平成消しずみクラブ 第5回

傘がない

大竹まこと

 ドナルド・トランプがアメリカの大統領に選ばれた。メキシコにカベを作ると公言し、アメリカ・ファースト(米国第一主義)をとなえている。彼は、先の国連演説で、金正恩を「ロケットマン」と呼び、米国が「自分や同盟諸国を防衛するしかない状況になれば、我々は北朝鮮を完全に破壊するしか、選択の余地はない」と挑発した。
 民主主義の国が選んだ大統領はドナルド・トランプなのだ。
 社会の混迷に拍車がかかる。そのアメリカと日本は安全保障条約を結んでいる。果たしてトランプ大統領と日本の政府は、歩調を合わせていくのか。

 ここに一つの写真集がある。『トランクの中の日本—米従軍カメラマンの非公式記録』(ジョー・オダネル写真、小学館)。
 若き米従軍カメラマンが一九四五年、焦土となったヒロシマ・ナガサキを非公式に私用カメラで撮った写真である。
 その中に、焼き場らしき場所(皆が死者を焼いている)で十歳くらいの少年が、背中に幼児を抱っこヒモでしっかりくくりつけ、直立不動で立っている写真がある。少年は裸足である。よごれた半ズボン、頭はきれいに丸がりだ。
 焼き場の熱風にも動じず、指の先までピンと伸ばして立っている。
 眠っている様に見える背中の幼児はもう生きてはいない。ぐったりと首を少年の背中とは反対のほうにたれている。
 少年は、焼き場の順番を待っているのである。くちびるを真一文字に結んでいる。黒い抱っこヒモは、誰かにしめてもらったのだろう。少年の首のすぐ下でしっかりと十字を成している。
 写真集の解説によると、係員は背中から幼児を下ろし、足元の火の上に載せた。炎は勢いよく燃え上がり、立ちつくす少年を赤く染めた。少年は気を付けの姿勢で、ずっと前を見つづけた、とある。
 彼は弟を見送ったのだ。
 ヒロシマ、ナガサキでは、二十万人の市民が命を失っている。いやそれだけではない。あれから七十二年、被爆者たちは今も、国と争っている。裁判は続いているのだ。

 また、あの歌が聞こえてきた。
「つめたい雨が 今日は心に浸みる」
「行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ」
 私はまた、あの時の様に、傍観者でいるのか。歳だけくって何もしないのか。
 何を叫ぶのか。私か、貴方か。テレビは、新聞やネットは、何と伝えるのか。
 作家でジャーナリストのジョージ・オーウェルは、
「ジャーナリズムとは、報じられたくないことを報じることだ。それ以外のものは広報にすぎない」
 という言葉を残している。
 メディアには、その責任がある。そして、私たち市民も同じである。

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平成消しずみクラブ

連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

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