リアリティショー化する社会 第6回

一発逆転のための自己啓発―アイドル・オーディション番組からサバイバル番組へ

霜田明寛

オーディション番組なのかサバイバル番組なのか

リアリティショーのジャンルとして「恋愛」に並んで人気があるのは、「オーディション」である。

2025年の紅白歌合戦にも出場したBE:FIRSTやHANA、&Teamをはじめとして、地上波の音楽番組において存在感を示すグループの多くが、配信サービスのオーディション番組出身だ。

日本のオーディション番組と言えば70年代に生まれた『スター誕生!』から2000年代の『ASAYAN』をはじめとしてオーディション番組自体は長らく存在していた。しかし、現在のオーディション番組は四半世紀前のそれとは別の様相を呈している。

現代のオーディションは「結果」よりも「過程」が重視されるようになっている。それにはメディア環境の変化、視聴者がリアリティショーに求めるものの変化が関係している。

今回は21世紀以降のオーディション番組がリアリティショーとして人気を博していくようになる歴史を追ってみよう。

それはアイドルの〝自己啓発化〟の歴史でもあり、芸能という世界の閉じられていたものが、不都合な裏側まで含めて開かれていく時代の足跡でもある。そして、人気の沸騰とともに、オーディション番組は一発逆転のチャンスとしての特性も持つようになっていく。

“オーディションから見せる”はハロプロとLDHのものだった2000年代

90年代後半から「夢のオーディションバラエティ。」として人気を博し、モーニング娘。などを輩出したテレビ番組が『ASAYAN』である。『ASAYAN』は、四半世紀前の番組でありながら、今のリアリティショー型のオーディション番組の原型となる要素が多くある。

『ASAYAN』のオーディションの演出は、そもそも、当時ロサンゼルスに住んでいた小室哲哉が、アメリカでのリアリティショーの流行を感じ、『ASAYAN』でも何かリアリティショーのようなものができないかと発想したのがきっかけだという。小室が演出のタカハタ秀太に参考として見せたのが、リアリティショーの草分け的存在であるMTVの『リアル・ワールド』だった。つまり、当時の日本では、リアリティショーと呼ばれてはいなかったものの、『ASAYAN』はリアリティショーを目指して作られたものだったのだ(太田省一・塚田修一・辻泉(編著)(2025)『アイドル・オーディション研究 オーディションを知れば日本社会がわかる』青弓社)。

小型のデジタルビデオカメラも普及し、候補者にマンツーマンでスタッフが張り付いて撮影するということも可能になり始めた時期であり、より個人の物語を捉えやすくなっていたという技術的な面も関係しているだろう。

鈴木あみを輩出することになる小室哲哉プロデュースのオーディションでは、最後に視聴者が電話投票で決めるなど、当時としては画期的な試みも行われていて、これもまた今の時代のオーディション番組の原型としての形を成している。

その一方で、せっかくオーディション番組でアーティストを輩出しても、その後は事務所とレコード会社が主導となり、番組で追いづらいという悩みが『ASAYAN』の制作側にはあったという。そこで「番組でハンドリングできるスターを作りたい」とつんくに持ちかけたのが、オーディションでの敗者復活。それがモーニング娘。の誕生に繋がっていく。つまり、もともとが、デビューまで、ではなくデビュー後も追っていくという構想で始まったものなのだ。敗者にこそ物語が生まれるというのも、現在に繋がっていて興味深い点だ。

モーニング娘。は、歌割りをどうするとか、どのメンバーが新メンバーの教育係になるかといった普段の話から、手売りできなければデビューできないといった設定や、鈴木あみとのシングルの売り上げ対決といった企画的なものなど、その歩みを逐一番組が追いかけていった。アイドルプロジェクトの制作過程を追う姿はドキュメンタリー的であり、さらに手売りや対決などあえて山場を作る流れはリアリティショー的であった。

一方で、テレビは時間の制約もあるため、前述したように、後藤真希が選ばれることになるオーディションが、告知からCD発売まで2ヶ月ほどでサラッと流されてしまったりと、〝結果重視〟の部分もあった。だからこそ「最初から決まっていた出来レースなのでは?」といった憶測を生むことになる説明不足ならぬ〝過程不足〟の点も否めなかった。

とはいえ、〝結果で惹きつける〟時代のオーディション番組から、〝過程で魅せる〟ようにもなった先駆けの番組といってもいいだろう。『ASAYAN』はモーニング娘。のドキュメンタリーであり、リアリティショーでもあるという2つの特性を持っていた番組なのである。

『ASAYAN』は2002年3月に終了。その後もモーニング娘。は活動を続け、オーディションも行っていった。だが、この〝過程〟を見せる番組が終了し、オーディションという〝結果〟だけになるとともに、アイドルとしての往時の勢いは失速していく。

その後、2000年代の半ばから、この〝オーディションから見せる〟スタイルで人気の裾野を広げたのがEXILEだ。

そもそもEXILEの出自は『ASAYAN』と無縁ではない。CHEMISTRYを輩出したオーディションで最終選考まで残るものの惜しくも落選したATSUSHIが、もともと存在していたJ Soul Brothersというグループにボーカルとして加わり、2001年にデビュー。これもまた〝敗者の物語〟だ。その後しばらくは、R&B色の強いボーカルダンスグループというイメージだった。つまり、ジャニーズが開拓していた男性アイドル市場とは重ならない形で始まったのだ。5年が経った2006年にメンバーが脱退し、新しいボーカルを探す『EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006 ~ASIAN DREAM~』を開催。TAKAHIROの加入により、アイドル的な人気も博していくようになる。ただ、この時点では、まだEXILEに冠番組はなく、最後の武道館での結果発表の様子が情報番組などで放送された程度だった。

その後、EXILEを擁するLDHは頻繁にオーディションを開催。二代目 J Soul Brothersといった兄弟グループや、ガールズグループの結成、劇団EXILEという演技集団、さらにはオーディションでEXILEには選ばれなかったメンバーを集めて別グループを作るなど、オーディションによって基盤を大きくしていく。その全てではないものの、2010年から2021年まで約12年間続いた『週刊EXILE』といった冠番組などで経過が流されていった。

その流れは、2025年のガールズグループのオーディション番組や2021年の『~夢のオーディションバラエティー~Dreamer Z』で密着したオーディション「iCON Z ~Dreams for children~」に至るまで現在も続いている。

ちなみにこの『Dreamer Z』は、かつての『ASAYAN』と同じテレビ東京の日曜夜に放送され、「夢のオーディションバラエティ」というサブタイトルまで同じで、開始時に「ASAYAN の系譜を受け継ぎ」と大々的に宣伝されたものの、お世辞にもヒットしたとは言えない結果となり、もはやテレビ主導のオーディション番組が通用しないことを印象づけることになる。

ゼロ年代は〝オーディションから見せる〟のは、モーニング娘。とLDHのものだったのである。とはいえ、『ASAYAN』終了後から2010年代後半までは、日本ではオーディション経過だけを追うような専門のヒット番組は生まれず、どうしても〝結果重視〟の方向性は覆らなかった。

社是が自己啓発書になったEXILE全盛期のLDH

LDHのオーディションでよく使われていた言葉が「夢」というワードである。開催するオーディションの中では夢という言葉が頻出し、オーディション参加者は、本番で自らの夢を語らされることもしばしばあった。彼らは自らの夢を叶えるためにこのLDH主催のオーディションに参加するという立て付けだったのだ。

そして、オーディション時のみならず、2000年代後半から2010年代にかけてのEXILE全盛期といっていい時期のLDHは、社名の由来ともなっている「Love, Dream, Happiness」という言葉を強く押し出していた。

