自家製麺、レア・チャーシュー、限定メニュー。経営の秘訣
秋本さんから教わった、一杯のラーメンにおける丼コストについて紹介しよう。それもレッドオーシャンを象徴すると思うからだ。
秋本さんによると、ラーメンで材料費にかけられるコストは30%である。たとえば定価700円のラーメンでは210円になる。その内訳はこうだ。
定価700円……材料費210円
210円の内訳
麺……60円
スープ……60円
タレと油……30円
トッピング……60円
秋本さんによると「この比率を守ってもらうと、700円でも美味しくて利益が出るラーメンが作れる」という。ここからさらにコストダウンしていくこともできる。たとえば麺の60円は製麺業者から購入した場合の価格だが、自家製麺にするともっと安くなる。
「いま製麺機の安いリースだと3万円からある。それを使うと麺が15円くらいで作れます。1杯で50円浮いたら、1日100杯出るとして月で12万5000円、年で150万円くらい浮いてくるから大きいよね。自分の手間はかかってしまうから、最初はみんなスープ作りに力を入れて麺は業者から買うんだけれど、馴れてきたら麺をやれってことになる。いま『自家製麺』を売りにしてるお店が多いけれど、それはコスト面で魅力という理由もあると思う」
最近流行のレア・チャーシューにもコストの点で利点があるという。レア・チャーシューは肉の真ん中の部分が赤く、柔らかくてジューシーなのが特徴だ。いわゆる「煮豚」の硬くて厚みのあるチャーシューとは違う。
「食の道場」ではレア・チャーシューの作り方について、ロースのブロックから脂身を外して重さに対して2~3%の塩とブラックペッパーをかけて、あとはきっちりパックをして63度のお湯に2時間つけるという指導をしている。
「この作り方のなにがいいかというと、低温で仕上げるので肉のブロックが縮まらないところです。肉が縮まないから切り分けたときの枚数が多くて歩留まりがいい。また1枚の肉の厚さも薄いのがいい。ひとつの肉の塊から使えるチャーシューの枚数が増えるから、チャーシュー1枚当たりのコストダウンにつながります」
さらに最近は鶏肉を使った鶏チャーシューのラーメンも出てきた。これはレア・チャーシューよりさらにコストが下がるのだという。私が取材したあるラーメン店では、それまで3枚載せていたレア・チャーシューを2枚に減らして、代わりに鶏チャーシュー1枚を加えた。食べる方からすると2種類のチャーシューが入っているので贅沢に感じるが、店主は「その方がコストが下がるんですよ」と囁いて私を驚かせた。肉1枚入れ替えただけで下がるコストは10円にも満たないだろう。その数円が積み重なって大事な利益になっていく。いかにラーメン業界が厳しいかわかる。
「うちの生徒さんで実際にラーメン店を開業できた人は半分ちょいぐらいでしょうか。あとは資金面の調達に苦労している人とか。開店にこぎつけても、続けていくのはまた難しい。私は『100杯の壁』と呼んでいるんですが、1杯850円として1日100杯売れないと厳しい。昼に60、夜に40。客が10人から15人入るお店だとして、1日7.5回転しないといけない。それだけこなすのは難しいですよ。店員さんをたくさん雇えば人件費が膨らむから元も子もないしね」
開店してすぐは物珍しさで客も大勢来てくれるが、やがて飽きられていく。
「そこで必要なのが、季節限定ラーメンとか、限定モノです。1か月に一度とか1週間に2日間だけとか、つけ麺やまぜソバ、通常メニューにはないスープなどのラーメンを出す。それで飽きられて遠のいた客足をまた呼び戻す。飽きたら減って、限定で呼び戻して、上下ジグザグ繰り返しながら少しずつ固定ファンを増やしていくんですよ」
日本全国に1万 8000軒。新規開店と閉店の「新陳代謝」を猛スピードで繰り返す、熾烈な市場競争。それでも、自分の一杯を極めるマニア性と一攫千金も夢ではない山師的な魅力は、多くの人々を惹きつけてやまない。 なぜ彼らはレッドオーシャンに飛び込むのか。その先に待っている世界の魅力と過酷な現実とは? ラーメンに夢中になり、人生を賭けた人たちの姿を追う。
プロフィール
1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。大学卒業後、ジャーナリストの故・黒田清氏の事務所に所属。独立後、ノンフィクションライターとして現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』『「謎」の進学校 麻布の教え』、最新刊は将棋の森信雄一門をテーマにした『一門』(朝日新聞出版)。