現代魔女 第10回

魔女狩りと植民地主義、資本主義の誕生

円香

魔女狩りと資本主義の誕生

マルクス主義フェミニストの歴史家シルヴィア・フェデリーチは、著書『キャリバンと魔女』(2004年)において、魔女狩りを資本主義の誕生期における「女性に対する戦争」として位置づけた。彼女の研究は、「魔女狩り」を資本主義の誕生に不可欠な暴力として理解するものである。

フェデリーチが注目したのは、資本主義が成立する過程で起きた大規模な社会変動だ。15世紀から17世紀のヨーロッパでは、農民たちが「土地の囲い込み」によって共有地から追い出され、賃金労働者へと変えられていった。マルクスはこれを「本源的蓄積」と呼んだ——つまり、資本主義というシステムが動き出すための最初の富と労働力の確保である。フェデリーチはこの変動期が魔女狩りが最も激しかった時期と重なっているのは偶然ではなく、従来見過ごされてきた側面があると主張する。それが、国家による生殖の管理と、女性が持っていた知識の剥奪である。

『キャリバンと魔女』は『魔女産婆看護婦』に大きな影響を受けている。フェデリーチは、魔女狩りを通じて、女性の身体が「労働力の再生産機械」へと暴力的に変えられたと論じる。避妊や非生殖的な性行為は悪魔的なものとして断罪され、女性は自らの意志に反して子供を産むことを強制された。彼女の分析では、母性は、かつて女性が持っていた自律的な力の領域から、国家によって管理される「強制労働」へと貶められたというのである。

さらにフェデリーチは、この過程を植民地主義と接続する。近世の魔女狩りは、ヨーロッパにおける農民の土地からの追放と並行して、新大陸における先住民の虐殺と奴隷制の確立と同時代に起こったことも指摘する。資本主義は、その誕生の瞬間から、女性の身体の統制、労働者階級の規律化、そして植民地支配という三つの暴力を必要とした——これがフェデリーチの主張である。

フェデリーチの議論は、かつて流布された「魔女=産婆説」とは異なる視点を提示していることに注目したい。従来の「魔女・産婆・看護婦」説は、魔女狩りを「男性医療者による女性医療者の排除」という職業的競争の文脈で説明しがちだった。しかしこれまでも述べてきたように、最近の歴史研究により、実際に魔女として告発された女性の多くは産婆ではなく、むしろ貧困層の高齢女性であったことが明らかになっている。

フェデリーチはこうした歴史的事実を認めつつも、より重要なのは「生殖に対する女性のコントロールを弱めること」だったと論じている。彼女にとって重要なのは、産婆が「商売敵」として狙われたかどうかではなく、女性が自分の身体と生殖をコントロールする知識——避妊や中絶、薬草の知識など——を握っていたという事実である。資本主義が労働力を確保するためには、女性の生殖機能を国家管理下に置く必要があった。そのために、女性が持っていたそうした知識を奪い、産婆という存在を弾圧・再編する必要があったのだ、とフェデリーチは論じている。
資本主義の誕生と魔女狩り、植民地主義を結びつけて論じるフェデリーチの視点は、経済システムの変容が女性の身体と労働にいかなる暴力をもたらすかを考える上で、示唆に富むものである。

さらに、ロンダ・シービンガーが『植物と帝国―抹殺された中絶薬とジェンダー』の中で明らかにしたように、植民地において奴隷化されたアフリカ系女性たちが持っていた植物由来の避妊・中絶知識も脅威と見なされ帝国によって抑圧された。奴隷化されたアフリカ系女性たちが、植物由来の避妊・中絶知識を用いて出産を拒否することで、奴隷制経済に抵抗していたからだ。ヨーロッパの魔女狩りにおいても、中絶薬の知識を持つ産婆は特に警戒され、医療ミスが起これば魔女として告発される対象となった。出産の現場で今よりも死が身近だった時代において、産婆たちは生命の誕生と死の狭間で運命を左右する存在として、常に疑いの眼差しにさらされていたことは想像に難くない。

