遺魂伝 第1回 石坂浩二

政治家も俳優も、みんな突き詰めれば「ただの人」なんですよ。

佐々木徹

日本人はピンを取り除くのが下手な民族なんじゃないですか?

で、今回はそこからもう一歩、話を前進させたいと願っているのですが。

「はい、何でしょう」

〝乳母車とピン〟の話から、ひとつ大きな疑問が湧き出てきて。

「ええ」

振り返るに、日本人ってそもそもピンを取り除くのが苦手な民族ではないですかね。問題が発生すると、決まって原因は後回しにされてしまうし、誰も積極的にピンを取り除こうとしない。その結果、問題や事件はいつもうやむやのままに終結し、時期を置いて、再び同じようなトラブルが発生してしまう。その繰り返しばっかですもん。

「日本人がピンを取り除くのが苦手な民族だからではなく、時代の移り変わりとともに、そのピンが見えづらくなったせいでしょう。逆に、日本人は見つけやすい民族だったんじゃないですか」

もともと日本人は、ピンを取り除くことを苦にしていなかった、と。それは意表を突かれた答えです。

「江戸時代までの日本はピンが見つけやすい土壌があったと思います。それが明治になり、いわゆる産業革命的なことが日本や日本の家庭に次から次に押し寄せた頃から、少しずつ変わってきて」

経済の発展とともに。

「ということですね。江戸時代までの社会は想像するに、小さなグループの寄せ集めだったわけですよ」

藩があり、その中に村があり、集落があって、それぞれの家がある。

「ええ。そういう小さな集まりの中では、意外と飛び出てくるピンは発見しやすかっただろうし、家族ひとりひとりもまた、無意識のうちに取り除くことが簡単にできていた。今ではもうアナログの極みとされかねませんが、いわゆる家長制度ね。厳格な父親や、それこそ生活の知恵を携えたおじいちゃん、おばあちゃんが家庭の中にいたからこそ、ピンを見つけやすかったと思うんですね」

ああ、石坂さんが言わんとしていることがわかってきました。そうか、ピンって他人からの指摘や助言を得て、初めて見えてくる場合もあるということですか。

「ええ。誤解を招くかも知れませんが、昔の人もなんとなく漠然とした不安みたいなものを抱えていたはず。そんな時、子供たちはまず、父親の言動なり行動を見ていたんです。父親の後ろ姿で自分の内に生えてきたピンの存在を確認し、父親の叱咤などで自然と内なるピンをそれぞれが抜いていた。おじいちゃん、おばあちゃんの場合は、長年の経験則から、最近のお前はこうだから気をつけなさいと的確にピンの所在を明らかにしてくれた。子供たちも素直に言葉に耳を傾け、日常生活の中で取り除く努力をしていたんですよね。これまでにもさんざん核家族化の弊害については問題視されてきましたけど、このピンが見えづらい問題も間違いなく、そのうちのひとつでしょう。だから、日本人は苦手じゃないんです、ピンの発見も取り除く作業も。経済発展による核家族化が見えづらくしているだけ」

なるほど。

「今ではもう、ピンが見えづらくなったとか、そういうレベルの話ではなくなっているような気がします。私はたまに、ファミリーレストランに出向くんですが」

石坂さんも、ファミレスを利用することがあるんですか。

「ありますよ、そりゃ(笑)。ビールを飲みに。そんな時、やっぱり思うんですね。せっかく家族で食事に来ているのに、どうして子供たちはピコピコと携帯ゲームをやっていたり、スマホばかり弄っているんだろう、と。残念なのは、その状況を父親が怒れないし、叱る言葉を持っていないこと。上の世代と断絶しちゃっているから、結局は叱る言葉の練習ができていないんでしょうね。もしかしたら、子供の心のどこかにピンが刺さっているせいで、その子はゲームやスマホに逃げているかもしれないのに。例えば、引きこもりで不登校の子供たちがいますよね。彼らはピンを探せないせいで、日々悩みを深くし、なかなか前向きに生きられないのでしょう。だからといって、そのピンを親が責任持って抜けとは言いません。不登校の子供が自分と必死に向き合い、頑張って抜き取り、学校に行きなさいとも言いません。そんな綺麗事は言いませんが、本人も親も周囲の人たちもピンの在り処ぐらいは一緒に探してほしいなと思いますね。ピンを抜き取ることは難しくても、在り処を発見できるだけでも随分と心の持ちようが違いますから」

ピンの在り処から逃げるで、それこそピンときたのですが、スマホの存在などが昔よりも見えづらくしている要因かも。

「ネットの情報量はとんでもないでしょ。昔は自分から求めなければ、手に入りづらかった情報が、今は情報のほうからダイレクトに飛んできますものね。しかも、余計なことに受け取る側が喜びそうなフェイクな情報までも入ってくる。そうなると、どうしても捻じ曲げられた情報に流されやすいですし、ピンの抜き取り方を探している人が間違った情報を受け入れ、本当は抜けていないのに、取り除けたと勘違いしてしまうこともあると思います。さらにいえば、誤った情報を手に入れ、自分の中の不安、ピンなんてものは最初からなかったんだと思い込まされてしまうケースだってあるかもしれませんよね。そうした場合、最初に言ったように、たいした問題ではなくても、ピンなんかないんだと思い込んでいるうちに、どんどん問題が大きくなり、結果的には行き詰まり、にっちもさっちもいかなくなる。それは不幸なことですよ」

次ページ 親も子供に気張りすぎるから、無理や歪みを生じてしまう
1 2 3 4 5
 第0回
第2回 角川春樹  

関連書籍

完全解説 ウルトラマン不滅の10大決戦

プロフィール

佐々木徹

佐々木徹(ささき・とおる)

ライター。週刊誌等でプロレス、音楽の記事を主に執筆。特撮ヒーローもの、格闘技などに詳しい。著書に『週刊プレイボーイのプロレス』(辰巳出版)、『完全解説 ウルトラマン不滅の10大決戦』(古谷敏・やくみつる両氏との共著、集英社新書)などがある。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

政治家も俳優も、みんな突き詰めれば「ただの人」なんですよ。