宇都宮直子 スケートを語る 第11回

思うこと、いくつか

宇都宮直子
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 私は「誰か」と話している。

 誰かは一人ではない。男性であり、女性でもある。年上であり、年下でもある。選手であり、指導者であり、保護者であり、連盟関係者である。外国人でもある。

 彼らは、取材を通して出会ってきた人たちだ。20年以上前からだから、大勢いる。そういう人たちの話を、いつかしたいと思っていた。

 わくわくする話、胸を打つ話、提案や課題もある。これから連載の中で、追々綴っていきたい。

「誰か」の話には、音源が残っている。聞いた時期はばらばらだが、「たしか」な話だ。

 

 新型コロナウイルスはフィギュアスケートにも大きな影響を与えた。試合は変則的に開催されるが流動的だ。

 グランプリシリーズの欠場を決めた選手もいる。王者、羽生結弦がそうだ。演技を見られないのは残念だが、冷静な判断だったと考える。

 羽生の人気はゆるぎない。

 チケットは、争奪戦になる。なかなか手に入らない。無観客試合にでもしない限り、「密」は避けられなかっただろう。

 また、彼には喘息の持病がある。当然、自愛に努めなければならない(努めてほしいと強く願う)。欠場は不可避であった。

 羽生は、スケーターとしてあらゆる勝利を手にしている。はじめてオリンピックチャンピオンになったのは、2014年ロシア、ソチオリンピックだった。

 国際スケート連盟ジャッジ、吉岡伸彦氏はこう話している。

「あのときは、男子の方が金メダルの可能性があると思っていました。

 女子はロシア勢が強かった。おかしな表現かも知れませんが、ロシアは本気でした。金メダルを獲りに来ていた。

 だから、女子に比べれば、男子のチャンスが大きかった。勝てるとすれば、羽生だとも思っていました」

 その後、2018年韓国、平昌でも勝ち、羽生はオリンピック二連覇を達成した。2022年中国北京オリンピックには、三連覇がかかっている。

 北京で、彼が見られるのかはまだわからない。ただ、道が続いている以上、今、優先すべきは「体調を維持する」だと思う。ほかには、ない。

 四回転半アクセルの成功は、その延長線上にある。羽生結弦の夢を叶えるのは、健やかな身体だ。

 

 ところで、ロシアはずっと本気のままである。

 とくに女子がすごい。金メダルはもちろん、北京オリンピックの表彰台を独占しそうな勢いだ。

「誰か」が批判的に言っていた「あのちびの女の子たち」は、すらりとした美少女に育っている。

 アレクサンドラ・トルソワ、アリョーナ・コストルナヤ、アンナ・シェルバコワは、主要な大会で勝利を収める。

 3人は、ずっと国営スポーツ教育センター「サンボ70」で競い合ってきた(トルソワとコストルナヤは、今シーズンから拠点を移し、エフゲニー・プルシェンコ氏に師事)。

 サンボ70の総務担当副部長、エドゥアルド・アクショーノフ氏は、こう話した。エテリ・トゥトベリーゼコーチの指導にまつわる話の中で、である。

「エテリ組の中には、いつもリーダーがいます。『こういうふうになりたい』と目指す対象、後続を引き上げる選手がです。

 たとえば、メドベージェワがいて、そのあとにザギトワがいて、ザギトワの後にはトルソワやコストルナヤ、シェルバコワがいる。

『大きな成果を上げている目指すべき対象』が、いつもそばにいるわけです。子どもたちは、リーダーと同じようになりたくて頑張るのです。

 新しい世代も、すでに出てきていますよ。ワリエワとかカニシェワとかがそうです」

 結論から言う。彼は正しかった。

 2020年9月、私は、カミラ・ワリエワのニュースをいくつか見る。

 曰く、「シニア強化選手を集めたテスト大会で、14歳のワリエワ(ジュニア選手、特別参加)が四回転からの連続ジャンプを決め、高い表現力で観衆を魅了した」。「トルソワやシェルバコワらのいる中でも光っていた」。

 ワリエワは、北京オリンピック代表候補である。

 おそらく、本人は、金メダルを獲るつもりでいるのではないか。「リーダーと同じようになりたくて」、彼女は頑張ってきたのだ。

 エテリ組の厳しさは、半端ない。「誰か」が、「とんでもないレベルのようですね」と言っていた。

 そこでは、才能だけでは生き残れない。徹底した努力が求められる。懸命さが「足りない」と判断されれば、除名が待っている。

 実際、平昌の金メダリスト、ザギトワも一度除名になっている。つまり、一切容赦がないのだ。

 その結果、次から次に、若き天才が現れるのである。

 

 私は、女子選手の低年齢化を問題だと考えている。看過できない事実の存在も承知している。悲劇は繰り返してはならない。絶対に、だ。

 ただ、血の滲むような練習を重ねてきた少女たちに罪はない。若さをとがめてはならないと思う。

 ワリエワだって、そうだ。

 彼女は、エテリ組で勝ち抜いた。「努力と懸命」は、疑いようがない。台頭は称えられるべきだ。

 選手の低年齢化については、別の機会に紙幅を取りたい。だいぶ、長くなる。「大人の思惑」について綴ることになるだろう。

 ロシアに限らず、どの国も勝ちたいのだ。金メダルが好きなのだ。オリンピックのメダルが欲しいのだ。

 故に、少女たちの才能は求められている。

 

 

 

 

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宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

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プロフィール

宇都宮直子

ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また4月には『三國連太郎、彷徨う魂へ』が刊行されている。

 

 
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