過疎地の再生を掲げた事業と、障害のある人たちを支える福祉。目的も現場も異なるはずの二つの分野で、いま税金を食いものにした“金儲け”が行われている。『過疎ビジネス』(集英社親書)の著者・横山勲氏と、『障害者福祉ビジネス 食いものにされる税金と利用者』(同)の著者・市川亨氏は、それぞれの取材を通じて、自治体の人手不足や制度の複雑さにつけ込み、利益を得るコンサルや福祉関係企業の姿をまざまざと見てきた。そこで浮かび上がるのは、一部の悪質な事業者の問題にとどまらない、より根深い構造だ。
地域の住民や障害のある人たち、現場で働く人々がしわ寄せを引き受ける一方、制度を巧みに利用する者が利益を得る。なぜ、こうした不条理が起きるのか。調査報道の舞台裏や記者自身の葛藤も交えた対談から、過疎と福祉に共通する日本社会の歪みが見えてくる。
構成/浮島さとし 撮影/五十嵐和博
調査報道は「答え」の見えないところから始まる
横山 市川さんが書かれた『障害者福祉ビジネス 食いものにされる税金と利用者』を読ませていただいたのですが、まず圧倒されたのはその取材期間の長さと、積み上げられた物量の厚みでした。ちょっと他の人間には真似できない仕事だなと。
市川 いやいや、とんでもない。普通に自分の仕事をしてきただけですよ(笑)。
横山 地道な取材が積み重なって、ひとつの大きな全体像を描き出しています。ただ、そうした調査報道は大事だと言われる中で、私自身どこかずっと違和感を覚えてきたところがあるんです。「調査報道をやろう」と意気込むあまり、調査報道そのものが目的化してしまっている人たちが結構いるのではないかと。最初から肩肘を張って取材に入っても、現場ではあまり良い結果につながらないと思うんです。
市川 ええ、おっしゃっていることはよく分かります。
横山 何が言いたいかというと、市川さんのお仕事はその対極にあるということです。目の前の現場に愚直に向き合った結果として調査報道になり、その延長上で福祉ビジネスの全体像を炙り出していく。37歳の私としては、大先輩のお仕事に深く敬服しました。本のあとがきで「若い頃のような野心はもうない」と読んだときも胸を打たれました。ギラギラした野心を超えたところで、なお第一線で踏ん張る先輩の背中を見せてもらい、とても勇気づけられました。

検証・大川小事故」は2018年度新聞協会賞受賞。自ら中心となって取材執筆した「『企業版ふるさと納税』の寄付金還流疑惑に関する一連の報道」は第29回新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞し、その書籍化『過疎ビジネス』はベストセラーに。
市川 ありがとうございます。53歳になり、子育てもひと段落して身軽になった面はありますが、この2〜3年は休みの日も自宅で仕事に追われ、まさに仕事とプライベートの境目がない超長時間労働でした。今の時代、決して褒められた働き方ではないのかもしれませんが(笑)。
横山さんの『過疎ビジネス』を拝読した際も、深く共感する場面ばかりでした。おっしゃる通り、調査報道は重要ですが、とにかく手間もかかるし、「最後まで取材して本当にものになるのか」はやってみなければ分からないというリスクを常に孕んでいます。
横山 そこなんですよね。掘り下げてみなければ形になるか分からない。
市川 ええ。最初から「こう取材していけば、こういう結論になるよね」と、あらかじめ見えているような調査報道は、記事としてはきれいに仕上がりやすいですし、組織内でも通しやすい。手間を惜しまず、リスクを取って不透明な取材に飛び込むという姿勢は、メディア業界全体で人手不足が深刻化している今、難しくなってきているのが偽らざる現状だと思います。
横山 おっしゃる通りです。どこに着地するか、そもそも記事になるかどうかのあてもないまま、現場へ足を運んで実際に見る。そうした地道なプロセスを抜きにしては、構造の奥に潜む事実にはたどり着けません。『過疎ビジネス』も、確たる出口が見えない手探りの状態から始まって、最初の報道を経て書籍化に至るまで足かけ2年半かかりました。
市川 私は社会保障の分野を20年取材してきました。今回の悪質な福祉ビジネスに焦点を当てて集中取材したのは3〜4年ですが、それ以前の蓄積があったから切り込めた面はあると思います。
横山 『過疎ビジネス』と『障害者福祉ビジネス』の両方に通底しているのは、地方行政──つまり自治体が、専門知識の不足や人員不足によって手を出せない領域に、民間企業が極めて巧妙に入り込み、監視の目がまったく利かない状況を作り出しているという構図です。自治体の担当者は2〜3年で別の部署へ異動してしまいますが、相手となる企業側はずっとその業界に居座り、制度の抜け穴まで知り尽くしているプロです。この圧倒的な知識と経験の非対称性がある以上、自治体の担当者よりも事業者側のほうが制度に詳しくなるのは当然です。
