「それから」の大阪 第1回

天満あたりから歩き始める

スズキナオ
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2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

 

生まれ育った東京を離れ、私が大阪へ引っ越してきたのは2014年の夏のことだった。東京にいた頃はIT広告関連の会社に勤めていて、上司に怒られたり呆れられたりしてばかりの平社員として、それでもなんとか会社にしがみつくようにして生活していた。しかし、30代半ばとなってくると、会社から求められるものも徐々に大きくなってくる。マニュアルを作成して業務の効率化に取り組んだり、グループ長として後輩たちを束ねたり……。会社勤めをしていく以上、どれも当然の課題なのかもしれないが、私にとっては苦手なことばかりで、まったくうまくいかない。上司に叱られるのにはすっかり慣れていたが、入社してきたばかりの新人たちから「ははーん、この人、さては無能だな?」とすぐに見抜かれ、白い目で見られるのは精神的にこたえるものがあった。

仕事や会社に愛着を持つこともできていなかったし、10年先に自分が同じ場所でイキイキと働いているということもまったくイメージできなかった。技術の進歩や流行の移り変わりによって激しく変化していくIT業界のことだし、会社の人員削減リストにいつ載せられないとも限らない。

そんな風に、今後の仕事に対して漠然とした不安を抱き続けている日々だった。そこに持ち上がったのが、生活の拠点を大阪に移そうかという話だ。私の妻は大阪出身なのだが、高齢になった義母が実家の稼業の後継者を求めているという。ちょうど我が家に子どもが生まれたタイミングでもあった。

妻にとってみれば、明らかに将来性に乏しい夫の仕事に一家の命運を預けるより、自分がとりあえず安定した職を手にして大阪の実家近くで生活をしていく方が確実に思えたのだろう。こういう時、「そこまで考えさせてしまってごめん!俺、もっと頑張るよ」とか「キャリアアップして転職も視野に入れていくようにする!」などと考える人もいるのだろうけど、私は「なるほど。そっちの方が食いっぱぐれる心配が減るね。それがいいかも!」とすぐに賛成した。

もちろん、住み慣れた東京を離れるのは自分としても簡単なことではなかったが、馴染みのない場所で新しい生活を始めるというのも刺激的でいいじゃないか。また、転居を機に、これまで副業として小遣い稼ぎ程度に続けてきたライター業に本腰を入れてみたいという気持ちもあった。

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第2回 
「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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