ガザの声を聴け! 第32回

メンタルヘルス

清田明宏
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あるクリニックで助産師さんから、このような話を聞いた。妊婦健診に来る女性が重度の貧血で、助産師さんが様々な食事・生活の改善を指導したそうだ。しかし、女性の家庭は非常に貧しく、職を持っている人もおらず、食料はUNRWA「ウンルワ」の食料援助だけが頼りであることがわかったそうだ。助産師さんは、それを聞いた時、涙が止まらなかったそうだ。「患者さんの置かれている環境を考えると、悲しくて。自分が行った食事改善の指導が全く無意味であった気がして、強い無力感に苛まれた」と言っていた。その日はずっと泣きながら家に帰ったそうだ。

メンタルヘルスケアでは、それを提供する医療従事者のケアも大事だ。特にガザのように、問題の根源が医療とは関係ない、社会全体の問題に深く起因していることが多い場所では、先の例のように、患者さんへのメンタルヘルスケアや知識の指導だけではどうしようもできない問題が横たわる。医療従事者も患者さんの苦悩を自分の苦悩と感じ、その重さに自らが苦しむこともある。だから、医療従事者がきちんとケアを続けられるようなサポートも大事だ。

以前ガザに来た時、たまたま地域の婦人会の会合に出たことがある。その日の会合のテーマは性差別であった。ガザは封建的な社会で、性差別がある状況だ。特に数値的な報告はないが、家庭内暴力の事例は少なくない。

そこで聞いてみた。

「みなさんの家庭やその周りで家庭内暴力の事例はありますか?」と。すると、皆「ある」と言う。身体的・肉体的なものもあれば、言葉による暴力も。

「私は医療サービスの責任者なのですが、私にできることは何かありますか?」と聞いてみた。雰囲気を和ますために、「なんならお宅に行って代わりにご主人を殴ってあげましょうか」と冗談も言った。

その会合にはご婦人が20人ぐらいいたのだが、全員が全く同じ答えをしたのだ。

「うちの旦那に職をくれ」

ある婦人が言った。

「うちの旦那は、本当はとても良い人だ。ただ、職がなく、毎日家にいてやることがないからストレスが溜まる。そのため私や子どもに当たる。職さえあれば、旦那はそんなことはしない」

皆が頷いている。私はあまりの衝撃で言葉が出なかった。

今回始めたメンタルヘルスケアでは、UNRWA「ウンルワ」の関係部署と連係して、家庭内暴力のケアも項目に入れている。医療的なケアは勿論、上記の例のように、問題の根源は社会・経済状況にあることが多々ある中で、その対応もできるだけ行う必要があるからだ。私は、そこにいる難民の方の頼りになる、家族の方の支えになる家庭医制度を作っていきたい。病は気から、という言葉もあるが、現実社会では、病は色々なことが原因で起きる。ガザのように社会全体が健康とは言えない場所では、社会問題によって健康が侵される。それに対応するにはメンタルヘルスケアは必要不可欠だ。

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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