ガザの声を聴け! 第37回

なぜフェンスを目指すのか

清田明宏
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ドーアさんやアラさんの政治的背景は分からない。今回のデモにどのように関わっているのかも私には確認しようがない。ただ、ガザの現状を変えたい、自分の生活を変えたい、そして難民であろうとなかろうと、普通の人間であることを認識してもらい、尊厳のある生活がほしい、という願いは本当だ。二人の真摯な気持ちとまなざしはとても強い。

 

日本の人に何か伝えたいことはと聞くと、ドーアさんは以下のように話してくれた。

 

「我々(パレスチナ人・パレスチナ難民)は平和を愛する民族です。それを知って下さい。我々は尊厳のある暮らしをしたいのです。殺戮はいらない。そして子供たちが安定した社会で安定した生活ができるように、と思っています」

 

ガザの若い人と話をすると、必ず、尊厳(dignity)と言う言葉が出る。今何が一番ほしいか、と聞くと、必ず「尊厳がほしい」と言う。男女問わず、職種問わず、そして学歴問わず、皆、そう言うのだ。

 

その言葉にいつも胸が打たれる。そしてそれを言わせる状況に心が張り裂ける。

 

私には娘がひとりいる。今年21歳。大学3年生だ。大学に行くまでずっと家で一緒に暮らしていた。その彼女が「尊厳」と言った記憶がない。「尊厳がほしい」と言われたことは今まで一度もない。

 

日本の若い方にとっては、おそらく、尊厳という言葉は最も縁遠い言葉のひとつではないだろうか。日常会話で使うことも無く、学校の人権の授業で使うぐらいかもしれない。何がほしいか、と問われて「尊厳がほしい」と真っ先に答えることはまずないのではないか。

 

そう考えると、ガザの若者が置かれている状況がいかに異常か、過酷かがわかる。若い人は普通、夢の塊だ。その夢を食っている。私も若いときには夢があった。なぜ夢があるのか、その根拠は全くないが、ただ夢はあった。そしてその夢を食って育った。ガザの若者にはそれがない。

 

若い人が「尊厳がほしい」と言う社会は絶対におかしい。確実に間違っている。そのような社会を我々は作り出してはいけない。人間の尊厳は誰もが当たり前に享受できるものであるはずだ。我々の社会はそのためにあるはずだ。我々が子孫の残せる最大の財産のはずだ。ガザの若者にはそれがない。

 

あるデモの参加者が、国境沿いのデモに行ったとき、ガザにもこんなに広大で、遠くまで見渡せる場所があるんだと初めて感じたと、話してくれた。確かに国境沿いは建物も無く、遠くまで見通せる。私はデモに参加することが正しいとは言い切れない。危険な国境沿いのフェンスに向かうことは間違っているとも思う。命を落とす可能性があまりに高いからだ。

 

しかし、彼らはその国境の向こうに「尊厳」を見たのかもしれない。生まれてからずっと無い「尊厳」を、地平線のずっと先に見たのかもしれない。それは単なる幻想、蜃気楼かもしれないが……。

 

それが彼らの声、ガザの声かも知れない。その声を聴いてほしいと、彼らが思っているのかも知れない。ガザを出るときに見た抜けるように青い空を見ながらそう感じた。

 

 

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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