ただ、私は思うのですが、2〜3年で異動してしまうという話は、実は私たち新聞記者も同じなんですよね。我々も数年単位で担当や勤務地が変わりますから。
市川 実際、そうなんですよね。一般の人にはわかりにくいかもしれませんけど。
横山 私は特定分野の専門記者ではなく、たとえば半導体を集中的に取材していた時期もあります。だから、「ゼネラリストだから細かいことは分からない」「3年で変わるから追いつけない」は、厳しい言い方かもしれませんが、言い訳にすぎないと思うんですね。行政は何のためにあるのかという根本さえ握っていれば、私は向き合えるはずだと考えています。結局は、自分の仕事にどう向き合うかという普遍的な職業倫理の問題になるわけですが。
市川 横山さんのおっしゃる通りなんですが、同時に私が強く感じるのは、地方自治体の「組織としての体力」そのものが、ここ数十年で著しく落ちてしまっているという現実です。私は90年代から記者をやっていますが、当時は「改革派知事」が各地で登場し、マニフェストや事業評価などを掲げる自治体が台頭して、地方公務員という職業にある種の活気がありました。しかしその後、2000年代に入って小泉構造改革が進む中で、全国の自治体に定員削減計画の策定を義務づけたことで、公務員の数が削られていったんですよね。
そして、これはメディアの責任も大きいのですが、「そもそも公務員は仕事をしていない税金泥棒」「だから削減は当然だ」といった過度な報道が横行しました。
しかし、日本の公務員数というのは、先進国の中でも人口比で見て極めて少ない水準なんですね。そこへ急激な削減をかけた結果、現場では人手が足りず、採用を絞ったことで次世代の育成も滞るようになった。その一方で、高齢化や制度の複雑化によって業務量だけは増え続け、現場が疲弊しきってしまった。そういった現実は、私は無視できないと思っています。
横山 たしかにそうした現実はありますね。数だけを減らせば、現場は非正規職員への依存を深め、ノウハウが蓄積されずに組織としての継承性も断ち切られてしまう。
市川 そうなんです。その結果、コンサルなどに業務を外出しするようになってきています。外に出さなければ回らないし、丸投げした方が短期的には楽だからです。それと、これは財政上のテクニカルな話なんですが、外注すると予算上の区分が「人件費」から「委託費」へと変わります。つまり「人件費をこれだけ削減できた」と数字上の改革アピールができるわけです。直接雇うより外注した方が「行革の成果」に見せやすいという本末転倒な理屈ですよ。そうして外に出すほど役所にノウハウが残らず、ますます事業者に依存する悪循環に陥っているわけです。
横山 都市部ではそうした「数字上の行革」として外注が進む面もあるのでしょうが、過疎地の場合はもっと切迫していて、そもそも「担い手は誰がやるんだ問題」に根本から突き当たってしまうんです。
役所の中もそうだし、地域を見渡してもとにかく人材がいない。その人材はどこへ行ったのかといえば、全部東京のような大都市に吸い取られてしまっているわけです。東北の過疎地にいると、「人を増やせと言ったって、そもそも人がいないんだ」という堂々巡りになってしまう。外注に頼らざるを得ない行政の不作為を責めようにも、同情せざるを得ない切実な現実があることも確かです。
プロフィール

市川亨(いちかわ とおる)
1972年山梨県生まれ。共同通信記者。慶応義塾大学文学部卒業後、1996年共同通信社入社。地方支局を経て、厚生労働省キャップ、ロンドン特派員、生活報道部編集委員などを務める。社会保障分野に関する取材を約20年間続け、ホスピス型住宅と訪問看護の不正に関する調査報道で2025年度日本医学ジャーナリスト協会優秀賞。
横山勲(よこやま つとむ)
1988年、青森県出身。河北新報編集部記者。執筆に加わった連載「止まった刻
検証・大川小事故」は2018年度新聞協会賞受賞。自ら中心となって取材執筆した「『企業版ふるさと納税』の寄付金還流疑惑に関する一連の報道」は第29回新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞し、その書籍化『過疎ビジネス』はベストセラーに。
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