大江千里のジャズ案内 「ジャズって素敵!」 Vol.1

ジャズピアニスト始めました。

大江千里

「Rain」のジャズアレンジが素敵だと言われた日

僕は日本時代と同じように広大なアメリカでアルバムが出る度に地道にプロモーションを続けるわけなのですが、ある時、シカゴのベニューで「Rain」のジャズアレンジをソロで弾いたら曲を弾き終わった直後にステージに話しかけてきた男の人がいて、「なんて素敵な曲なんだ。これぜひ歌詞をつけて誰かに歌ってもらったらいいよ。」と本気でアドバイスしてくれたのでした。

いやいや、もう歌詞は存在しているんですけどと思いながらも、めちゃくちゃ嬉しい出来事でした。あ、もしかしたら、僕が気が付いてなかっただけで、ポップスとして作ってきた曲がジャズスタンダードとしてアメリカでも成立するのかもしれない、そう感じた瞬間でした。“Pop Meets Jazz”“Jazz Meets Pop.”。

ところでアメリカでは普段の会話の中で「君のルーツはなんなの?」とか「君のゴールはどこ?」と質問されることがよくあるんです。フランス人のサックス奏者から「君はどこを目指しているの?」と聞かれ、答えに窮したことがありました。

ニューヨークはジャズのメッカ、世界中からジャズ猛者が押し寄せ、凌ぎを削る場所だったりします。そこには、ビバップと呼ばれるジャズの原型をやるオールドスクールジャズの人たちの厚い層があります。この系譜はピアニストのフレッド・ハーシュなどです。

新しい世代では同じくピアノのロバート・グラスパーのような、ビバップの実力が基本にあって尚且つジャンルを超えていろんな音楽とコラボして、新しいジャズを作っていける人も出てきています。Jazz is Dead、なんていうフレーズがアイロニックにフィーチャーされ、そう自虐的に言うことを隠れ蓑にジャズを超えた新たな音楽の潮流も始まっています(これはまた次回以降記述したいと思います)。

アメリカ各地で僕の音楽がだんだん「スムースジャズ」と呼ばれ始めます。ポップスのシンガーだった僕が「Senri Jazz」と呼ばれるのはもしかしたら必然だったのかもしれません。
音大生だった頃、ぴーすと車で東海岸から西海岸へと横断した旅の途中。ルート66あたりで聴いたジャズラジオステーションで、最近ちょっとずつ自分の作った曲がかかっているのを知ると嬉しくて照れ臭くて不思議な気がします。ジャズのDJやプロモーターに番組出演などで直接お会いすると、あの「ジャズって大好きなの」って言った女の子と同じようにキラキラした目をして、腰を揺らしながら僕の音楽を大音量でかけてくれるのです。その楽しそうなこと。「素敵なものを素敵」のアチチュードに心奪われます。

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プロフィール

大江千里

(おおえ せんり)

1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。

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