さらなるメンバー増員を経た2009年にはEXILE statementなる文書を作成。LDHの創業者でありEXILEのリーダーであるHIROがかつて思い描いていた夢のくだりから始まり、「Love」「Dream」「Happiness」を3項目に分けて、それぞれどのようなものなのかが解説されている。「エンタテインメントだからこそ、できる新しい社会貢献を目指します」という社会貢献意識を覗かせたり、そのための仕組みを図示したりと、さながら企業理念のようである。

このEXILE statementは、ビジョンである『愛すべき未来へ』という言葉で始まるが、同名のアルバムもリリースされ、そのアルバムや、当時発売されていた月刊EXILEという雑誌にもその冊子が同封されている徹底っぷりだった。アルバム『愛すべき未来へ』は100万枚以上売れた大ヒットアルバムなので、少なくとも100万人にこの文書が届いていることになる。

実際にこのEXILE statementは、社員や所属アーティスト全員にも配られていたというから、2010年に稲盛和夫が日本航空の社長に就任した際に全社員に配られたJALフィロソフィのような役割も担っていたのだろう。

さらに、この文書へのアーティストたちの思いや、LDHが経営するダンススクールEXPGのスタッフや生徒に向けたEXPG statementなどを加えた形で、『LDH our promise』として書籍化。「いまの自分を理解した人に、道は開かれる」『「ほしいもの」と「もっているもの」を書いてみる』といった自己啓発的な内容に、「あやまちを犯したときほど、人は本質を問われる」といった救いのような言葉もあり、ビジネス書のような読後感だ。

EXILE statementは「実現に向けて、僕らは一生懸命、努力していきます。でも、ときにはちょっとハメを外すことを、どうかお許しください」と締められる。

EXILEは、夢を叶えるために頑張る自分たちの姿を積極的に公開していった。ジムで必死に肉体を作るといった辛そうな部分はもちろん、ときにレモンサワーで乾杯する姿など仲間と息抜きをする楽しそうな部分も含め、当時のEXILEの姿は夢を叶える過程のアピールなのである。そして、HIROが『Bボーイサラリーマン』といった著書などでしきりに主張するように、勉強ができなかった自分、一度は落ちこぼれた自分でも夢が叶えられる―というモデルケースを背負っていき、京セラやJALの社是では届かないであろう、地方の会社員ではない層・マイルドヤンキーと呼ばれる層をも啓蒙していった。

ちなみに、後で詳述するが、当時のジャニーズ事務所の男性アイドルは、基本的には公開オーディションはなく、努力の過程を公開するということも積極的には行っていなかった。だからこそ、オーディションを通して夢を叶えようと謳い、努力の過程を見せるEXILEの姿は差別化ができており、平たく言えば地方のヤンキー男性にも届いていったのである。それは「TOKYO」の素晴らしさを押し出すジャニー喜多川の創り出すエンタテインメントとも結果的に真逆の届き方をしていったと言ってもいい。

EXILEの夢語りは功を奏し、努力の過程を見せていくことで「自分も頑張ろう」といった自己啓発的な感想を誘発していく。

アイドル自体をリアリティショー化させたAKB48

モーニング娘。やEXILEの人気の爆発を経て、オーディションをショーにしてしまえば盛り上がるという手法は、2000年代には定着していた。一部の芸能界の人間によって閉じられた会議室で選考するのではなく、オープンなショーにし、広く公開することによって選考そのものが注目を集められる。

一方で、グループメンバーを選ぶオーディションというのは新しくグループをつくったり、メンバーを増員したりする際にしか使えない手段でもある。当然のことながら、その後のグループのことを考えれば、乱発はできない方法である。

その意味で、2009年に初開催され、2010年代前半に大きく盛り上がったAKB48の総選挙という仕組みは、メンバー増員をせずともショーができる〝発明〟だった。

総選挙とは年に1回行われる、CDについている投票券によって、メンバーの人気順を決める催しである。上位メンバーは選抜メンバーとして次に発売されるCDに参加できる。それまで、選抜メンバーは運営側が決めていた。

AKB48の総合プロデューサーである秋元康は、総選挙を始めた意図をこう語っている。

「毎回誰を選んでも『なんで●●ちゃんを入れないんだ!』って文句が出るんですよ。だから、『わかりました、今回は、みなさんで決めてください! ガチでやりますから』ってことだったんですよ」

(2009年・週刊プレイボーイ特別編集『AKB48スペシャルムック AKB48総選挙! 水着サプライズ発表』)

閉じられた場所で決められていたことを消費者の手に委ねることでオープンにしてみる―というのは画期的なことであり、自身の手でメンバーを決められる〝ガチ〟な仕組みにファンたちも熱狂。これは、〝芸能界〟の中で決められていたことにファンが関与できるようになった事例でもあり、現在の視聴者投票型のオーディション番組の盛り上がりにも通じるものがある。

総選挙の名物となったのが、順位が発表されたあとに行われる、メンバーのスピーチである。話しながら泣き出す者も多く、各メンバーが、ファンへの感謝のみならず、そこに至るまでの葛藤、次なる夢を話す姿は、その一言一句が注目を集めた。

2011年の第3回選抜総選挙の際の前田コール(2位の発表直前に客席から湧き上がった前田敦子は1位を連覇するなという意味のコール)の後に発された前田敦子の「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」はその葛藤を集約した一言だ。

同じ年に高橋みなみが放った「努力は必ず報われると私、高橋みなみはこの人生をもって証明します!」という一言は、名言とも言われ、とても自己啓発的である。この名スピーチはその後の他のメンバーのスピーチにも影響を与え、総選挙のスピーチは自己啓発的になっていった。ショーの壇上で夢語りをして、努力の過程や道筋を示すというのは相性がとてもよいものである。この頃、リクルートやベンチャー企業などで行われる、企業内の社員MVPの発表では、高橋みなみの名言を引用したり、さながら高橋みなみのように語る人も多く散見された。

総選挙は最初はイベント形式で行われていたが、2012年から2018年にかけては全国ネットで生中継される、まさにTVショーとなっていった。

総選挙の日だけではない。AKBは毎日をショーにすることに成功した。AKB48は、存在自体がショーとなったのである。ステージ上以外の姿も、ショーの要素となる―。それを可能にした、もうひとつの要素がドキュメンタリーである。

ドキュメンタリーとリアリティショーの境をなくす『DOCUMENTARY of AKB48』

総選挙と並んでAKBグループが発明したと言ってもいいのが、アイドルドキュメンタリー映画である。

アイドルのドキュメンタリーなど多く作られていただろう、と疑問に思うかもしれない。しかしAKBの『DOCUMENTARY of AKB48』シリーズは、それらとは一線を画した革命的なものだった。

2011年に公開された映画『DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?』は、2010年のAKB48 のメンバーに密着したもので、収録のために使用されたテープは1000本を越えるという。製作総指揮を務めたのは岩井俊二で、タイトル通り、少女たちの過ごす時間の儚さと尊さを掬い取っている。メンバーへのインタビューはかなり踏み込んでおり、大島優子の「自分の中身が変わると、顔にも出るし、全てが変わると思うんですよ。足の指先から頭のてっぺんまで」「アートであるんだたら裸になってもいい」というそのパフォーマンスへの意識の高さを感じさせる発言や、各メンバーが、グループ卒業後や10年後も見据えた自身の夢を語るなど、自己啓発的な内容にもなっていた。

さらに、宮澤佐江がストレスによってできた10円ハゲを見せようとするなど、アイドルの負の側面が隠されることなく見せられた。この作品は大いに話題を呼び、音楽ドキュメンタリーとしては異例の興行収入5億円近いヒットとなった。この作品の後には、アイドルに限らず、バンドなどの音楽ドキュメンタリーが多く作られる流れが生まれるなど、内容面・興行面ともにエポックメイキングなものだったのだ。

