ジャズピアニスト始めました。

「ジャズメン」になった瞬間

長くプロとして前線で戦ってた自負もあります。学校に入ればそれなりにジャズの世界で花が開くのでは、と甘い期待を持ってアメリカへ渡ったのですが、それは全くなく「ジャズを知らない変な人」として学校中で浮いてしまい、最初の２年は友達もできず、ジャズをやってもやっても進歩が見られずに辛い時期が続きます。しかしある日、シダー・ウォルトンのソロを完コピしてリサイタルに参加したら、そのソロの後に突然大きな拍手が起きたのです。

それはある意味ずっと手が届かない存在だったジャズを、目の前でキャッチできた瞬間でした。どこかにジャズができるようになる魔法があると探し続けていた僕ですが、自分が大好きなピアニストのフレーズを死ぬほど聴いて覚えて弾いて自分の演奏に混ぜてみると、ふと自分の演奏に変化が起こることに気がついたんです。

それ以来、そのやり方で卒業までさまざまなことを学び、チャレンジしました。ジャズの曲を作り、ビッグバンドアレンジを学び、リハーモニーゼーションを覚え、高度な聴音のトレーニングにも耐えました。卒業リサイタルではオリジナルのジャズ曲をバンドと演奏し、これを機に、52歳でジャズピアニストとして世界デビューしました。

ニューヨーク発。せっかくジャズを学んでアメリカにいるのだから、自分でレーベルを立ち上げてアメリカでデビューしよう、と思い立ち実行に移したのです。

そう、僕は今、ニューヨーク州のブルックリンに住んでいます。渡米して16年。2008年、あの雪のニューアーク空港に、音楽大学で学ぶためにぴーすと降り立ったのが、つい昨日のような気もします。そして日本には戻らずに、ジャズオリジナルアルバム８枚をレーベルからリリースしていることになります。11年の軌跡です。

最初のアルバム『Boys Mature Slow(男子、成熟するには時間を要す)』は、フロントにトランペットとトロンボーンを置いて彼らにメロデイを吹いてもらい、僕はリズム隊(ベース、ドラム、ピアノ)の一員として後ろにいる絵面にしました。２枚目の『Spooky Hotel(おどろおどろしいホテル)』は、お化けが棲みついてるホテルにチェックインしてから、チェックアウトするまでの時間の物語性のある作品で、ビッグバンド編成のアルバムです。３枚目の『Collective Scribble(一筆書き)』はグッと編成が小さくなりドラムレスのトリオ、まさに一筆書きのようなジャズのお描きアルバムです。

そして同時期にその３人+ドラムというメンバーで、東海岸のジャズディーバ、シーラ・ジョーダンを迎えて、ジャズボーカルアルバム『Answer July』をリリース。これはアメリカの詩人エミリー・ディキンソンの同タイトルの詩に触発された作品です。５枚目『Boys&Girls』ではポップス時代のヒット曲を中心に、ジャズソロピアノアルバムをリリースします。僕自身の1984年の楽曲のタイトルを、そのままジャズタイトルにした意欲作です。

このアルバムを提げてアメリカをツアーで回った際に、ふと「自分にしか出来ないジャズがあるのかもしれない」という予感を得ます。

そうして満を持して、初めて正攻法のジャズトリオを結成し、６枚目『Hmmm(うーん、どんなもんだろうね?というニュアンスの感嘆詞)』をリリースし、オールドスクールじゃないポップを基調にするジャズを提案します。コロナ渦に入り７枚目『Letter to N.Y.(パンデミックを生き残った愛するN.Y.への手紙)』は、Apple PCの音楽アプリLogicで「１人で全部手弾きで」作ったジャズアルバムでした。そして最新作となる８枚目『Class of ’88(ポップス時代で傑作と呼び声も高いアルバム『1234』が生まれた1988年の同窓会というニュアンス。40周年記念作品)は再びポップ時代の曲をジャズトリオで表現しています。