水道橋博士の「日記のススメ」 第15回

選挙日記

水道橋博士

浅草キッドの水道橋博士は、タレントや作家の顔を持つ一方で「日記を書く人」としても知られています。
小学生時代に始めたという日記は、たけし軍団入り後も継続、1997年からは芸能界でもいち早くBLOG形式の日記を始めた先駆者となり、現在も日々ウェブ上に綴っています。
なぜ水道橋博士は日記を書き続けるのか? そこにはいったいどんな意味があるのか?
そう問うあなたへの「日記のススメ」です。

2ヶ月前には夢にも見なかった事態に

  昨日は今日の記憶。
  明日は今日の夢。
  ——ハリール・ジブラーン(詩人)

 人生は、今まで見たことのない夢が現実になることがあります。
 ボクは、今年、還暦60歳を迎えるにあたって、それなりに老成した人生観のなかで内心、お笑い界、特にテレビ界から、静かにフェイドアウトすることと共に、新しい生き直し、「余生」を考えていましたが、ところが現実には、一度も考えたこともない、予想だにしなかった運命が待ち受けていました。

 ことの起こりは、5月15日——。
 川崎・溝の口での山本太郎率いるれいわ新選組の遊説でした。
 おりからの松井一郎大阪市長によるスラップ訴訟で、名誉毀損の民事裁判に於ける被告となったボクは、裁判闘争を続けると同時に、裁判での勝利を目指すだけではなく、国会で反スラップ訴訟法案を、明文化すべきであることに目覚めていました。

「れいわ新選組で、反・スラップ訴訟を立法化して欲しい!」
という街頭でのボクの直訴に対し、山本太郎代表が返した、
「博士‼ 当事者が参議院で作れば良いじゃないですか! 参議院選挙に立候補してください!」
 との言葉が参院選出馬の引き金となりました。
 文字通りのアドリブだったのです。

 そして、翌日、家族に報告、師匠への面談を経て、3日後の5月18日、阿佐ヶ谷で開催されたライブ「アサヤン」での参院選出馬宣言に至ります。
 第34回参議院選挙は6月22日に公示、れいわ新選組から全国比例区に立候補し、18日間の選挙期間を経て、7月10日投開票がありましたが……。
 なんと、なんと、参議院議員に当選してしまいました。
 2ヶ月近く前には考えるどころか、夢にも見ていなかった事態です。
 喩えるならば、登山部にふらりと入部して、すぐにエベレストへ登頂したような気分です。

選挙戦のなかで心境の変化

 選挙は過酷なものでした。
 梅雨から真夏へ向かう期間、しかも全国比例区であるが故、日本全土津々浦々を巡回し、毎日、声を張り上げて演説しました。
 常に軽度の熱中症の症状を感じつつ、体力の消耗は甚だしい日々が続きましたが、この選挙期間も移動の合間に時間を見つけては、一日も欠かさず、「選挙日記」と副題を付して、noteに連載する「博士の悪童日記」を書き続けました。
 ボクを含めて選挙経験者、識者はひとりもいない、ズンドコ選挙部隊の珍道中は、ネットの読者の注目を集め、平均50「イイね!」だったブログが、平均300「イイね!」が付くほどの反響を集め、人気ブログになっていきました。

 選挙の間、最も注目を集めた一日を挙げておくと、NHKで政見放送を収録した6月20日の日記を、ここに挙げておきましょう。
 テレビ出演者としても、誰もが体験することも無い、希少な番組収録であり、そしてタレントとして、35年間の経験で、もっとも緊張した瞬間を味わった特異な日でした。

 初めての選挙は、正直に言って、ボク自身は内心、自信も手応えもなく、暗闇を藻掻き続ける18日間でした。
 当選後の記者会見の第一声で、思わず、
「声に出してはいけないことですが、当選するとは思っていませんでした!」
と本音を漏らしてしまったほどです。

 選挙の間に心境の変化はありました。
 当初は、人生で一度きりの選挙だと思っていましたが、遊説を重ねるうちに、
「ボクにとって、これが最初で最後の選挙ではない!」
 と断言していました。
 今回たとえ落選することになっていても、NEXTを期していました。
 それほど、遊説で全国を廻り、市井の人と触れ合い、自分が発する言葉に、責任を負いたいと切実に思ったことは過去にはなかったことです。

11万7779票の負託を受けた「日記を書くこと」

 演説の中で「日記を書くこと」を何度も口にして、公約に掲げました。

「25年間、9000日の日記を書き続けてきました。
起床から就寝まで隠し事は一切ないようにしてきました。
現状では、自衛隊の日報ですら、黒塗りで提出する、公文書を破棄する、記録をデタラメにする政権になりました。
このような民主主義はありえません。
ボクはこのまま、今、被告として訴えられている、裁判を可視化します。
今行われている選挙も可視化しています。
そして国会を可視化していきます。
皆さんに、政治を可視化していきます!
ボクを今後も遠くから見つめて欲しい。
ボクが毎日書く日記をチェックして欲しい。
もし怠けていたら叱って欲しい‼」

 11万7779票の負託のなかに、この言葉に信任をおいてくれた有権者もいたでしょう。
 ボク(自己)が日記を書くことが、他者にこれほど承認を得たことは過去に一度もないことです。
 毎回、「日記のススメ」として、連載で書くことに本当に意味があるのかと疑心暗鬼にかられましたが、
「日記には自他共に意味がある」
 ことをこれほど象徴的に見出した事象はありません。

「政界に潜入したルポライター」になる!

 そして、この「選挙日記」が、「国会日記」となれば、さらに意味も重みも加わります。
 実は、古今東西、政治家の日記は枚挙に暇ないほどにあります。
 佐藤栄作、芦田均、鳩山一郎……。
 ボクが読んだことがあるものも多々あります。
「平民宰相」と言われた原敬の日記は、最も有名であり、氏が20歳になる1875年から、65歳で東京駅で暗殺される1921年まで、膨大な日記を残しています。

 往年の政治家には日記をつける人が多い。
 これには、かつては、「公」の言葉と、「個」「私」の言葉には大きな乖離があったからに違いありません。
 多くの政策決定の分岐路に対して、政治家としての「個」は、後世に向けて本音を日記にだけ漏らしています。
 しかし、公的な記録すらも散逸、破棄される今の時代に、現在進行系の「個」「私」の言葉、そして自己観察を「文」に残していきたいと思っています。
 タレント議員の日記では、青島幸男、そして田中康夫などがよく知られていますが、ボクはそれらの過去作とは、また趣の違いがあるものを目指します。

 これからは、ボクが以前に、
「芸能人ではなく、芸能界に潜入したルポライター」
 と自称したように、
「政治家ではなく、政界に潜入したルポライター」
 としてのボクの職能を果たしていきたい所存であります(演説風)。

 政治家にとって政策とは「明日成し遂げたい今日の夢」です。
「今日の夢」を実現させたいです。

 第14回
第16回  

プロフィール

水道橋博士

1962年岡山県生れ。ビートたけしに憧れ上京するも、進学した明治大学を4日で中退。弟子入り後、浅草フランス座での地獄の住み込み生活を経て、87年に玉袋筋太郎と漫才コンビ・浅草キッドを結成。90年のテレビ朝日『ザ・テレビ演芸』で10週連続勝ち抜き、92年テレビ東京『浅草橋ヤング洋品店』で人気を博す。幅広い見識と行動力は芸能界にとどまらず、守備範囲はスポーツ界・政界・財界にまで及ぶ。著書に『藝人春秋』(1~3巻、文春文庫)など多数。

水道橋博士の日記はこちら→ https://note.com/suidou_hakase

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