腹から金玉 39歳、目が覚めたらオストメイト ep.05

車窓に映るは見知らぬ景色

2024年5月24日(金)の記録
かわむらまみ

ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。

長かったような短かったような入院生活、おかげさまで、本日無事に退院できました。

18泊19日、がん腫瘍取り・腸縫い・金玉プレゼント込みで、締めて13万飛んで750円。13万円という金額自体はもちろん高いんですけれど、言うて、命の値段にしては安すぎでは? なんだったら、1泊1万円を切っていることを考えると、ホテルの値段と比較しても安い。もはや実質無料じゃんね、お得! ただし、この支払い額は定価どころか3割負担ですらなく、高額療養費制度ならびに限度額適用認定証というお国の制度をフル活用したため、この程度で済んだというからくりなのですが。

検査結果はまだ出ておらず、正式なステージもわからずじまいの退院ですが、とりあえず、今のところは18〜77%程度の確率で5年後も生きている予定です。確率の幅が広すぎて、なんの参考にもならない。会社のほうはなんとかクビを免れ、6月中旬から当面の間はフルリモートかつ6時間の時短勤務となりました。人生において、正社員である状態を今ほどよかったと思ったことはない。あと半月早く倒れていたらと思うとぞっとする。

ただ、当初は退院直後から危うくフル出社になるところだったので、診断書をかざして声高らかに「さすがに無理でーす!」の意を伝えたよね。今の勤め先は決して大きな会社ではなくて、在籍途中に大病で倒れた人はわたしが初めてだったらしい。しかも、わたしなんて入社ホヤホヤの試用期間中の身ですのでね……。そのあたりの事情もあって、今は働き方の落としどころを手探りしている感がある。とか言って「毎日出社するのが嫌でがんになった人」と思われていたらどうしよう。そういうことやりそうだもんな〜、我ながら。

冗談はさておき、今回に限っては本当に自分を褒めたいです。救急車を呼んだのも偉いし、「腸から内容物がお腹に漏れているので、放っておくと死にます」「あと、たぶん、がんです」の衝撃の告知、からの緊急手術を全部一人で耐えたのも偉い、偉すぎる。これが仕事だったら昇給していた。もったいない。

一方で、どうしてだろう、一人でよかったのだという気持ちもどこかにある。もし、誰かが手術に立ち会ってくれる可能性があったとしても、わたしは断っていたのではないだろうか。実際、救急車で運ばれている最中、新幹線の距離に暮らす母との電話で「そっち行こうか?」と心配されたにもかかわらず「痛いけど死ぬやつじゃないから大丈夫〜!」と根拠もなくへらへらしたのは、ほかでもないわたし自身だ。野生の生き物は弱っている姿を誰にも見せたがらないらしいので、わたしは野生なのかもしれない。違うか。パートナーがいたら来てほしいと思っただろうか。いないからわからないけれど。でも、母や誰かがいようがいまいが、手術の結果には影響しないからなぁ。

退院後は、6月中旬から抗がん剤治療が始まるらしい。治療が始まるということは、それまでにはステージも判明しているのだろう。看護師さん曰く、最近の抗がん剤……少なくともわたしに投与される予定の抗がん剤は、脱毛の副作用はほとんどないとのこと。けれど、脱毛以外にもきっと、よくわからない副作用がたくさんあるのだと思う。当たり前ですけれど、めちゃくちゃ嫌です。がんになったのも、人工肛門になったのも、お金が飛ぶのも、痛いのも、いつまで生きられるかわからないのも。「前向きにがんばっててすごいね」なんて多くの方に褒めていただいたなかで恐縮ですが、そんなことは全然なくて、普通にぜーんぶ嫌です。

入院してよかったことなんて、保険適用でビタミン点滴を投与してもらえたことくらいじゃない? ただ、これまでの記録ではあまり触れていなかったけれど、友だちの愛を身に沁みて感じられたのは何にも代え難い経験だったとは思う。

起きたらそこにいる人、わざわざ他県から来てくれた人、家を片付けてくれた人、Nintendo Switchを貸してくれた人、一緒に「あつ森」で遊んでくれた人、毎日連絡をくれた人、逆に落ち着くまで連絡を控えてくれた人。挙げたら本当にキリがないよ。これを愛と呼ばずしてなんと呼ぼう? 愛にもいろんな形や表現があることを知りました。「自分を大事にしてくれる人を大事にしよう」というありふれた言葉の重みがようやくわかった。手術当日こそ一人でしたが、みんなのおかげで「独り」を感じる日はほとんどなかったです。本当にありがとう。こんな長ったらしい自分語りに、ここまで付き合ってくれたあなたも。

とりあえず、今日は我が家で泥のように眠る。さすがに疲れた。今はタクシーで病院から家に向かっているところ。窓の外に目をやると、馴染みのない街並みが広がっている。行きは救急車だったため、わたしはこの半月ちょっと、自分がどんな街にいたのか知らなかったことに気がついた。家が近づくにつれて、だんだんと見覚えのある看板や建物が増えていく。けれど、どうしてだろう、なんだかすべてが初めて目にする景色のように感じられた。

わくわくした。同時にうんざりもした。どこへ行っても、どうなろうとも、わたしはわたしでしかないことに。ふと、退院祝いに、自分に花を買って帰ろうかなと思った。この暑さだと、店先にはもうひまわりが並んでいるかもしれない。

(毎週金曜更新♡次回は11月8日公開)

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写真は、昨年札幌へ遊びに行ったときの1枚。札幌感ゼロですが。なんだかすっごい笑っているので気に入っています。何がそんなに楽しかったんだろう。こんなふうにくだらない何かで笑える時間が、この後の人生においても多いことを願っている。

 ep.04
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腹から金玉 39歳、目が覚めたらオストメイト

ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。

プロフィール

かわむらまみ

ライター

1985年生、都内在住。2024年5月にステージⅢcの大腸がん(S状結腸がん)が判明し、現在は標準治療にて抗がん剤治療中。また、一時的ストーマを有するオストメイトとして生活している。日本酒と寿司とマクドナルドのポテトが好き。早くこのあたりに著書を書き連ねたい。

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