翌年公開された第2弾『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』は、さらに負の側面を隠さない映画だった。2011年の彼女たちを追ったこの映画は、東日本大震災の犠牲者に黙祷を捧げる前田敦子が、その途中で過呼吸になってしまう姿をも映し出す。

さらに印象的なシーンは、総選挙を経て、センターに返り咲いた後の前田敦子のライブ中の姿である。MC中に前田が過呼吸になってしまい、それをメンバーが隠すように彼女を囲む。もう無理なのではないかと誰もが思う瞬間に、残酷にも『フライングゲット』のイントロが流れるが、その直後、笑顔で立つ前田敦子の姿がある―。気づいていない観客たちは大きな声援を浴びせる。自分がどんな状況でも〝アイドル〟をしなければならない残酷な側面が映し出される。

アイドルとは残酷ショーである―そんなことを感じさせる名シーンだ。

これまで、アイドルのドキュメンタリーと言えばメイキング的なものが大半で、裏側と言っても、ライブの合間のメンバーの談笑する様子などが映される程度だった。

だが、AKBのドキュメンタリーは、前田のシーンに象徴的なように、アイドルの負の側面を隠さず、徹底してメンバーたちのリアルに迫ろうとした。

総選挙で躍進した直後の指原莉乃のスキャンダルのときは、そのスキャンダルを受けてのHKTへの異動の様子まで映し出す徹底っぷりだ。これもまた、以前は隠されていたようなことをオープンにする事例のひとつである。

一時期だけ密着しアイドルとして出しても差し障りのなさそうな明るい部分だけを編集する映像ではなく、常にカメラを回し続け、アイドルらしからぬ負の部分も映し出す。

AKBの日々は1年に1度の総選挙に、楽曲ごとに入れ替わる選抜メンバーにと、毎日がサプライズの連続だ。それを映像としてまとめることで、毎日がショーであるという側面がより浮き彫りになる。存在自体がショーとしての特性をもつAKBのドキュメンタリー映画は、メイキングではなくリアリティショーになっていたのである。それは、ドキュメンタリーとリアリティショーの境をなくしたといっていい発明だったのだ。

メイキングからリアリティーある残酷ショーへ 不都合な裏側を見せる流れが加速した2010年代

2010年代はこの、負や裏側を見せる流れが加速した時代といっていいだろう。今までクローズドな状態にあったものが、どんどんとオープンにされていった。

AKBのドキュメンタリーは好評を博し、数年に渡って続編が作られ続け、姉妹グループにも派生した。乃木坂のものにいたっては『悲しみの忘れ方』というタイトルで、アイドルたちが既に悲しんでいる前提なのが斬新だ。

さらに2012年あたりから、AKB以外のグループにも、このような負の側面を見せるドキュメンタリーは波及していく。

後述するNizi Projectの前にJ.Y. Parkが手掛けていた韓国の男性グループ・2PMと2AMを追ったドキュメンタリー映画『Beyond the ONEDAY Story of 2PM & 2AM』では、1日10時間を週6日続けるレッスンなど、軍隊でやるような過酷な訓練の様子も映された。

2012年には『ジャニーズJr.の真実』(日本テレビ)というドキュメンタリー番組が放送された。当時のジャニーズ事務所は、基本的には舞台裏がわかるのはライブDVDに付属するメイキングくらいのものだったので、ジュニアとはいえドキュメンタリーとして裏側が明かされるのは画期的だった。

内容も衝撃的で、後にKing&Princeのメンバーとなる岩橋玄樹が、ライブ本番の合間に、テスト勉強をする努力の様子に加え、学校でいじめを受け不登校だったことを告白するなど、負の側面を明かすものだった。

〝負〟とひとことに書いてしまっているが、過呼吸やいじめ体験の告白はもちろん、ステージ上のキラキラとした姿を支える裏の努力なども負の部分に入るだろう。ジャニーズ事務所のアイドルは、これまでそうした部分をあまり明かしてこなかった。とはいえ、雑誌のインタビューやラジオ出演などでその一端が垣間見えることはあり、それらを2010年代をかけてかき集めたのが『ジャニーズは努力が9割』(新潮新書)という拙著である。

顔の良さにあまんじずに努力を重ねるアイドルたちを事例に、自己啓発書としても手にとってもらえるように書いたものだ。「自分も頑張ろうと思った」といった感想も多く届き、3万部を越えるロングセラーになったので、アイドルを自己啓発的に眺めるニーズがそれなりにあったということだろう。

2018年には『RIDE ON TIME』というドキュメンタリー番組が始動。ジャニーズ事務所に所属するタレント専門のドキュメンタリー番組で、ジュニアのみならず、V6やTOKIOらにも密着している。最初のシーズンでは、岩橋玄樹がパニック障害であることを告白。涙を流したり、メンバーと喧嘩するシーンも映し出された。ジャニーズ事務所では、堂本剛が、少し人気の落ち着いた2003年に10代の頃からパニック障害を患っていたことを告白したことがあったが、このようにドキュメンタリー番組の中でデビュー初年度のアイドルが告白し、その様子を映し出すのは異例のことだった。

その後、他のタレントも、休養の際にはパニック障害などの病名を告白するようになっていった。2007年頃から「これからのアイドルは偶像ではなく現実を見せていくべきだと思う」と折に触れて語っていた堂本剛の理想に、ついに現実が追いついた形とも言える。

かつてはメイキングとして扱われ、あくまでファン向けのDVDの特典映像のような付属品だったアイドルの裏側は、番組や映画として成立することもあるほど、それ単体でも価値を持つようになった。そして、内容面もより、アイドルたちの真に迫るような、すなわちリアルに迫るものが増えていった。ドキュメンタリー映画と称して、従来型のメイキング性の強い作品だと、逆に浮いて見えるほどに、負の部分を見せる流れが主流になっていく。

アイドルの負の部分、ときには残酷さも映し出す―それは、やはり〝残酷ショー〟と言っていいものだ。一方で、それらはメイキングとは違って、ファン以外が見ても心が動かされる物語のあるリアリティショーにもなっていた。

その中身は、アイドルを商品として売り出す側にとっては、不都合な裏側といってもいいものかもしれない。その裏側にはときに人間としての彼らが苦しむ姿まで含まれるからだ。それまで、他者に暴かれることはあっても、少なくとも自ら進んで公開するものではなかった類のものだ。

だが、その不都合な裏側が、アイドルの物語を強化することもある。不都合な裏側までもが公開され、リアリティショー化してドラマチックなものになることで、アイドルたちの商品としての魅力も増していくという現象が起きた。より人間味のある姿を晒すこと・リアルに近い姿を見せることで、皮肉にも商品としての価値が高まる構造になっていたのである。

こうして、2010年代をかけて、AKB以外のアイドルのドキュメンタリーも、リアリティーある残酷ショーへと変化していったのである。ちょうどそれは、日本でリアリティショー型のオーディション番組が盛り上がる2020年代への橋渡しになるような変化だったのだ。

結果より過程が盛り上がる『Nizi Project』で起きた変化

2010年代は、〝過程〟だけでも価値を持つことに気づき始めた時代だった。とはいえ、AKBの総選挙を筆頭に、〝過程〟が盛り上がることで〝結果〟も盛り上がるという相乗効果が生まれていた。2010年代後半になると、EXILEもAKBも一時の人気が落ち着いてくる。

