平成消しずみクラブ 第4回

炎上

大竹まこと
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 世間にとっては、ハチのキンタマほどの小さな事件だったかもしれないが、私には大きな衝撃であった。
 私のツイッターが炎上したのである。マネージャーのI君から報告があった。
「何だ、そりゃ?」
「いや、大竹さんのMXテレビでの発言がスポーツ新聞に掲載されて」
「言ってることがわからないんだけど」
「ツイッターに三千以上の投稿があって、燃えてるんです!」
 はて、炎上。そりゃどこかで聞いたことがある言葉だが。
「そりゃ、事件なのか?」
「まあ、事件といえば事件ですが、まあ、それを商売にしている人もいますから、事件かどうかは微妙なところですね!」
 要するに、私のテレビでの発言に非難が集中しているらしいのである。
 私は、その日、夜九時から『バラいろダンディ』という番組の生放送に出ていた。番組前半からかなりスタッフにウケていて(錯覚かもしれない)、後半に向かって、私は調子に乗って飛ばしていた。
 若手ならともかく、調子に乗っているジジィは見苦しい。わかっていたのだが、旧知の板東英二さんもご一緒だったので、私は気楽でもあった。
 板東さんに向かって、「みなさんは、ここに板東さんがいると思ってるけど、本当はもう死んでるんだからネ」などと軽口を叩いていたくらいだ。
 番組後半、話題は将棋界で二十九連勝中だった藤井聡太四段の話に移った。
 中学三年生、十四歳の藤井四段が次々と勝ち進み、将棋界のみならず、世間の注目を集めていた時期のことだ。
 生放送の番組は後半になれば、その秒数が限られてくる。
 司会者に大竹さんいかがですかと振られ、「誰か藤井を止めろ」と叫んだ。
 たぶん、ほかの誰もが言わないであろう意見を求められたのだと思った。それが私の役目だ。「ネクタイをちゃんと締めろ」とも叫んだ。
 この発言がスポーツ新聞で文字に起こされたのだが、その時、私は「誰か藤井を締め上げろ」とも言ったらしい。
 そんなことは口にしていないつもりだったが、マネージャーのI君に確認してもらうと、確かに私はそうも叫んでいた。
 生放送の終了間際、調子に乗って発した言葉である。
 番組終了後も、テレビ局には視聴者からの悪い反応は特になかったという。しかし、スポーツ紙に取り上げられた後からツイッターが炎上した。
 もちろん、私は、藤井四段に何の悪意も持っていないし、まして、彼を落とし込もうなどという意図もない。むしろ逆で、弱冠十四歳の若者にエールを送りたいくらいである。だから、なおのこと「止めろ」と叫んだのだ。

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連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

 
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