ガザの声を聴け! 第24回

奇跡の来日

清田明宏
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 複雑なのは移動行程だけではない。すべてのパレスチナ人はガザを出るときにはイスラエル側から許可が必要なのだが、それがとても複雑だ。

 まず、許可そのものが出にくい。ガザ・パレスチナとイスラエルとの複雑な政治状況が関連しているのは明らかで、様々な理由をつけて、申請が受理されないことがしばしばある。

 今回もガザを出る許可が出るかどうか、まったく不明だった。飛行機の予約、日本のビザ等、すべての準備ができても、ガザを出る許可がなかなか出なかった。出発前日になっても許可は出ず、私は朝からずっと関係各所に電話をかけ続けていた。その度に「まだ許可は出ていない」という返事しかない。そして、ようやく夜の10時過ぎになってガザからの許可が出た。

 こうして、ようやく子ども達は来日できたのだ。

 なぜ長旅になったのか、くどくど説明してしまったのだが、彼らが日本に来るということ、ガザを出るということがいかに大変かをおわかり頂ければと思う。

 子ども達と引率の先生が無事、到着。羽田の空港ロビーに現れ、その後、タクシーで宿泊先の都心のホテルへと向かった。

 子ども達3人と先生、我々付き添いが2台のタクシーに乗った。私はモハメドくんとラウィア先生と一緒に同乗した。すでに夜の1時過ぎ。渋滞はなく、首都高速を軽快に進んで行く。モハメドくんとラウィア先生はもちろん初めての来日だったし、モハメドくんはガザを出たこと自体が初めてだった。

 モハメドくんは、ずっと外を眺めていた。首都高速の灯り、街灯が移ろう。モハメドくんが「電気がついている……」と呟いた。私は思わずラウィア先生と顔を見合わせた。

 ガザでは1日に電気が来るのは2~3時間だけで、夜になると街や通りが真っ暗になる。夜でも街灯が点いているのは日本人には当たり前だが、ガザでは当たり前ではないのだ。その現実を思い出せられた。

 

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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