医療の専門化と植民地の奴隷たちに対して行われた避妊・中絶知識の抹殺は、異なる文脈にありながらも共通の構造を持っている。それは、女性の身体に関する知識と自律性が、近代的な権力構造の形成において周縁化され、時には暴力的に否定されていったという歴史である。女性の経験知が制度的医学から排除されたことの帰結は、今日においても医療現場に影を落としている。これらは決して過去の問題ではない。女性の妊娠・出産・避妊・中絶に関する選択が管理されてきたのは、身体が個人のものではなく、社会的・経済的資源として扱われてきたからである。医療の専門化や植民地支配は、この管理を「科学」や「秩序」の名のもとに正当化し、女性の身体に対する自己決定権を構造的に制限してきた。その影響は現在もなお続いている。
この「生殖の国家管理」という現象は、遠い過去の出来事ではない。

アメリカ連邦最高裁判所は2022年6月24日、1973年の「ロー対ウェード判決」および1992年の「プランド・ペアレントフッド対ケイシー判決」を覆す判断を下した。この判決により、合衆国憲法修正第14条に基づく「プライバシー権」の解釈を通じて中絶を憲法上の権利として保障してきた約49年間にわたる判例法理が否定され、人工妊娠中絶の規制・容認をめぐる判断権限は連邦レベルから各州へと差し戻されることとなった。

日本の例を見てみよう。板垣春男の『出産』によれば、1950年には自宅出産は95%を占めていたが、1960年には50パーセントへと減少し、さらに1975年には98.8%が病院出産へと変化した。同じ時期、死に場所もまた劇的に変化している。1947年には在宅死が90.8%だったのが、1977年には病院死が50%に、1995年には病院死が79.1%にまで上昇した。生と死という人生の最も根源的な場面が、わずか数十年のうちに、家庭から医療機関へ、女性の手から国家と医療制度の管理下へと移行したのだ。板垣は、明治以降の産婆への取り締まり強化、衛生管理の厳格化が、富国強兵政策の一環であったと指摘している。

魔女産婆説は歴史的事実ではない。しかし、それでもなお『魔女、産婆、看護婦』が提起した問いは重要である。
シルヴィア・フェデリーチは、魔女狩りを、資本主義の台頭と並行して進行した、女性の身体・労働・再生産能力、ならびに産婆術や薬草学といった女性の集合的知識体系に対する、制度的かつ暴力的な破壊と統制の過程として論じた。どのような知識が権力によって正統とされ、どのような知識が周縁へと追いやられたのか。失われ排除された知識とは何だったのか。そこには誰が知識の正しさを決めるのかという、権力の問題が横たわっている。『魔女産婆看護婦』について考え直すことは、失われた女性たちの知識の歴史として、この問題を捉え直す契機を私たちに与えてくれる。

魔女狩りと植民地支配

16世紀のスコットランド王ジェームズ6世は1590年、デンマーク王女との結婚から帰国する途上で遭遇した暴風を「魔女の仕業」と断じ、エディンバラ近郊で大規模な魔女狩りを敢行した。ノース・ベリック魔女裁判として知られるこの事件で、多くの罪なき人々が拷問の末に「自白」を強要され、処刑された。このスコットランドで最も有名な魔女狩りは、ジェームズ6世の統治哲学と密接に結びついていた。1603年にイングランド王も兼ねることでグレートブリテン王国の礎を築いた彼の治世下で推進された宗教的統一と植民地政策は、強大な帝国の構築を目指すものだった。

魔女狩りと植民地主義。両者はともに、支配者が「他者」を創出し、それを支配あるいは排除することで自らの権威を確立しようとする営みである。実際、ヨーロッパの魔女狩りの論理は、植民地における先住民の抑圧を正当化する言説と構造的な類似性を持っている。魔女狩りが起こった時期は、ヨーロッパ列強が新大陸に植民地を拡大し、初期の植民地体制を構築していた時代であった。これは、現代における「魔女」という言葉の再解釈に、重要な示唆を与える。

私にウィッチクラフトの多くを教えてくれたフィオはウィッチクラフトを次のように定義していた。
 

「私の現在のウィッチクラフトの定義は、帝国によって認められていない妖術とスピリットワークであり、それはしばしば 逸脱的である。」

今日、多くの現代魔女が魔術的実践を編むことや魔女を名乗ることは、単なるアイデンティティの主張ではない。それは抑圧の歴史に対する意識的な介入であり、過去の暴力を記憶し、同時にその暴力に抵抗する手段なのである。そして、魔術的抵抗は虐げられた人々のとる最後の手段である。

