神宮外苑には森林や樹林地はない?
新宿区が出した神宮外苑の樹木伐採許可書を読むと、さらに驚くべきことが書いてある。伐採対象となっている神宮外苑の建国記念文庫や旧第二球場エリアには「森林は存在しない」「一団の樹林地が存在しない」として伐採許可が出されていることだ。
これは神宮外苑に行ったことがある人ならば、すぐにおかしいと気づくだろう。建国記念文庫の杜と呼ばれる、あの深く生い茂った木々は、森林でも樹林地でもないのだろうか? あれが森林でも樹林地でもないとすると、いったい何を森林や樹林地と呼ぶのだろうか?
私はすぐにピンときた。風致地区条例では「区域内に1,000㎡以上の一団の樹林地がある場合は、その50%以上を残存させるよう指導すること」と定められている。建国記念文庫の面積は約5,000㎡である。だから、そこが樹林地だと認めると、新宿区は再開発事業者に、樹林を半分以上残すように行政指導しなければならなくなる。そうすると大規模な伐採を行うことが難しくなるので、新宿区はこんな無理な理屈を立てて許可を出したのだろう。

そもそも新宿区自身が、区の基本計画の中で神宮外苑を「七つの都市の森」のひとつに数えており、緑化の調査(みどりの実態調査)でも建国記念文庫エリアは「樹林」であるとしている。どう考えても森林でも樹林地でもないとするのは無理がある。
私たちはこの点についても裁判で追及した。すると新宿区は「平均高さ5m以上の樹木が10㎡に1本以上の割合でまとまって存する300㎡以上の土地」という川崎市の樹林地の定義を用いて、神宮外苑の樹木伐採エリアに樹林地はないと判断したという。建国記念文庫は10㎡あたり0.28本で1本以下なので樹林地でない、とのことだ。
私はこれを聞いてあっけにとられた。なぜ新宿区が他の自治体である川崎市の定義を使うのだろうか? 東京都内では板橋区が「樹林地とは、樹木の高さによらず灌木を含む樹木によって覆われた区域のこととする」という定義を出している。なぜ同じ都内の板橋区ではなく、川崎市の定義が用いられたのか? 過去に川崎市の樹林地の定義を用いて樹木伐採したことはあるのか?
新宿区に問うと「過去に川崎市の樹林地の定義を用いたことはない」という。さらに、どのような経緯で川崎市の定義を用いることになったかは「記録が残っていない」とのことだった。私はぼう然とするしかなかった。これほど大きな社会問題となっている神宮外苑の樹木伐採の許可を出すにあたって、はじめて採用した川崎市の定義を使うに至った経緯が、記録がなくてわからないというのだ。
新宿区が記録がないと言ったのは、この件だけではなかった。2024年10月に新宿区が三井不動産と覚書を結んだ、再開発工事中に区道が使えなくなることに対する18億6000万円の補償金についても、どのような経緯でその金額に決まったかについて記録がなくてわからなかった。職員のメモすら不存在で、全てを口頭でやりとりしたという。この件は東京新聞が一面で大々的に報じ、担当課の課長が謝罪したが、神宮外苑再開発に関しては、記録が残っていないことは多々あった。元公務員である区議会議員が「公務員がメモも取らず仕事にあたるなどあり得ない。あえてブラックボックスにするために不存在にしているとしか思えない」と議会で批判したが、その通りである。記録がないと住民はなぜ行政がそのように動いたのかがわからない。これでは行政が説明責任を果たしているとは到底言えない。
新宿区の理屈では明治神宮内苑の伐採も可能に
私たちは新宿区をさらに追及するために、東京大学名誉教授の石川幹子先生に意見書の執筆を頼んだ。
石川先生は、新宿区の都市計画審議会の委員をかつて務めており、さらに川崎市の環境審議会の委員も20年にわたって務めていた経験もあった。
石川先生は、明治神宮の内苑が、新宿区が用いた川崎市の樹林地の定義に当てはまるかを調べるというアイデアを出してくれた。明治神宮内苑のあの深く生い茂った木々が、森林でない、樹林地でないという者はいないだろう。内苑がもし新宿区が採用する川崎市の定義では樹林地でないとしたら、その信用性はいっきに揺らぐ。
石川先生は明治神宮が鎮座百年(2020年)を迎えるにあたって行われた第二次境内総合調査委員会の副座長も務めていたので、明治神宮内苑の杜について熟知していた。第二次境内総合調査の樹木データを使って、明治神宮内苑の高さ5m以上の木が10㎡あたり何本かを計算してみると「0.29本」となった。神宮外苑の建国記念文庫が「0.28本」なので、ほぼ同じだ。つまり、明治神宮内苑も新宿区が用いた川崎市の樹林地の定義「10㎡あたり1本」には満たないので「樹林地」ではないとなる。新宿区が用いた定義を使えば、明治神宮内苑でさえ「樹林地」でないとして、半分以上伐採することが可能となってしまうのだ。

なぜ明治神宮ではこれほど木の密度が低くなるのか、石川先生は次のように説明する。「成熟した森ほど、木の一本一本が太く大きくなり、その分高木の密度は減ります。川崎市の樹林地の定義は、若い森には適用できるかもしれませんが、100年の成熟した森である明治神宮には当てはまらないのです」
つまり、密度の低さとは成熟した森であることの証拠なのだ。
新宿区はこの意見について反論をしていない。反論できないのだろう。その上で、再開発事業者は建国記念文庫は木々の半分以上残しているので問題はない、という見解を示している。長くなるので詳細は省くが、この点についても石川先生は論破している(詳しくはCALL4の訴訟サイト参照)。あきれるとしか言いようがない。
このように無理な理屈を立てたり、不都合な情報を隠したり、法律を都合よく変更するなどして、神宮外苑の樹木伐採は進められているのである。先人たちが木々を守るために、法律でかけた「網」を、法令を遵守すべき行政機関が自ら破り、木を伐採させているのだ。これでは日本の都市から樹木が消えていくのも当然のことである。
この樹木伐採許可取り消し訴訟は、2026年5月12日に出た一審判決で訴えが認められなかったため、高裁へ控訴した。裁判所が適正な判断を下すことを望んでいる。
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次回はなぜ行政機関がこのように無理な動きをするかについて見ていきたい。当然のことながら役人たちが勝手にこのように動くのではない。その裏には政治家や巨大企業がいるのだ――。
プロフィール

(おおさわ さとる)
テレビ東京で「WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)」など報道番組の記者・ディレクターを担当。現在はジャーナリストとして活動。明治神宮外苑の再開発に近隣住民として反対し、新宿区に対する樹木伐採許可取り下げ訴訟の原告団長を務める。X(旧Twitter)フォロワー3.9万人「ミド建築・都市観測所」(https://x.com/Mid_observatory)を運営。早稲田大学第二文学部卒、京都大学公共政策大学院卒。1983年生まれ。
大澤暁





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