最速ライダーの肖像』、『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』(集英社新書)など。自己免疫疾患の治療で2009年から高額療養費制度を継続利用中。
畠山理仁×西村章






樋口恭介×中路隼輔



樋口恭介×雨宮純
小森真樹