遺魂伝 第1回 石坂浩二

政治家も俳優も、みんな突き詰めれば「ただの人」なんですよ。

佐々木徹

僕も浅丘ルリ子さんもただの人。顔をすげ替えても生活は変わりません

石坂さんも、ただの人。

「そうですよ、ただの人です。ただの人だから、そこらへんで遊んでいる子供たちとも常に対等なんです」

なるほど、なるほど、理解できました。それでえっと、んと、話は変わるのですが。

「ええ」

せっかくですから、超個人的な話をしてもよろしいですか。

「いいですよ」

私ですね、2年前に2度目の離婚を経験しまして、いやもう、己の人生において2度も離婚するとは、我ながらビックリポンなのですけども。

「長い人生ですから、3回目もありますよ、きっと(笑)」

いえ、懲り懲り……じゃなかった、もう十分でございます、2回も結婚と離婚を経験すれば。いや、問題はそういうことではなく。えっと、石坂さんに怒られちゃう質問になってしまうとは思うんですが。

「私は怒りませんよ、何を聞かれても(笑)」

あのですね、浅丘ルリ子さんと共演されましたよね(2017年に放送されたテレビ朝日系ドラマ『やすらぎの郷』)。離婚した奥さんと仕事場が一緒になるというのは、どんなご気分、お気持ちなのでありますか。

「どうもこうもないですよ、普通です」

そんなことはないでしょ。私なんか元妻と街角でバッタリ出くわしたら、気まずさで卒倒しちゃいます。それはまあ、大袈裟にしても、静かにその場を立ち去るというか、出くわした事実から目を背けますね。すべてをなかったことにしちゃいます。

「簡単に言えば、他の人よりかはコミュニケーションが取りやすいです。私が考えていること、思っていること、やろうとしていることを省略できる。わざわざ言葉にして伝えなくても、わかってくれていますから。しゃべらなくても、それなりに意思疎通が成立するぶん、ラクといえばラクですよね。そういう意味では、別に気まずさみたいなものはないかな。逆に、一緒に演技を作り上げていく上でラクです。向こうも、そう思っているでしょう。それぐらいですかね」

動揺はない?

「ありません、しません」

例えば、ドラマの撮影の休憩時間にふたりでしゃべっている最中、ふと昔の思い出が頭をよぎるようなことは……。

「ないです。そんな昔の思い出なんて、ほとんど忘れてしまっていますから」

そんなもんですか。

「そんなもんです。いいですか、誰かと生活するということは結局のところ、顔をすげ替えれば同じなんですよね」

うわッ。

「みんな同じ、違わないんです。あの人と生活をしたからといって、地球がひっくり返るような出来事が起きるわけじゃない。朝が来て昼が来て夜が来る。その時の流れの中で、特別なことは何もない。人の営みがそこにあるだけ。それがAさんからBさんに替わっても、営みが劇的に変わるものではありません」

浅丘さんと生活を共にしたら、いろいろ変わると思うんだけどなあ。

「変わりません」

だって、あのリリーさんですよ。

「リリーといったって、それは役名じゃないですか(映画『男はつらいよ』参照)。関係ないですよ(笑)」

うわッ。

「リリーとか、浅丘ルリ子という役名や芸名を取ったら、彼女もただの人なんです。それを忘れてはいけません。さきほども言いましたように、私もただの人。昔、夫婦だったからとか、そんなのは意味を成さない。お互い、ただの人同士なのだし、繰り返しになりますが、だからこそ、いつでも対等でいられるんですよ。これは社会にも言えることでしてね、営みにおける人間関係において肩書は必要ないですし、気負いや見栄や、つまらないプライドも必要ない。お互いに、ただの人だと認識していければ、今よりも随分と心をラクにしながら、生活を積み重ねることができると思うんです。それに、互いがただの人だと思えるようになれば、それこそお互いのピンも見えやすくなります。見えるから、そこに刺さっているよって指摘できるし、場合によっては協力して抜き取る作業に取り組めるかも知れませんよね」

(了)

撮影/五十嵐和博

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プロフィール

佐々木徹

佐々木徹(ささき・とおる)

ライター。週刊誌等でプロレス、音楽の記事を主に執筆。特撮ヒーローもの、格闘技などに詳しい。著書に『週刊プレイボーイのプロレス』(辰巳出版)、『完全解説 ウルトラマン不滅の10大決戦』(古谷敏・やくみつる両氏との共著、集英社新書)などがある。

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