土地のスピリットと交流するアメリカやオーストラリアの魔女たちは植民地主義の歴史に無関心ではない。彼らは盗まれた土地で儀式を行おうとしていることを自覚し、土地を認識するようにつとめ、先住民が土地を管理してきた歴史を認め、彼らの儀式や魔術は脱植民地化の視点に立って、時には先住民のコミュニティを支持しながら彼らと共に実践が行われている。


 私は歴史的な魔女狩りの研究が、暴力の防止と、より公正な社会の実現に向けた具体的な示唆を与えるものであってほしいと思う。魔女狩りは常に社会の不安と緊張が高まる時期に発生する。しかし、このような「他者」の創出と排除という構図は、魔女狩りに限られた現象ではない。この章で見てきたように、魔女狩りは大抵の場合魔術的実践の有無が問題になるわけではないのだ。

現代社会においても、特定の集団が終末的な陰謀を企てていると考えられたり、「スケープゴート」として標的化し、社会の不安や矛盾の原因として糾弾する事例は後を絶たない。

キリスト教圏以外での魔女狩り

魔女への恐怖と迫害の歴史は、近世ヨーロッパの魔女狩りよりもはるかに古い起源を持っている。歴史家ロナルド・ハットンは肥沃な三日月地帯、パレスチナからペルシャ湾にかけてでは、魔術は非常に恐れられ、犯罪とされ、古代ローマにおいてすでに、魔女は社会の安定を脅かす存在として系統的な迫害の対象となっていたと指摘する。古代の異教のローマ人は魔女を「邪悪な老婆」というステレオタイプで特徴づけ、大規模な魔女狩りを展開したという。

現代魔女の人々の中には西洋の一神教世界の中で、キリスト教やユダヤ教の厳格な教育を受け、違和感を持った結果魔女になるケースが多くある。私もそのような現代魔女を多く見てきた。だから、ペイガンや現代魔女文化は異教の神々を崇拝する一神教に対するオルタナティブな文化だと一般的には考えられているし、それは一神教によって身体的、精神的抑圧を受けてきたと感じる人々にとっては大地や森羅万象に住まう精霊たちと対話し、共に生きる古くて新しい物語なのである。しかし、歴史をさかのぼると魔女狩りはキリスト教社会特有の現象ではない。実際、魔女への恐怖は、古代の地中海世界から北方ゲルマン社会まで、広く共有されていた。例えば古代ゲルマン人の間では、特定の女たちが夜間に徘徊し、赤子を盗み、男性の生命力を魔術的に奪い取って食人を行うという恐ろしい信念が存在していた。中世初期のキリスト教は、これら異なる文化的伝統からいくつかの重要な要素を継承し、後の時代のヨーロッパにおける魔女像、サバトという概念の形成に決定的な影響を与えることとなる。

欧州における魔女狩りの状況が劇的に変化するのは、15世紀末のことである。

悪魔が神の許可の下で人間に魔術の力を与えるという新しい神学的理論の登場により、多くの悪魔学の著書がエリート達によって書かれた。この「サバトへ飛行する魔女像」には第三章で紹介したような教会が異端として退けたかった「幻想」と「迷信」の要素、民俗学的な要素が編みこまれているように見える。現代魔女たちはこの点に民俗学的な強い関心を持っており、魔女と呼ばれた人々とその地域に存在したキリスト教以前の実践の間には何らかの繋がりがあると考えている。女神を崇拝する夜を駆ける女性たちや妖精の世界との接触、それらは確かに一部悪魔崇拝と結び付けられ、サバトとして歪められた結果、後の大規模な魔女狩りの思想的な基盤の一部にはなったのだろう。妖精の幻視については次の章で詳しく扱うことにする。

現代の魔女狩り

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)と国連人権理事会の報告によれば、魔女や魔術の嫌疑に基づく暴力、迫害、殺害は、現代においても世界各地で続いている深刻な人権侵害である。