本連載では2020年を〝サバ番元年〟としているが、その前夜からの盛り上がりを見てみよう。

2011年には少女時代とKARAが紅白歌合戦に出場するなど、2010年代はK-POPが日本でも自然に聞かれるようになった時代である。その中で、韓国のサバイバル番組『熱血男児』から誕生した、パク・ジニョン(J.Y. Park)プロデュースのグループ、2PMと2AMが日本でも人気を博すなど、韓国で盛り上がっていたサバイバル番組が徐々に日本でも馴染みのあるものになっていった。

サバイバル番組は韓国のチャンネルであるMnetなどで放送され、これらは日本でもスカパーなどと契約すれば見ることができた。2018年にはMnetとAKB48グループが共同で、『PRODUCE 48』という番組が始動。AKBメンバーもオーディションに参加し、日本と韓国のアイドル像の違いが浮き彫りになるなど話題に。そこから、宮脇咲良らをメンバーとした日韓共同のグループ・IZ*ONEが誕生する。

そして、2019年にはこの『PRODUCE 101』シリーズの日本版である『PRODUCE 101 JAPAN』(通称・日プ)が始動。この頃から韓国発のサバイバルオーディション番組が、日本版という形で輸入され、盛り上がりを見せるようになった。この『PRODUCE 101』シリーズは、国民プロデューサーによる国民投票という名の視聴者投票制度も取り入れられており、番組の過程で視聴者もより盛り上がれる仕組みである。また、Kep1erを生んだ韓国Mnetのプラネットシリーズは、視聴者をスタークリエイターと呼ぶなど、視聴者に“自分の手で作るスター”という感覚を与えることを制作側も意図しているという(『日経エンタテインメント』2025年9月号)。

こうして、韓国のサバ番そのもの及び、その日本版を受け入れる土壌が一部でできあがりつつあった2019年、その流れを確固たるものにしたと言ってもいい新たなオーディション企画が始動する。

Nizi Project(通称:虹プロ)は韓国のサバイバル番組で2PM/2AMやTWICE・Stray Kidsなどを生み出した芸能プロダクション・JYPと日本のソニーミュージックが共同で行ったオーディション企画だ。翌年の2020年のコロナ禍に『スッキリ!』で放送されたこともあり、一大社会現象と言ってもいい大きな盛り上がりを見せた。番組から生まれたNiziUのプレデビュー曲であり、オーディションでも使用された『Make you happy』は公開初日にMVがYouTube再生数1,000万回突破するなど異例の数字を叩き出した。デビューシングル『Step and a step』も女性アーティストとしては歴代2位の初週売上げだった。

しかし、その後、その勢いが持続し続けているかというと……。初期の盛り上がりが凄まじかった分、その後の楽曲の再生数などを見ても、伸び悩んだ感は否めない。あれだけブームとなった番組から生まれたグループとしては若干寂しいものがある。

リアリティショーとして番組が盛り上がるがゆえに、番組それだけで成立できてしまう。つまり、アーティストたちのその後の活躍という〝結果〟よりも、番組という〝過程〟のほうが盛り上がるという、逆転現象のようなことが起こってきたのである。従来のテレビを中心とした日本のオーディション番組とは違う様相を呈しており、新しい時代の幕開けである。

オーディション番組を〝自己啓発ショー〟にしたJYPとSKY-HI・ちゃんみな

虹プロをはじめとした新時代のオーディション番組は、なぜ、ときに〝結果〟を凌駕するほどに盛り上がるのだろうか? 

近年のオーディション番組の特徴は、かつてに比べて時間が長いことにある。テレビでダイジェスト版が流されることもあるが、基本的には配信で、テレビでしか放送できなかったかつてと比べても、たっぷりと時間を割くことができる。テレビ番組時代は50分弱の番組の中のワンコーナーを数回程度で合計数時間といったものがスタンダードだったが、配信時代は60分から90分程度のものが十数回あるので計十数時間に及ぶものも珍しくない。

その時間で描くものの差が盛り上がりの鍵になっている。では、長い時間を使って何を描いているのだろうか? 

ひとつは、参加者たちの成長の過程である。スキル面はもちろんのこと、たとえば10代の少年少女たちが、親元を離れて異国での合宿に参加し、人間的にも成長していく姿は胸を打つものがある。そして時間をかければかけるほど、過程を描けば描くほど、視聴者は結果に納得感を抱く。時間があればあるほど、そのオーディションは〝オープン〟になるのだ。

ふたつめに、審査員側の講評にも時間を割くことができる。そのため、審査員側にも注目が集まることになる。その最初の現象とも言えるのが、虹プロのJ.Y. Parkだ。J.Y. Parkは事務所の社長として成功した実業家でありながら、自身がソロアーティストでもある。「真実・誠実・謙虚」といった彼がオーディション中に掲げる言葉には、ベースに韓国社会に根付いている儒教の影響も見て取れる。その言葉は、参加者のスキル面だけではなく、人柄にも言及しており、これらは〝人柄審査〟と言ってもいいものだった。〝人柄審査〟の側面があることで、特に歌やダンスをやっているわけではない視聴者にも自分ごととして響くものに。

「人の見えないところを見えるようにすることが芸術です」

「短所がないことより、特別な長所が1つだけあることの方がもっと大切です」

「やりたくないことも長い間コツコツ続ければ、自分がやりたい仕事が一生できる」

「最下位になったとしても忘れなければいけないし、1位になったことも忘れなければいけません」

「自分自身と戦って、毎日自分に勝てる人が夢を叶えられます」

こういったJ.Y. Parkの言葉を仕事論や自己啓発本の言葉のように受け取る人や、彼を理想の上司として捉える人も生まれ、社会現象と呼ばれるようになっていった。その後、日本で発売された彼のベストアルバムには『J.Y. Park語録』が封入されていたほどである。

J.Y. Parkは餅ゴリという愛称でも呼ばれているが、審査員自身のキャラクターが立っており、言葉に重みや深みがあって審査員のキャラ・言葉自体も注目されるのは、成功するオーディション番組の特徴でもある。つまり、近年のオーディション番組は審査員の言葉と、それに呼応する参加者たちによる〝自己啓発ショー〟になっているのである。

もう少し他の例も見てみよう。

熱い言葉で鼓舞するスタンスなのは、2021年にオーディション企画『THE FIRST』を主催し、レーベル&マネジメント会社BMSGの社長を務めるSKY-HIだ。「さあ、世界で一番自由で大きな夢を見よう」と、一時のLDHにも通じる夢という言葉の使用や、自己啓発的なスローガンが特徴だ。

自費1億円を投じてオーディションを開始し、自身も審査員でありながら、参加者と共同生活して番組に登場。参加者に対して「君たちが挑むプロのアーティストは……」と数秒溜めたあとに「もう目の前にいます」と語って自分のラップを始めるSKY-HIのキャラクターそのものが、ドキュメンタリーとしての面白さを持っている。

SKY-HI(日高光啓)は、もともとジャニーズJr.で、その後男女混合のグループAAAとしてエイベックスからデビューした経歴を持ち、芸能界の中を幅広く、そして長く経験してきた。会社のスローガンにも「才能を殺さないために」といった言葉を掲げ、これまで自分が生きてきた芸能界へのアンチテーゼとしてのスタンスを貫いている。LDH的な夢語りに加えて、彼の行うオーディションという才能の発掘行為には、既存の芸能界への反逆的な意味があるのだ。

THE FIRSTやそこから生まれたBE:FIRSTが成功した理由を問われた日高は「今、すべては『表にばれる』時代だということが背景にあると思います」としている。ここでも、様々なことを隠そうとしても隠しきれない時代にあって、クローズドなものからオープンなものにしていくことの意義が垣間見える。

