ガザの声を聴け! 第36回

ガザ、崩壊寸前

清田明宏
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その日は一日中ハンユニス・クリニックにいた。処置室、理学療法室を回り、いろいろな職員と話をし、そしてデモの関係で負傷した患者の話も聞いた。その間中、ずっと気づいていたことがある。

 

負傷した患者の顔がとても暗いのだ。個人の差はあるが、皆おしなべて暗い顔をしている。ずっと涙を流している若い男性の患者もいた。デモに参加して、撃たれ負傷した患者だ。我々が話しかけても返事をしない。

 

暗いのは、当たり前だ。デモに参加し、撃たれ、負傷した。皆若く、男性が多い。将来一家の中心となる人たちだ。しかし、傷が治るかどうかも不明だし、障害が残るかもしれない。そうでなくても長いリハビリが必要かもしれない。その間働けない。もともと職がない状態が多く、家計は大変だ。その上での負傷、将来の障害の危険性、医療費が必要になるかもしれない。絶望感に襲われるだろう。

 

メンタルヘルスのサポートが大事だと実感した。それもかなり長期間にわたるものだ。障害直後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)のサポートも大事だが、心理的ケアも含め、鬱や他の状態のサポートも大事だ。とても長い取り組みになる。

 

幸い、UNRWA「ウンルワ」のクリニックではメンタルヘルスのサービスが始まっている。世界保健機関と共同で、彼らが進めるメンタルヘルスギャップ、という世界戦略を昨年から1年かけて導入した。今までの家庭医制度を土台に、メンタルヘルスのサービスも取り入れる、というものだ。

 

患者・職員の評判は良い。患者の肉体的疾患のケアをするだけでなく、その疾患に由来する、あるいはその元となる心理的要因のケアをするのだ。特定の患者たちを対象にした集団療法(グループセラピー)も始めている。糖尿病の管理が難しい患者、妊娠の合併症(ハイリスク妊娠の一つ)の女性等だ。

 

今後は、その中にデモに参加して負傷した患者を含めようと、皆で話した。具体的に何ができるかはわからない。ただ、やらないといけない。彼らの絶望感をなんとか少しでも取り除かなければない。

 

ガザ全体の医療サービスを崩壊から防ぐためには多くのサポートが必要だ。保健省、UNRWA「ウンルワ」、私立病院、NGO等が別々に活動していてはダメだ。全ての医療機関が共同で取り組まなければ、救える命が救えなくなる。

 

なぜこのように大量の、しかも重傷の負傷者が発生したか。それをきちんと分析することも大事だ。政治的に非常に敏感な問題だが、その分析をしなければ、将来、このような大惨事が再び起こるかもしれない。ガザの医療サービスはすでに崩壊の危機にある。これ以上の負傷者に対応できる余力は現在全くない。これ以上、命が失われないようにしなければならない。

 

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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