アフリカの一部地域では、魔術や呪詛に対する社会的恐怖やスケープゴート化が、共同体内部での私刑や集団暴力として現れてきた。国際機関や研究者は、この問題を繰り返し指摘している。特に高齢女性や社会的に脆弱な立場にある人々が標的になりやすいことは、多くの国で共通して報告されている。
一部の国では、現在も魔術や呪術が刑法や宗教法の枠組みで処罰対象とされている。カメルーン、中央アフリカ共和国、コートジボワールなどでは魔術行為自体を犯罪とする法律が存在する一方、ガーナやマラウイでは植民地時代の法律を継承しつつも、魔女告発や迫害を禁止する方向での法改正も進められている。サウジアラビアなど一部のイスラム法圏でも、占いや呪術が違法行為として取り締まられる場合がある。ただし、これらの法的規制は文化的・宗教的背景に基づくものであり、その目的や実態は多様であるため、すべてを一律に『魔女狩り』と同一視することには慎重さが求められる。

なかでも、インドにおける魔女狩りは、現代において最も深刻かつ継続的に記録されている事例の一つである。インド国家犯罪記録局(NCRB)の公式統計によれば、2000年から2016年の間に、魔女狩りを動機とする殺害事件が2,500件以上記録されている。その後も同様の事件は各地で発生し続けており、未報告事例や、事故・家庭内暴力・自殺として処理されるケースが多いことから、実際の被害規模は公式統計を大きく上回ると考えられている。

インドの魔女狩りは、単なる「迷信」や「前近代的信仰」の問題ではない。土地や財産をめぐる争い、未亡人や単身女性からの権利剥奪、家父長制社会におけるジェンダー暴力、教育・医療・公衆衛生へのアクセス不足、病気や死を超自然的原因に帰属させる心理、さらにはカースト制度の下で指定カースト・指定部族に属する女性が構造的に脆弱な立場に置かれていることなど、複合的な社会経済的要因が密接に絡み合っている。

こうした状況を背景に、国連人権理事会は2021年、魔女や魔術の嫌疑に基づく暴力や有害な慣行の終息を求める決議を採択した。この決議は、魔女狩りを過去の迷信的慣行として切り捨てるのではなく、現代社会が直面する構造的な人権侵害として国際社会が対処すべき問題であることを明確に位置づけている。

魔女狩りは、社会変動と伝統的価値観の軋轢、経済的不平等、ジェンダー不均衡が顕在化する場でもある。その根絶には刑事司法だけでなく、教育、福祉、ジェンダー平等、医療アクセスの改善といった包括的な社会的介入が不可欠である。

「魔女狩り」という比喩

1953年、アーサー・ミラーの戯曲『るつぼ』が初演された。17世紀末のセイラム魔女裁判を舞台にしたこの作品は、当時のアメリカを席巻していたマッカーシズムという、まさに目の前で展開される「現代の魔女狩り」を題材にしたものだった。

この『るつぼ』が「魔女狩り」という言葉の新たな用法を確立した。それは近世の魔女の狩りだけではなく、現代社会に反復されうる政治的迫害の構造を理解するための枠組みとなった。ミラーが描いたのは、恐怖と疑念が制度と結びつき、告発が自己防衛として連鎖し、沈黙や無実さえも罪へと転化していく過程である。この寓話は、良くも悪くも「魔女狩り」を権力的スケープゴーティングや道徳的パニックを指す現代的比喩として定着させた。

興味深いことに、『るつぼ』が発表された1950年代は、ウイッカが公に姿を現し始めた時期とも重なる。「魔女狩り」が政治的迫害を批判する言葉として再定義され、他方で実際に「魔女」を自称する人々が現れ始めた——この二つの動きの同時性は興味深い。

20世紀は、形を変えた現代の「魔女狩り」が繰り返された世紀でもあった。ホロコースト、赤狩り、エイズパニック時のゲイへの差別、第二次世界大戦中の日系アメリカ人への強制収容、関東大震災後の在日朝鮮人虐殺。これらはすべて、恐怖が特定の集団への排除と暴力として結晶化した事例である。「魔女狩り」という言葉は、もはや近世のヨーロッパの火刑だけでなく、人間社会に潜む集団的な恐怖と暴力の力学そのものを指すようになったのである。

二度目の大統領就任を果たしたドナルド・トランプは自身が裁判にかけられたり、捜査が入るたびに、「これは魔女狩りだ」と主張した。それに対して、路上に立ったあるプロテスターは「魔女はこれが魔女狩りでないことを知っている」というメッセージボードを掲げ、「魔女狩り」という言葉の乱用に反発した。

