平成消しずみクラブ 第5回

傘がない

大竹まこと

「テレビでは 我が国の将来の問題を」
 四十五年前、井上陽水が発表した歌「傘がない」の一節である。
 歌詞は「誰かが深刻な顔をして しゃべってる」と続く。そして、「だけども 問題は今日の雨 傘がない」「君に逢いに行かなくちゃ」と透明な声で歌う。
 一九七二年の二月には、あさま山荘立てこもり事件があった。その五ヵ月後くらいにこの歌が発表された。
 私は二十三歳であった。
 学生でもない私は、熱病の様な学生運動の終わりを、ただテレビで遠くから見ていた。
 社会の問題にも、そして恋愛にもうまく辻褄が合わせられないでいた私は、この社会には私の様にどっちつかずの人もいるのかと妙な納得をした。
 もちろん、これは私なりの解釈だ。ヤフーの知恵袋のベストアンサーとは違う。
 ベストアンサーには、学生運動が下火になってきて、「自分たちの力じゃ社会は変えられないんじゃないか?」という疑問と挫折が芽生えてきた時期で(中略)「自分の幸せを考えることは悪いことではない」というメッセージに若者たちは救われたのではないでしょうか、とあった。
 自分の立場をクールといえれば格好いいが、そうではない。
 社会に出てはいたが、私は社会と関係がなかった。半形三m以内をウロウロしていたにすぎない。
 六〇年安保では、デモに参加したある女子大生が死んだ。そして安田講堂、よど号ハイジャック、連合赤軍、学生たちは内ゲバの道をたどる。
 私は耳を塞いだ。それよりも、今日の晩飯、明日は誰に金を借りるか。どの宿(かさ)に泊まれば朝飯にありつけるのか。
 ベストアンサーではない答えが、この歌詞にあるような気がした。
 私はオンチだから、口ずさむわけにはいかない。ただフムフムと口を動かした。

 テレビのワイドショウは連日、北朝鮮のミサイル、核の脅威を伝えている。関係者に聞くと、これが今、一番視聴率を稼げるそうだ。毎日、放送してもまだ視聴率が落ちないという。
 アメリカの大統領も相変わらず過激な発言を繰り返している。
 日本は、イージス・アショアなるものを二つ、それに戦闘機などの導入も検討している。今、アメリカの造る兵器が売れている。トランプ大統領はツイッターで礼をのべた。
 それが、芸能人や政治家のスキャンダルと同じレベルで茶の間に届く。
 私たちは、あふれる情報の断片だけを頼りに日本の行く末を心配している。
 国はJアラートなるものを発し、東京では電車も止まった。地方は、それよりも前に、いざという時の訓練まで始めた。
 何でも、近くにある大きな建物に避難すればよい、何にもない時は、地ベタに伏せて頭を両の手で覆うのだそうだ。
 もちろん、北朝鮮のミサイルが日本上空を飛んだのは確かだが。
 私たちに一体、どんな術があるのか。

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連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

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