「嘘が通用しなくなった一方で、本気が尊ばれるようになった」とも語っており、一部の権力者によって作られた芸能界ではなく、本気の人間たちのリアルが求められる時代になっているということを、その鋭い嗅覚でかぎ取っているのだろう(SKY-HI(2023)『マネジメントのはなし』日経BP)。

さらに、〝自己啓発ショー〟としての新たな段階に踏み込んだのが、日高の事務所と提携し、女性ラッパーのちゃんみなに全権を委任する形で行われた『No No Girls』(通称:ノノガ)だ。

『No No Girls』というリアリティショー界の『ふぞろいの林檎たち』 

ノノガは、後述する、同じ2024年から2025年に配信されて話題になったタイプロと並んで新時代の幕開けといっていい内容になっている。

「身長、体重、年齢はいりません。ただ、あなたの声と人生を見せてください。」というメッセージのもと、芸能人を選ぶオーディションでありながら、身長・体重・年齢などの応募条件が一切ナシ。「No」を言われてきた人たちに参加を呼びかけた。

ちゃんみな自身が、負を見せるタイプのアーティストで、見た目や流れる血などを理由に、自身が否定された実体験を歌詞にすることもあり、そのスタイルを「ノンフィクション」として魅了されるファンもいるほどで、リアリティショーとの相性は抜群だ(NHK『クローズアップ現代 「私が社会を変える」Z世代を魅了する歌手“ちゃんみな”の闘い』2025年1月29日放送)。

ちゃんみなは、自身が実力をつけ曲をリリースしたのに、見た目のことばかりを言われた頃のことを「自分の命を捨てようと思うほどルッキズムに苦しめられていました」とも振り返っている(「武装」はがしたステージ ちゃんみなが体現したルッキズムへの抵抗)。

ノノガとは過去に自身が「No」を突きつけられたちゃんみなが主催したオーディションなのである。その志は強く、オーディション中にも体現され、ルックスという言葉を使っての直接的な言及がされず、〝いでたち〟といった内面をも内包するような言葉が使われる。

ノノガでは、ちゃんみなの参加者との対話が多く、参加者も自身が「No」を突きつけられた経験を語る。その様子は、まさに〝負を見せる〟の極地である。そして、参加者たちは、オリジナルの詞として自分たちの負を作品に昇華させていく。参加者の多くが自身の傷を見せることで、多くの人たちに、彼女たちそれぞれの物語が届いていく。

ちなみに「マイナスにこそ、その人の魅力がある」と語ったのは脚本家・山田太一である。

「ハキハキ元気でやる気満々でドシドシっていう人は 僕はあんまり面白くない。やっぱり言いたいことがあるけど言えないとかね、何かこう……そういう不自由を持っていること・それから取り返しがつかないことを抱えた人……マイナスを持っている人の方が面白いっていうのかな」

(2008年『NHKアーカイブス あの人に会いたい 山田太一』)

代表作でもあるドラマ『ふぞろいの林檎たち』では一部のキャストを〝容貌の不自由な人募集します〟という文言で公募し、登場人物たちのコンプレックスなどを丁寧に描き珠玉の物語に昇華させた。

リアリティショー界における『ふぞろいの林檎たち』―と言っては言いすぎかもしれないが、『No No Girls』も参加者の過去のコンプレックスなどを描くことで物語としての魅力を増幅させているのである。

『ふぞろいの林檎たち』パート1の最終回では、容貌の不自由な人の文言で募集された役柄である綾子(中島唱子)が、想いが通じたタイミングで実(柳沢慎吾)に「私のよさ、気がついてくれると思ってた。そういう、優しいとこ、ある人だと思ってた」と語るシーンがあるが、人のいいところを見つけるには、相応の優しさが必要である。その意味で、ちゃんみなは〝そういう優しいとこ、ある人〟なのだ。

では、その選考の過程はどのようなものだったのか。もう少しノノガの特徴を見ていこう。

簡単に言えば、〝落ちる人にも優しい〟のがノノガの特徴だ。

毎回の審査の発表ごとに、参加者全員に対するコメントがあり、その講評に多くの時間が割かれている。つまり、通過者だけではなく、そこで落ちる人間に対しても丁寧にコメントがされるのだ。結果発表を大々的にして、その悲喜こもごもで盛り上げようとするのが従来のオーディション番組だとすると、ちゃんみなの場合は、ひとりひとりに丁寧に向き合って、その奥に付随する形で審査結果がある、という印象だ。講評の最中に「次回のオーディションでも会いたい」と候補者の不安を払拭させ、番組の盛り上がりより優先させていることもある。落ちた候補者に対しても、「新学期でかわいい子を見つけたときの気持ち」といったバリエーションにとんだ言葉で紡がれる、肯定的で丁寧な説明があることによって、落としてもそれが相手への否定にならないのである。ちゃんみなが、落とした参加者たちを集めて「ある意味YESなんですよ」と語りかけるシーンすらある。

自身が、18回オーディションに落ちてきたり「かわいくないから」という理由で裏方を薦められたりしたといった経験を開示した上で、「どんな形でも絶対に咲くのよ、その花」と語りかける言葉は強い説得力を持つ。今回は選ばれなかったが、グループの毛色にあわなかっただけで他の場所での咲き方があるといったテイストで語りかける言葉は、視聴者の大半を占めるであろう、選ばれなかった経験・最初の場所で咲かなかった経験を持つ人間にも強く刺さるものだ。

他にも、審査の基準を「今日のパフォーマンスがどうこうじゃ無い」とするのも新鮮だ。オーディション番組と言えば、本番のパフォーマンスでミスをしてしまったりすれば、致命傷のように感じてしまうが、ノノガではそうではない。ちゃんみなはその基準をこう語る。

「みんな失敗したとか間違えたとか声が出なかったとかそういうところを気にしてるとは思うんだけど、実はそんなところ見ていない。この子がどういう自分になりたいのか・どれくらいの時間を費やしたか・自分とどういう会話したのか……そういうところを実は見てる」

その日のパフォーマンスだけに着目して相手を否定するのではなく、候補者がそれまでに積み上げてきた人生そのものや、描いている未来像を審査対象にする。今だけではなく、過去と未来のその人も審査する。〝人格審査〟の最終進化形態と言ってもいいだろう。これは、芸能人を選ぶオーディションでありながら、商品としてではなく、人間として対峙している証拠でもある。

候補者のCHIKAに叱責するシーンは「いい加減にしろ」と叱責こそするものの、そのあとには「自信のない感じはもうここまでだよ。過去のCHIKAを称えて欲しいんです。(中略)中指立てちゃだめ、自分の過去に」という言葉が続く。

未来の努力を促すだけではなく、その人の過去を丸ごと肯定する。参加者たちが自分の過去を抱きしめた上で未来を見つめる、新しい形の自己啓発になっているのである。

こうして、2010年代に作られたアイドルを自己啓発的に見る土壌の上に、2020年代にはオーディション番組が〝自己啓発ショー化〟し、人気を博していった。そして、その啓発も単にスキルの上達を目的としたものではなく、人格審査に始まり、大げさに言えば人間そのもの・人生そのものを対象としたものに変化していったのである。

〝推し文化〟と相性のよかった〝殻を破る〟オーディション番組

この2020年代のオーディション番組の〝自己啓発ショー化〟とその勢いを語る上で、見逃せないのが〝推し文化〟との相性の良さである。

〝推し〟とは自分が応援する対象を指し示す言葉だ。

2010年代にはAKBオタクの間で〝推しメン〟といった表現で使用されていたが、小説『推し、燃ゆ』が芥川賞を受賞した2021年あたりから急拡大。アイドル・アーティストのみならず、ときにカフェなど、人間以外にも使用されるようになった。

