情熱のラーメン 第2回

ラーメンを教える学校「食の道場」【後編】

材料費のシビアな内訳、中国から来た男性の夢
神田憲行(かんだ・のりゆき)

 今年10月、民間信用調査会社帝国データバンクの調査によると、9月までの全国のラーメン店の倒産件数が30店を超え、過去20年で最多となる可能性があると報じられた。

 この連載では、厳しいとわかりつつも、ラーメン業界にダイビングせざるを得ない人々を紹介したい。

KAZE / PIXTA(ピクスタ)

 

 

1週間コースで50万円の授業

「なぜラーメン店ばかりこうも潰れるのだろう」

 飲食店に厨房機器などを納品するケーピーコーポレーションの秋本茂克さん(58歳)は、仕事を続けている中でふと疑問に思った。今まで納品した1200軒のラーメン店のうち、700軒ぐらいが潰れていた。事情を探っていくと、店主が不勉強なまま、店を開くケースがあるらしい。学ばずに飛び込む人が多いなら、じゃあそういう人に勉強する機会を与えてはどうだろう。

 これが秋本さんがラーメンスクール「食の道場」を設立する発想になった。

ラーメンを試食する秋本さん 撮影/神田憲行

 今まで自分の仕事は厨房機器を必要とする人に商品を納めてきたが、厨房機器を必要とする人を育てるところから始めれば、息の長いビジネスにもなる。とはいっても秋本さん自身にラーメンを作った経験はない。そこでツテを頼って有名ラーメン店の店主たちに声をかけて、講師に据えるところから始めた。30人ほど集めて都内のレストランで説明会を開き、「最終的に海外の生徒さんも呼んで、日本文化を見せてやりたいんだ」と一席ぶつと、意気に感じた15人ぐらいが残ってくれた。

千葉県八千代市にある秋本さんが開いたラーメンスクール「食の道場」 撮影/神田憲行

「それで蓋を開けてみたら、半年で生徒さんはひとりしか来ませんでした。ガハハハ。キッチンスタジオを造るなど設備だけで1500万円くらいかけたんですけれどね。周りから『ほらやっぱり無理だろう』って冷やかされたんですが、本業が順調だったんで、まあ頑張って1年は続けようと思ったんです。そうしたらラーメン学校は珍しいとマスコミが取り上げてくれて、それから人がポツポツとやってくるようになり、コロナの前までは毎月7、8人の生徒さんが来てくれるようになったんです」

 生徒の7割以上が脱サラ組。なかには包丁を握ったことがないような人も来る。といってもラーメンには日本料理の桂剥きのような繊細な包丁使いは求められないので、それでも大丈夫なのだが。

 講習費は基本が1週間コースで50万円。私はこの金額に唸ったのだが、秋本さんは「それだけ価値があることを教えてますから」と自信満々だ。あとからよくよく聞くと、ただ授業で教えて終わりでなく、店舗デザインや融資を受ける方法、開店した後の新メニューの開発の相談まで受けているという。そう考えるとコンサルタント料としてアリなのかもしれない。

 ここではラーメンの作り方の基本から、ラーメン業界のトレンドまでも教える。たとえば最近なら、オリンピックがあると信じていたので、外国人観光客を狙ったビーガンラーメンだ。動物由来の材料を一切使わないで、出汁も野菜から取るラーメンである。

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第1回  
情熱のラーメン

 日本全国に1万 8000軒。新規開店と閉店の「新陳代謝」を猛スピードで繰り返す、熾烈な市場競争。それでも、自分の一杯を極めるマニア性と一攫千金も夢ではない山師的な魅力は、多くの人々を惹きつけてやまない。  なぜ彼らはレッドオーシャンに飛び込むのか。その先に待っている世界の魅力と過酷な現実とは? ラーメンに夢中になり、人生を賭けた人たちの姿を追う。

関連書籍

「謎」の進学校 麻布の教え

プロフィール

神田憲行(かんだ・のりゆき)

1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。大学卒業後、ジャーナリストの故・黒田清氏の事務所に所属。独立後、ノンフィクションライターとして現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』『「謎」の進学校 麻布の教え』、最新刊は将棋の森信雄一門をテーマにした『一門』(朝日新聞出版)。

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ラーメンを教える学校「食の道場」【後編】