近世の魔女狩りの歴史を改めて知ることは、私たちに「魔女」や「魔女狩り」を通して、現代社会を眺める深い洞察力を与えてくれるかもしれない。

迫害の記号として機能した「魔女」という言葉を、解放と反抗の象徴として再解釈する営みは、過去の暴力を記憶し、同時にその暴力に抵抗する手段として捉え直している。彼らは無実の先祖たちの名誉挽回を主張し、多少の解釈の仕方に幅はあれど、魔女として殺された人々は決して邪悪な魔術を行ったわけでも、殺されるべきでもなかったと考えている。

そしてこの再解釈の試みが、過去の歴史を歪めたり、現在進行形の魔女狩りの現実を忘却させるものであってはならないだろう。

現代の魔女たちの魔女狩りへの認識は人によって異なる。すべての現代魔女が私のような視点で魔女狩りを理解しているわけでは決してないと思うが、私はできる限り新しい研究から重要な点をピックアップして紹介したつもりだ。しかし、私も魔女狩りの専門家ではないので至らぬ点があるかと思う。間違いがあれば優しく教えていただきたい。

「スコットランドの魔女たち」キャンペーン

最後にスコットランドの近年の事例を紹介したい。

現在、スコットランドにおいて「魔女」とされた人々への歴史的不正義を正そうとする市民運動が、注目されている。きっかけとなったのは、2020年3月8日の国際女性デーに、スコットランドの弁護士クレア・ミッチェル氏と作家ゾーイ・ベンディトッツィ氏が「スコットランドの魔女たち」というキャンペーン団体を立ち上げたことだ。ミッチェルはキャンペーン設立の動機について、スコットランドが人口当たりの魔女裁判・処刑数において欧州で最も多い規模(約5倍)であったという事実を知り、この暗い歴史に対する社会的認識を広める必要性を強く感じたと述べている。

慰霊碑などが建てられてないスコットランドでは魔女として迫害された人々はウィッチクラフトを行ったのだといまだに信じられているのだという。この様な偏見が今でも残っていることには筆者も驚いた。

「スコットランドの魔女たち」キャンペーンは市民たちが告発された人々のための公式な恩赦を求める運動として、魔女狩りの不当性を訴え、犠牲者の名誉回復と歴史的正義の実現を目指し、オンライン請願署名活動、議会へのロビー活動、メディアを通じた広報活動などを展開した。同団体は請願を通じて、魔女裁判で告発・有罪とされた者への恩赦付与と公式謝罪と記念碑建立を求め、約3,400人の署名を集めた。その結果として、スコットランド政府は2022年3月8日、国際女性デーに、魔女狩りに対する公式な謝罪を発表するに至った。

2022年3月8日の国際女性デーに、当時のニコラ・スタージョン首相がスコットランド議会で歴史的な演説を行い、政府を代表して魔女裁判犠牲者への公式謝罪を表明した。

「魔女として処刑された人々は決して”魔女”などではなく、れっきとした人間だ。しかも犠牲者の圧倒的多数は女性であった。当時、女性は法廷で証言することすら許されず、貧しいとか風変わりだとか弱々しいとか、あるいは単に女性だという理由だけで告発され命を奪われた。それは途方もない規模で行われた不正義であり、その動機には文字通り女性への憎悪が少なからずあった」

スコットランド議会は2023年5月31日、「魔女の釈明、恩赦、補償法案」を全会一致で可決。この法案は、魔女狩りの犠牲者に法的恩赦を与えるものではないが、このスコットランドの取り組みは、歴史的不正義に向き合い、過去の犠牲者の尊厳を回復する社会的な認識を深める実践として、重要な事例であったといえるだろう。

(次回へつづく)