〝オタク〟がどちらかと言えば秘められた印象の言葉であるのに対し、〝推し〟という言葉は、カジュアルでオープンである。近年では、会社の自己紹介などで自分の〝推し〟を表明する人もいる。僕自身、大企業の人事部主催の〝推し〟を表明しながら語り合う企業内交流会にゲストとして招かれたようなこともあった。

〝推し〟とは近年、自分を構成する要素であり、さらに対外的にも表明する、重要なアイデンティティのひとつなのである。

表明しているがゆえに、自分の〝推し〟に何かがあると、周囲に心配されたり、喜ばれたりするという体験のある人も多いだろう。

つまり、近年の感覚で言えば、〝推し〟と、それを〝推す自分〟は重なっている。その状態において、推しの失敗は自分の失敗でもあるので、不倫をされたりしたら自分も困る。逆に言えば、推しの成功は自分の成功でもあるのだ。だからこそ、売れて欲しいという思いもより強くなったりする。

そして、オーディション番組の参加者を〝推し〟にする人はもちろん多い。番組が始まると、視聴者たちはSNS上で自分の〝推し〟参加者は誰なのかを表明したりする。

2010年代に出来上がったアイドルを自己啓発的に見る流れと、2020年代の〝自己啓発ショー〟となったオーディション番組の上で、視聴者は自分の〝推し〟参加者を、自分と重ねながら、自己啓発的に眺めることになる。

オーディション番組は、過程をしっかりと描き、わかりやすく〝推し〟の成長を抽出してくれるコンテンツである。数ヶ月にわたって、努力し、成長する推しの姿を編集して見せてくれる格好の〝自己啓発教材〟なのだ。

『PRODUCE 101 JAPAN THE GIRLS』(通称・日プ女子)の韓国の総合演出担当は、視聴者の熱量の要因をこう分析する。

「練習生になったつもりで一緒に努力し、一緒に悲しみ、一緒に喜ぶことで、練習生が自分事のように感じられたと思います。その過程が増えれば増えるほどもっといろんな感情も芽生え、深まり、どんどんハマっていく。応援しながら、同時に自分自身を応援するのかもしれないですね」

(『日経エンタテインメント』2024年5月号)

視聴者が番組を見ることで「練習生になったつもり」になり「自分自身を応援する」ことになっているとは、まさに〝推し〟文化的なものとの相性のよさを表している。「(視聴者が)本当は夢に向き合いたい自分自身を見つける」とも語っており、オーディション番組は〝推しに自分の代わりに夢を叶えてもらうコンテンツ〟という見方もできる。

練習生はデビューが決まれば、一夜にして人生が変わるようなことが起きる。その姿が熱狂を呼ぶのは、視聴者の中にも「人生を一発逆転したい」という潜在意識があることの裏返しなのかもしれない。

さて、近年のオーディション番組内の流行語と言ってもいい言葉がある。それが〝殻を破る〟だ。

後述する『timelesz project -AUDITION-』では審査員の菊池風磨が候補者に向かって「殻破れよ!」と煽る姿が話題になったが、『No No Girls』で、ちゃんみなも候補者に向かって「殻の破れる音がした」という言葉を使って称賛している。

表現は違えど、オーディション番組を通じて見ることができるのは、参加者が自分の殻を破る瞬間である。視聴者も、殻が破れるカタルシスを欲して観ている。総じて「人は変わることができる」と感じられる、〝自己啓発ショー〟になっているのである。

また、〝殻を破る〟というのは他者との比較ではなく、過去の自分との比較において起こる行為である。

サバイバル番組というと他者との競争に重きを置くイメージがあるが、2024年から2025年にかけて配信されたこの2つの番組は、他者との比較というより、自分がいかに殻を破れるかに重きを置いている印象だ。「タイプロはサバイバル番組とは違う」とtimeleszの松島聡も断言している(文化放送『timeleszのQrzone』2025年9月29日放送)通り、サバイバルという言葉とは遠いところにあるのがこの2つの番組の特徴なのだ。韓国から輸入されたサバイバル番組が盛り上がった土壌の上で、また少し違った毛色の、日本なりのオーディション番組が確立したと言ってもいいだろう。それは競争や蹴落としあいが苦手な視聴者にもより見やすい、優しいものでもある。

また、オーディションを通してtimeleszメンバーに選ばれた寺西拓人は「俺もなにか挑戦してみようかな、とか思ってもらえるようなコンテンツだったんじゃないか」(文化放送『timeleszのQrzone』2025年9月29日放送)と視聴者への〝効用〟を分析している通り、自分も殻を破りたいという思いが芽生えた視聴者も多いことだろう。

ただ、意地悪な見方をすれば、〝推し文化〟と重なることで、インスタントな高揚感を与えてしまう面も否めない。

2010年代に築かれたアイドルを自己啓発的に見る土壌。そして2020年代になり〝推し〟という言葉が流行し始めた。自分と〝推し〟を重ねて捉えて応援する人にとって〝推し〟の成長は自分の成長でもある。視聴者自身が殻を破ることができなくても、参加者が殻を破っている姿を見れば、高揚感を得ることができるし、なんなら自身が殻を破ったように錯覚できる人もいるかもしれない。参加者が夢をめがけて成長していくオーディション番組は、〝見るだけで成長した気になれるコンテンツ〟としても消費されていくのである。

男性グループがジャニーズに対抗する唯一の手段としてのリアリティショー

結果重視ではなく、過程をじっくり見せる近年のリアリティショーのかたちがもたらしたもの――それは、選ばれなかった参加者も人気が出るという構造だ。結果が出るまでが丁寧に描写されることにより、その間に参加者に自分を重ね、〝推す〟ことを決めたファンは、仮に〝推し〟が合格しなくても応援を続けることも多々ある。〝敗者の物語〟の続きを視聴者が欲するのである。

THE FIRSTではBE:FIRSTに選ばれなかったメンバーも日高の事務所BMSGに所属し、その後ソロや別グループでデビューした例も。タイプロでも、候補者たちがホリプロなど別事務所所属となってユニットを作ってデビューするなど、選ばれなかった者同士で結成されたグループなども多く、ひとつのオーディション番組につき、2つ3つグループができることも珍しくないのだ。オーディション番組の盛り上がりとともに、「ボーイズボーカルダンスグループは戦国時代」と呼ばれる状況に突入している。

日本のボーイズボーカルダンスグループ市場はジャニーズ事務所が開拓し、そして長らくその独壇場だったと言っていい。1962年に創業され、75年に法人化された事務所だが、特に90年代以降のその存在感は強烈だ。もとは数年だけ活動して解散するというのが標準だったのが、25年続いたSMAPを筆頭に活動期間も大幅に延びた。さらに、ジャニーズ事務所が、その存在をより独自のものとしたのは、ジャニーズJr.という制度だ。もともとは先輩タレントのバックダンサーとして踊る研修生のような扱いだったが、90年代以降、ジュニア単体でもコンサートを行ったり、冠番組を持ったりと人気を博すように。CDは出さずともジュニアの中からグループを組ませることもあり、たとえば、KinKiKidsもKAT-TUNも結成から約5年をジュニアとして過ごしている。ジュニアの期間にも人気が熟成され、CDデビューとともに爆発する仕組みだ。KinKiKidsはデビューから11曲連続でミリオン超え(出荷枚数)するなどしてギネス記録に、KAT-TUNはデビュー時にシングル・アルバム・DVDの3部門同時1位、その後東京ドームの連続公演記録8日間など、日本の歴代記録を塗り替えており、そのデビュー時の爆発の凄まじさがうかがえる。

