ガザの声を聴け! 第37回

なぜフェンスを目指すのか

清田明宏
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ガザへの訪問中、時間を見つけてはデモに参加した方の話を聞いた。デモの参加者の多くは20代の若い男性だ。女性もいたが、少数だ。なぜ参加したのか、そして、なぜイスラエルとの国境のフェンスを目指したのか、知りたかった。

 

今回のデモ、一般的に言われている背景は以下の通りだ。ガザの経済・社会状況は劣悪だ。若者の失業率は6割になる。大学を出ても職はない。封鎖のためガザの外にも出られない。イスラエル側やエジプト側の国境を出る許可は非常に出にくい。電気・水道等のインフラも悪い。

そして、根本的な問題である政治状況は全く悪い。米国が大使館をエルサレムに移転したことで、2国間和平交渉は終わったと感じるパレスチナ人は多い。2016年に始まった、パレスチナ自治政府の中心組織であるファタハとガザの中心組織であるハマスとの和解交渉は全く進んでおらず、失敗に終わったと感じている人も多い。

 

これまで八方塞がりであったガザが、十六方塞がりになり、絶望以外何もない、それなら死ぬ前に、我々の故郷であるパレスチナの地に戻りたい。その過程で死んだとしても、すでに絶望の底にあるのだから、大きな違いはない。このように感じた若者が多く国境のデモに参加した、というものだ。その際、ガザを実効支配するハマス政権が若い人を扇動して参加させ、イスラエルとの国境に向かって進めさせた、との見方も強い。

 

前述したが、イスラエルの国境警備の姿勢は明確だ。国境を脅かす危機には発砲を含む強い態度で臨む。それが正しいかどうかは意見は分かれるが、ともかく、国境を目指せば撃たれる可能性がある事は、皆承知している。それなのに彼らがなぜフェンスを目指したのか、その理由を知ることで、今のガザの若者の思いを、声をもっと理解できるのでは、と思った。

 

以前にも紹介したガザのビジネスコンテストで準優勝したアマルさんに再度会い、話を聞いた。

 

彼女はデモは最初の日に見に行っただけで、参加はしていないそうだ。「死にたくないのが一番の理由だ」と彼女は言った。でも知り合いで参加した友人・知人は多いという。

 

アマルさんはこう言った。

 

「5月14日に多くの人が亡くなり、負傷した。本当に意味のない死であった(“They died for nothing.”)」

 

そして、こう続けた。

 

「もし人間の死に、精神的な死と肉体的な死、その2つがあるとすれば、ガザの若者の多くはすでに精神的に死んでいる。将来が見えず、それを変えられる方策もない。その意味ではフェンスを目指して撃たれて死ぬことは、大きな問題ではない。精神的な死の後で、肉体的な死が持つ重要性は少ない」

 

26歳の彼女がそういうことを言うこと自体、とても衝撃だったが、ガザの状況が伝わる言葉だった。

 

「死ぬことや撃たれることは怖くない? フェンスに向かえば撃たれる可能性が高いのに」

と私は聞いてみた。

 

「もちろん、それはわかっている。でも、私たちはずっと難民であり、難民キャンプで生まれ育った。人間としての尊厳がほしい。人間として世界中から認識してほしい。そのためには、我々の故郷であるパレスチナの地に戻って、人間として認識され尊厳のある生活を取り戻したい」

 

アマルさんはそう答えた。

 

少し意地悪だが、続いて聞いてみた。

 

「難民といってもあなたはガザで生まれ育ち、ずっとガザにいる。知り合いは全てガザの人で、ガザ以外の土地は知らない。1948年の第一次中東戦争で、アマルさんの祖父一族が当時のパレスチナの地の南部、ベルシェバからガザに避難して以来、ずっとガザだ。あなたの故郷であるベルシェバには、あなたは行ったことがないでしょう?」と。

 

アマルさんは、私のこの意地悪な質問にもきちんと答えてくれた。

 

「私はガザの難民キャンプで生まれ育った。ヌセイラットという難民キャンプだ。そこでUNRWA『ウンルワ』の学校に行き、大学にも行き、今もキャンプの中の家にいる。でもここを故郷と思ったことはない」

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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