ガザの声を聴け! 第38回

日本の“冬の時代”

清田明宏
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私は仕事柄中東での生活が長い。初めての海外赴任はイエメンだった。それは、1990年から2年半にわたる、日本の国際協力機構(当時は国際協力事業団)の結核プロジェクトの仕事だった。その後一時日本に帰り、1994年過ぎにエジプトにある世界保健機関・東地中海地域事務局に赴任。それ以降20年以上ずっと中東生活が続く。エジプトでの生活が長く、娘もそこで生まれた。今暮らしているヨルダンでの暮らしも7年を超える。

 

この間、中東の状況はどんどん悪くなっている。政治状況が非常に不安定で、昔は平和だったシリア、イエメン等が内戦になった。長期安定(独裁)政権であったエジプト、チュニジア等も何回か政権交代するも、依然国内は不安定なままだ。唯一発展していた湾岸諸国も、カタールとの軋轢が生じている。そしてパレスチナ和平は全く進んでいない。いや、むしろ後退した。中東諸国、そしてそこに住む人々にとって非常に厳しい、“冬の時代”だ。

 

パレスチナ難民をめぐる状況も非常に厳しい“冬の時代”だ。70歳以上のパレスチナ難民は、生まれてからずっと難民だ。今50歳以下でヨルダン川西岸にいるパレスチナ難民は生まれてからずっと占領下で暮らしている。今12歳以下でガザにいる子供は、生まれてからずっとガザを出たことがなく、大きな戦争を3回は経験している。彼らが持つ八方塞がりの閉塞感は非常に強い。トランプ政権がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、2018年5月14日に米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転した。和平交渉はもう終わりだ、と思った難民は多い。

 

その閉塞感は若い人に強い。ガザの女性の閉塞感も強い。もちろん、今まで紹介したマジドさんやアマルさんの様に逆境に負けず、起業をし、頑張る女性もガザにいる。私の職場であるUNRWA「ウンルワ」にも素晴らしい女性の職員がいる。しかし、それが全体像ではないのだ。ガザは基本的に封建的な社会で、社会の中心、家庭の長は男性だ。女性は成人すれば家庭に入り子供を産み育てる、という社会的な規範意識は非常に強い。

 

ガザの2014年の戦争中・戦争後に会った子供たちの事を書いた私の本『ガザ――戦争しか知らないこどもたち』(ポプラ社)の表紙と冒頭にイマンさん、という当時15歳の女の子がでている。爆撃で崩壊寸前の家に家族7人と住む彼女と偶然会ったのが、この本ができるきっかけであった。彼女とはその後もガザ訪問時によく会い、話を聞いた。「医者になりたい」という希望を持ち勉強を続けていたが、家庭の事情で結局大学にはいけず、18歳になった今年(2018年)の春に結婚する、と前回の訪問時に聞いた。

 

崩壊した家からの引っ越し、その後、家の再建等、環境の変化もあり、成績が下がっているということを以前聞いた。大学の授業料が高く、家計を圧迫する、ということもあるようだ。イマンさんは結婚しても勉強を続けて、「今度は看護師になりたい」と話していた。「そうなればいいね」と言って、お互い笑って写真をとった。

 

ただ、イマンさんの家に一緒に行ってくれた友人(パレスチナ人)によると、イマンさんが居る地域はガザの中でも封建的な地域で、女性が大学に行くということはなかなか難しく、女性はやはり成人すると家庭に入るのが一般的だそうだ。あの崩壊した家で頑張っていたイマンさんが大学に行って医師になれば、と私も夢見ていたが、厳しい現実を見せられた気がした。

 

パレスチナ全体で、労働・経済参加(労働力人口比率。生産年齢人口に対する労働力人口の比率)は約4割だが、女性の場合はそれは2割に下がる。女性の社会進出、経済参加は依然限られている。パレスチナの“冬の時代”は続いている。

 

では、日本はどうであろうか? 今回は、中東の、そしてパレスチナの“冬の時代”だけではなく、海外生活がとても長い私が最近特に思う、日本の“冬の時代”について書こうと思う。私はもちろん、今の日本をあまり知らない。住んでいないからだ。一時帰国しても住む家はない。実家かホテル暮らしだ。私の考えは大きく間違っている可能性がある。それは十分わかっている。

 

私は仕事柄、中東で活躍する国連職員との交流がある。私が住むヨルダン、業務先のパレスチナ、レバノン、シリアで活躍をされている日本人の国連職員も多くいる。皆さん若くて、精力的だ。

 

はっきり言ってしまうと、国連は日本でいう官庁(お役所)のようなものなので、霞が関のように、機関ごとに仕事の分担が決まっている。我々UNRWA「ウンルワ」はパレスチナ難民の保護救済にあたる。国連難民高等弁務官事務所「UNHCR」はパレスチナ難民以外の全ての難民・国内避難民等のケアを行う。他にも母子の教育・健康を含め多面的に支援するユニセフ「UNICEF」、世界の人々の健康を支える世界保健機関「WHO」等、本当に様々だ。

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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