一方、2026年現在、ボーイズボーカルダンスグループ市場には、LAPONE(韓国のCJ ENMと吉本興業の合弁会社)のJO1やINI、BMSGのBE:FIRSTといった、ジャニーズ事務所からタレントが移籍したSTARTO ENTERTAINMENT以外の芸能事務所のグループも存在感を強めている。これらのグループは皆、リアリティショーきっかけで結成されたグループである。

2022年にJO1とBE:FIRST が紅白歌合戦に初出場し、その後、2023年・2024年と、紅白歌合戦へのジャニーズグループの出場がなくなった2年間は、彼らに加えK-POP勢がその枠を埋めてきた。

また、前述したように、Stray KidsなどのK-POP勢も、韓国でサバイバル番組を放映しており、それをMnetなど様々な手法で視聴した日本のファンがデビュー時から応援しているというケースも多い。K-POP勢以外の出身オーディション番組も配信が中心で、民放テレビでずっと流れていたわけではないものが多いが、それでもこの勢いなのだ。

もちろん、オーディション番組出身者以外で人気を博する例もあるが、エイベックスが擁するDa-iCEは13年、スターダストプロモーションのM!LKは11年の時間が、結成から紅白歌合戦初出場までにかかっている。今や、ジャニーズ系以外の男性グループが、デビューとともに人気に火をつけるためにはリアリティショーを経由することが唯一の手段と言ってもいい状況なのだ。つまり、ジャニーズ以外の事務所にとっては、ボーイズグループを通して一発逆転するための手段がリアリティショーであるとも言える。

一方のジャニーズ事務所は2024年までリアリティショーを作ってこなかった。だが、逆の言い方をすれば、もともとのジャニーズJr.という制度自体が、リアリティショー的だったと言ってもいい。本人もファンもデビューできるかわからない状況の中で長い時間を過ごす。もちろん、番組が作られたりするわけではないが、ファンたちはジュニアの立ち位置などから、誰がデビューに近い状況なのかを想像する。特にネットの普及していない時代は今よりも格段に少ない情報から、彼らの物語を想像し、補完していた。それは、長い長い、そしていつ終わるかも、ハッピーエンドなのかバッドエンドなのかもわからない、究極のリアリティショーだったのだ。

ちなみに、このジャニーズが提供する〝リアリティショー〟は、いきなりスキルで惹きつけるというよりも、ストーリーで魅せていくタイプのものである。

嵐の二宮和也はこう表現している。

「何もできない少年たちがデビューするっていうのがけっこう定番だったんですよ(中略)まだウブっぽい子たちがどんどん垢抜けていくっていうストーリーを女の子たちが応援する」(TOKYOFM『川島明そもそもの話』2024年4月20日放送)

スキルではなく、ストーリーを提供することでジャニーズのグループは大きくなっていったのだ。

ブラックボックスからの大転換『timelesz project』

ジャニーズJr.は実はその存在そのものが究極のリアリティショーだった―とはいえ、残念ながら最大のクライマックスである、デビューを告げられる瞬間というのは、これまで公開されてこなかった。それどころか、嵐の相葉雅紀のように、パスポートを持っているか聞かれ「はい」と答えて、完全には状況を把握できないままハワイに行ったらデビュー会見だったといったような例まである(日本テレビ『月曜から夜ふかし』2014年11月10日放送)。そう、デビューに際する決定やプロセスはずっとブラックボックスの中にあった。デビューするタレントを選ぶプロセスというのは、生前はジャニー喜多川の手によって行われていた。スタッフや本人たちも直前、場合によっては当日まで知らされていない、究極のクローズド空間だ。いわばジャニー喜多川の聖域だったとも言える。

単純にその当時のジュニアの人気上位のメンバーだけでグループが結成されてデビューするわけでもないため、想像を越えてくる――という楽しみ方もできたのだが、一方で性加害問題が大々的に報じられたタイミングには「ジャニー喜多川のお気に入りで、被害に耐えたからデビューできたのでは」といった下世話な推測を誘発することにもなってしまっていた。

そんなデビューに関するブラックボックスからの大転換をはかったのが『timelesz project -AUDITION-』(通称:タイプロ)だ。Sexy Zoneが2024年のメンバーの脱退を期に、timeleszと改名。増員して活動を続けることを決めたメンバーの3人(菊池風磨・佐藤勝利・松島聡)が企画し、主導したオーディション企画である。

2011年にデビューしたSexy Zoneは帝国劇場で結成会見をしている。オーディション企画までの13年の間、地上波テレビでのレギュラー冠番組はゼロで、テレビ売れというよりも、特に初期は、劇場を中心として、ジャニー喜多川の理想とするショーの世界を体現してきたグループだった。

これまで、ジャニーズのオーディション番組というのは存在したことがなかった。テレビ番組内のいち企画としてジャニーズJr.のオーディションを放送したことはあり、その代表例は後にV6となる岡田准一を輩出した『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』のコーナー『ジャニーズ予備校』や、Hey! Say! JUMPの山田涼介やSnow Manの阿部亮平・深澤辰哉の入所のきっかけとなったテレビ東京系『Ya-Ya-yah』の公開オーディションだ。ちなみに後者は、実は筆者自身もオーディション生として参加したのだが、丸1日行われたオーディションも放送の分数にすると数分だったことがとても衝撃的だった。つまり、過程をしっかりと描くようなタイプのものではなかったのだ。

だが、これらはジャニーズJr.を選ぶオーディションであり、デビューするタレントを選ぶものではない。ジャニー喜多川自身がプロデューサーに徹して、自らが前に出ることを嫌っていたし、当然のことながら〝ジャニー喜多川の聖域〟を公開し、番組企画にすることなどあり得なかったのだ。

タイプロが行われた2024年の時点で死後5年が経っていたが、デビュータレント全員がジャニー喜多川の目を通った人物であったし、デビュー前のジュニアのグループでさえ、メンバー編成などは手つかずでそのまま残されていたくらい、聖域には誰も踏み入れてこなかった。

だからこそ、デビューメンバーをいきなり公募し、ジュニア以外の外からの加入も認めるということは、創業者であるジャニー喜多川への反逆と言ってもいい行為なのである。この前代未聞の試みが発表されると、賛否両論、特に旧来からの事務所のファンからは否の声が多く、中には「他の血を入れるな」といった過激な意見もあった。

だが、配信が始まってみると、事務所のファン以外も多く流入して見るように。これまで、テレビなどを通してジャニーズタレントの活躍という〝結果〟には馴染んでいたライトな層にも、ジャニーズタレントができるまでの〝過程〟を濃厚に見せる貴重なコンテンツとなった。

それは結果的に、前年にその名前まで奪われるほど地に落ちてしまった〝ジャニーズ事務所の再ブランディング〟になったと言ってもいいものだった。中身を具体的に見てみよう。

例えば、三次審査で会場に現れたSUPER EIGHT(旧・関ジャニ∞)の大倉忠義は「ひとりも入ってほしくないです」と36人の候補者たちを一蹴。「(お客さんが)幸せになってもらうためにはどうすればいいのかっていうのは我々は結構10代とか小学生の頃からやってきてること」と発言し、いかに〝ジャニーズタレント〟のハードルが高く、一朝一夕ではできあがらないものなのかを視聴者にも知らしめた。

また、timeleszのオリジナルメンバーが、候補者への指導の際に珍しく感情を露わにして叱責する様子からは、どれだけ真剣にエンタテインメントに向き合っているかという彼らの精神性もダイレクトに伝わってくる。例えば

「見えてない所での努力がちゃんとパフォーマンスにも表れるし。ファンをナメてもらっちゃ困ります」(松島聡)

「どこに照準合わせてやってる?オーディション受かること?そこじゃねえんだよな。売れてえんじゃねえの?俺は死ぬほど売れたい」(菊池風磨)

