台灣無事行 イントロ ~路上の声から考える~ 第四回

牡丹社事件と清末の偉人たち

前川仁之

石門古戦場にて

牡丹郷の入り口。

 墓地から県道にもどり、山間部へと自転車を走らせる。旧日本軍が海外デビュー戦で通った道だと思うと、自然と脳裏に戦場マップが展開される。ゆるゆると上ってはいるがまだまだ見晴らしのきく盆地がつづく。これなら戦いやすいだろう、と思っているとやがて道は四重渓の青い流れに沿うようにカーブし、山に入っていった。あたりは温泉地らしい。両側の山々はまだらに地肌を見せ、密林ではない。

 勾配を強めた道の両側に紅色のツツジが群れ咲く。道は二つの急峻な山がつくるⅤ字のつけねにすいこまれてゆく。

 そこが石門古戦場だった。石門とはよく言ったもので、だれかが「開けゴマ」ととなえて開けたかのように、二つの山がほどよい幅の隘路を作っている。1874年5月22日、両側の岩山に牡丹社とクスクス社の戦士たちが布陣し、攻め上ってくる日本軍を弓矢や投石で迎え撃った。3月上旬の風の強い日でも汗だくなのだから、はじめての熱帯で5月となると、日本軍兵士はまず暑気に苦しめられたことだろう。

 数字だけを記すと、この日の決戦で牡丹社側は頭目のアルク父子を含む16名が戦死。対する日本軍は戦死6名に戦傷者20名。加えて、案内役の漢人が流れ弾を受けて亡くなった。痛み分けだ。日本軍はいったん退き、10日後に今度は軍を三手に分けて攻め入り、集落を焼き払うのだが、現地の石碑に刻まれた説明文によると「日本軍は山地に隠れた原住民族を完全に追撃することはできなかった」のだ。

 最終的には和議が成立し、原住民側は殺害した宮古島民の頭骨を返還することに同意した。その後清国政府とも、イギリス公使を仲介にして交渉が行われ、清は日本の行動が「民を護るための義挙である」と認め非難しないこと、被害にあった宮古島民の家族に見舞金を支払うこと、再びこのような事件がないよう努力すること、を約束した。

 つまり、琉球は大日本帝国の保護下にあると間接的に認めた形になる。琉球の独立はここから急速に奪われていき、1879年の琉球処分へと至るのだ。牡丹社事件とはそういうできごとで、ルーツの半分を沖縄に持つ私としてはぜひその舞台を訪れたかった。

 石門古戦場跡はきれいに整備されていた。散策歩道が1.55キロにわたってひらかれている。石門に対峙する小山の頂へ続く急な階段があり、のぼりきると青空を指さすように巨大な石碑が建っていた。「西郷都督遺蹟記念碑」だ。日本統治時代の1935年に総督府が建立したものだ。同時に設置された「戦士病没忠魂碑」は戦後破壊され、「西郷都督遺蹟記念碑」も国民党向けに文字が書き換えられたりしたが、2020年に元の形に復元されたと説明がある。

2020年に復元された西郷都督遺蹟記念碑。

 石門を入口とする牡丹郷方面と、私(と昔の日本軍)が走ってきた盆地方面と、双方が見晴らせる一等地だ。日本国民である私はしかし、帝国期の「日本人」が、こんないいところに、自分たちを讃える記念碑を設置していたことに反感を抱く。ここから始まる近代日本のおびただしい対外戦の記憶がうずく。そしてその一連の戦争の最後の局面に当たる沖縄戦で指揮をとった牛島満らを祀る「黎明之塔」が、摩文仁の丘でもいちばん高く眺めのいいところに置かれていたことを、軽い筋肉痛の両脚が思い出させる。

 いわゆる祖国のしでかしてきたことを想うとげんなりさせられるが、現地の人々の観点を代弁する説明書きや展示が興味深い。県道に戻って石門を抜けると、道に沿って色鮮やかな歴史絵巻が描かれ、牡丹社事件の顛末を伝えている。古戦場付近にはいくつもの史跡スポットがあるが、だいたいどこの説明文でも、中国語とパイワン語(ローマ‐アルファベット表記)が併記され、日本軍と戦った先祖をたたえている。

「時代がどれだけ変化しようと、ただ一つ変わらないのは、当地の勇敢なパイワン族の、家族を守る固い決心と、侵略に対して命をかけて抵抗した不朽の精神である」といった具合だ。そして日本の行動については、宮古島民遭難事件を「口実」にしたと忖度なしに公正に、記している。

 なお、石門はパイワン族の言葉でMacacukesと呼び、その意味は「相互に支えあう」だそうだ。これまた写実的な名であるとともに、アナキズムの強制なき規範たる「相互扶助」みたいで、国家推しの気配ゼロのパイワン族視点の歴史記述にぴったりに思える。

次ページ 語り継がれる牡丹社事件
1 2 3 4
 第三回
台灣無事行 イントロ ~路上の声から考える~

平和を実践するためにスペイン、韓国など世界の大地に自転車を走らせ、亡命者や難民との邂逅を通して思考をめぐらし続ける──。 ノンフィクション作家の前川仁之氏は『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』など、他者との共生と平和の希求をテーマに、独自の世界観を持つ作品を発表してきた。 前川さんが今回赴いたのは、台湾。台湾有事が叫ばれる今、この島の人々は何を思い、暮らしているのだろうか。自らのルーツでもある琉球弧をつたい、台湾の路上の人々の声を集め、その無事の未来を考える短期連載。

関連書籍

プロフィール

前川仁之

まえかわ さねゆき

ノンフィクション作家。1982年、大阪府生まれ。埼玉育ち。東京大学教養学部(理科Ⅰ類)中退。人形劇団員、警備員等を経て、立教大学異文化コミュニケーション学科卒。2014年、スペインの音楽家アントニオ・ホセの故郷を訪ねてその生涯を辿った作品で開高健ノンフィクション賞の最終候補となる。著書に、亡命者や難民の境遇を追った『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』(小学館)、『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)、『浄土真宗「道場」の四季 北陸・福井に残る真宗信仰の古層』(宗教問題)などがある。

プラスをSNSでも
Instagram, Youtube, Facebook, X.com

牡丹社事件と清末の偉人たち

集英社新書 Instagram 集英社新書Youtube公式チャンネル 集英社新書 Facebook 集英社新書公式X