【第9回・第10回 参考文献】
 
黒川正剛「表象としての魔女―図像と生成されるリアリティ」(『思想』2018年第1号)
スターホーク『聖魔女術 スパイラル・ダンス』(鏡リュウジ・北川達夫訳、秋端勉監修、国書刊行会、1994年)
マーガレット・マレー『魔女の神』(西村稔訳、人文書院、1995年)
ドリーン・ヴァリアンテ『魔女の聖典』(秋端勉訳、国書刊行会、1995年)
カルロ・ギンズブルグ『ベナンダンティ 16-17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼』(竹山博英訳、せりか書房、1986年)
カルロ・ギンズブルグ『闇の歴史 サバトの解読』(竹山博英訳、せりか書房、1992年)
キース・トマス『宗教と魔術の衰退』(荒木正純訳、法政大学出版局、1993年)
イングリット・アーレント=シュルテ『魔女にされた女性たち:近世初期ドイツにおける魔女裁判』(野口芳子・小山真理子訳、勁草書房、2003年)
ロンダ・シービンガー『植物と帝国 抹殺された中絶薬とジェンダー』(小川眞里子・弓削尚子訳、工作舎、2007年)
田中雅志『魔女の誕生と衰退 原典資料で読む西洋悪魔学の歴史』(三交社、2008年)
ノーマン・コーン『新版 魔女狩りの社会史』(山本通訳、筑摩書房、2021年)
バーバラ・エーレンライク、ディアドリー・イングリッシュ『魔女・産婆・看護婦 女性医療家の歴史』(長瀬久子訳、法政大学出版局、2015年)
AFP「魔女と呪術の殺人、タンザニアに根深い迷信」(AFPBB News、2015年)


シルヴィア・フェデリーチ『キャリバンと魔女——資本主義に抗する女性の身体』(小田原琳+後藤あゆみ訳、以文社、2017年)
 
共同通信「『魔女狩り』で人権侵害 ガーナ、女性数百人追放か」(共同通信、2025年4月14日)
 
Ronald Hutton. The Triumph of the Moon: A History of Modern Pagan Witchcraft. Oxford University Press, 1999.
Owen Davies. Popular Magic: Cunning-folk in English History. Hambledon and London, 2003.
Ronald Hutton. The Witch: A History of Fear, from Ancient Times to the Present. Yale University Press, 2017.
Éva Pócs. Between the Living and the Dead: A Perspective on Witches and Seers in the Early Modern Age. Central European University Press, 1999.
Philip C. Almond. “You Think This Is a Witch Hunt, Mr President? That’s an Insult to the Women Who Suffered.” The Conversation, January 20, 2020.
United Nations Human Rights Council. “Elimination of Harmful Practices Related to Accusations of Witchcraft and Ritual Attacks: Resolution / Adopted by the Human Rights Council on 12 July 2021.” UN, 2021.
Fio Gede Parma. “What is Traditional and Folkloric Witchcraft, Really?” 2021.
 
India Rakusen. “Witch.” BBC Radio 4, 2023.
 
 
 
Nicola A. Ring, Nessa M. McHugh, Bethany B. Reed, Rachel Davidson-Welch, Leslie S. Dodd. “Healers and Midwives Accused of Witchcraft (1563–1736) – What Secondary Analysis of the Scottish Survey of Witchcraft Can Contribute to the Teaching of Nursing and Midwifery History.” Nurse Education Today, 2024.
Amnesty International. “Branded for life but resilient: women accused of witchcraft in Ghana.” Amnesty International, 2025.
 
 
 

 第9回
現代魔女

フィクションの世界のなかや、古い歴史のなかにしか存在しないと思われている「魔女」。しかしその実践や精神は現代でも継承されており、私たちの生活や社会、世界の見え方を変えうる力を持っている。本連載ではアメリカ西海岸で「現代魔女術(げんだいまじょじゅつ)」を実践しはじめ、現代魔女文化を研究し、魔術の実践や儀式、執筆活動をおこなっている円香氏が、その歴史や文脈を解説する。

プロフィール

円香

まどか 

現代魔女。アーティスト。留学先のLAでスターホークの共同設立したリクレイミングの魔女達に出会い、クラフトを本格的に学びはじめる。現在はモダンウィッチクラフトの歴史や文化を日本に紹介している。未来魔女会議主宰。『文藝』『エトセトラ』『ムー』『Vogue』『WIRED』などに現代魔女に関するインタビューや記事を掲載。2023年から逆卷しとねとキメラ化し、まどかしとね名義でZINE『サイボーグ魔女宣言』を発売。笠間書院にて『Hello Witches! ! ~21世紀の魔女たちと~』を連載中。

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魔女狩りと植民地主義、資本主義の誕生

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