といったようなものだ。

普段はあまり言葉にすることのないことはもちろん、「ファンが大事」「売れたい」「デビューは通過点」といった、普段の雑誌のインタビューなどで語ったりしているような言葉も、こうして候補生への叱責というかたちの映像になると、よりリアルなもの・立体的なものとして浮かび上がるのである。

つまり、この番組を見ることで、現役のタレントまで含めた「ジャニーズとは何か」がよりわかっていくような構造になっていたのだ。〝ジャニーズ事務所〟がなくなった世界の中で、「ジャニーズとは何なのか」が炙り出たのである。

得意の〝ショー〟を駆使したtimeleszの一発逆転劇

佐藤勝利は、オーディション曲のテーマに〝事務所の伝統〟を掲げた。伝統と言うからには、明示こそされないものの〝ジャニーズ事務所の〟伝統ということだろう。この時点で彼らの移籍先となったSTARTOは始動して約半年。この時期に〝事務所の伝統〟と口にすることすら、勇気のいる行為だったはずだ。騒動の時点では事務所に関連するものに対して「全てをなくせ」といった乱暴な意見も相応の支持を得るような状況だったからだ。

さらに、この曲のレッスンには、堂本光一も立ち会った。

光一は『EndlessSHOCK』という、もともとはジャニー喜多川が作・演出を担っていたミュージカルのシリーズに約25年間主演し続け、日本の演劇の最多単独主演記録を保持している。事務所の伝統を背負い、引き継いできたタレントの代表格と言っていい。

テレビのバラエティといった〝芸能界〟的な部分だけではなく、ジャニーズ事務所の本分である、ミュージカルをはじめとしたステージでの〝芸事〟を極めることをしてきた堂本光一に、〝事務所の伝統〟を引き継ぐオーディション曲に立ち会ってもらうことには、相当な意味があることだ。奇しくも、このときの曲名は『革命のDancin’ night』。

タイプロとは〝事務所の伝統を引き継ぎながら革命をしている〟という一瞬矛盾することを一夜にしてやってのけた、彼らの華麗な舞いだったのである。

さらに最終審査には木村拓哉までやってきて、「今のこの状態の自分達のプロダクションに対する色んな偏見とかもあるとは思うけど、そこによく意識を向けてくれたなって思う」として受けている候補生に感謝を述べた。木村拓哉ほどのキャリアを持つ人物の謙虚さに衝撃を受けるとともに、彼らが受けた偏見に対する悔しさも滲みながら、事務所の再生の光を感じさせる名シーンとなった。

こうして、事務所の先輩タレントたちも総出で協力したこのタイプロは、大成功コンテンツとなった。最終審査は客を入れて行われ、司会は櫻井翔という、『ザ・クイズショウ』をも彷彿とさせる、事務所の中でもリアリティショーみがある人選だった。

結果発表で、視聴者はジャニーズ時代から含めた半世紀超の歴史の中で初めて〝デビューを告げられたタレントの顔〟を見ることになる。

最終的に5名の新メンバーが選ばれ、そのうち3名は事務所の外からの加入だった。菊池風磨は「このオーディション期間って俺にとってジュニア期間と被る」(timelesz project -AUDITION- Special Edition「軌跡」)と語っており、このオーディションは濃縮されたジュニア期間とも言える内容である。この3人は、〝ジャニーズJr.というリアリティショー〟を通らなかった代わりにタイプロというリアリティショーを経由してデビューを果たした3人と言ってもいいだろう。

事務所内から選ばれた2名は、寺西拓人と原嘉孝だが、彼らは、およそ15年という長い間、事務所に所属しながらもデビューの機会を得られなかった、いわば〝ジャニー喜多川が選ばなかった〟2人である。

菊池風磨は、合格者を発表した際の選評で「なんでテラ(寺西)が、こんなにかっこいいのにもっとスポットライトを浴びないんだろう、という悔しさもありました」と自身のジュニア時代の、同期である寺西を見ての葛藤を振り返っている。同じ事務所の中にいても、選ばれる者と選ばれない者がいる。その選抜の理由は、本人たちですらわからない部分がある。しかし、当時は選ばれなかった寺西を、菊池たちは選んだ。これは、ジャニー喜多川への反逆と言ってもいい行為である。改めて、timeleszは聖域に立ち入ったのだと感じる瞬間だった。

さらにはこの番組という〝過程〟だけではなく、新生timeleszという〝結果〟も大成功。アルバムの初週売上は61.9万枚と、新メンバー加入前の自己ベスト・18.6万枚の約3倍以上の数字を記録。1年間の間にドーム公演も行い、4つのキー局で冠番組が生まれるという大躍進を果たした。タイプロは、3人になってグループを閉じる選択肢までよぎったというtimeleszが、一発逆転を成し遂げる機会となったのである。

そして、このタイプロとtimeleszの人気により、事務所全体のイメージは刷新。その他のグループもレギュラーの冠番組を持ち、所属タレントがドラマや映画で重要な役どころで活躍する状態に戻り、2025年にはだいぶ事務所問題は忘れ去られたかのような状況になった。

タイプロとは、内部からの革命であり、結果的にジャニーズ事務所の〝制度を破壊し、魂を守る〟ものとなったのである。timeleszが新たな自分になるために自らの手で開催したショーは世を熱狂させた。2023年に「ジャニーズ事務所をなくせ」と合唱していた大衆たちは、1年後には実は〝ジャニーズ事務所の真髄〟に熱狂していたのである。

ちなみに『SHOCK』はもともと公式に『ショー・劇』『SHOW劇』などと喧伝されていた。事務所の原点もショーにある。ショーの事務所の血を引き、帝国劇場で生まれた彼らは、物語性のあるショーは得意とするところなのだ。

ジャニーズという名前さえ奪われた彼らの、魂を守るための身を挺した抵抗――それを、彼らは自分たちの原点であり得意とする〝ショー〟という形式でやってのけたのかもしれない。

(次回へつづく)

 第5回
リアリティショー化する社会

いま世界中でさまざまなヒットコンテンツが生まれている「リアリティーショー」。恋愛、オーディション、金融、職業体験など、そのジャンルは多岐にわたり、出演者や視聴者層の年齢も20代のみならず50代・60代以上にも開かれつつある。なぜいまリアリティショーが人々に求められているのか。芸能コンテンツの批評やウェブメディアの運営を行ってきた著者が代表的な番組を取り上げながら、21世紀のメディアの変遷を読み解く。

プロフィール

霜田明寛

しもだ あきひろ

エンタメライター、編集者。1985年生まれ、東京都出身。早稲田大学商学部卒業。9歳でSMAPに憧れ、18歳でジャニーズJr.オーディションを受けた「元祖ジャニオタ男子」。大学在学中に執筆活動をはじめ、3冊の就活・キャリア関連の著書を出版した後、タレントの仕事哲学とジャニー喜多川の人材育成術をまとめた4作目の著書『ジャニーズは努力が9割』(新潮新書・2019)を発売。3万部突破のロングセラーとなり、今も版を重ねている。カルチャーWEBマガジン「チェリー」の編集長を務めるなど、エンターテインメント全般に造詣が深く、テレビ・ラジオをはじめ多くのメディアに出演・寄稿している。また、音声配信サービス・Voicyでの自身の番組『シモダフルデイズ』は累計再生回数250万回・再生時間 20 万時間を突破し、人気パーソナリティとしても活躍中。近刊に『夢物語は終わらない ~影と光の”ジャニーズ”論~』(文藝春秋)。

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一発逆転のための自己啓発―アイドル・オーディション番組からサバイバル番組へ

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