私は昨年の米大統領選挙では、今まで以上に民主党のハリス候補の当選を願っていた。4年前のトランプ陣営による連邦議会襲撃事件が、未だ生々しく脳裏に焼き付いていたからだだろう。常識の人と異常の人の闘いとも見えていた。
しかし、選挙後に、民主党の現状やハリス候補の主張を検証していくと、今回の選挙が米国、あるいは先進諸国に共通な大きな流れに沿っているように見えてくる。
いったい、米国第一主義と国際協調主義という対立図式が、今日の米国の選挙で通用するだろうか。国際協調は、どこの国でも自国の第一主義に準ずるものだ。
私が特にハリスに期待したのは、ウクライナへの支援の強化であった。バイデン時代、2023年の反転攻勢にも国が思い切った支援ができなかったのは、やはり共和党のブッシュ政権時代のイラク戦争などでの大浪費にある。米国のある大学での研究では、イラク戦争とその後始末に8兆ドルも浪費したとの試算もある。かつての共和党政権の失敗が、ウクライナへの中途半端な支援をやむを得ないものとした。むしろ、そこを厳しく指摘するべきだったろう。
ハリス候補は「中間層支援」を高く掲げていた。しかし、もっとものようだが、これが緊急を要する不法移民対策や生活苦対策に直結するものとは受け取れないだろう。かつての強固な中間層が一朝一夕に復活するものでもない。こんな主張の鈍さによって多くの低所得者が背中を向けてしまったに違いない。
当然のことだが、強硬な不法移民対策を最も望んでいるのは正規の手続きを踏んだ移民だろう。不法移民をそのまま放置すれば、今まで民主党を支持していた少数民族や移民が離れていくのも無理はない。
地球温暖化対策、マイノリティ、中絶問題などの主張が、ともすれば「リベラルの専売特許」のように受け取られている節がある。それが知的エリートの主張、あるいはファッションのように見られれば、「リベラルの失速」が起きるのは避けられない。
ハリスは「すべてのアメリカ人のための大統領になる」と強調した。しかし、トランプは「内なる敵を断罪する」と訴えた。「内なる敵」とは左派リベラルを指しているのだろう。さしあたっての「内なる敵」は不法移民や生活苦を放置する政治家や政党ということになる。
この傾向は、静かにわが国にも生まれてきている。いくらジェンダー平等を唱えても、それ以上に物価高や重税感への対応を強く押し進めなければ、リベラルは単なる自己満足の主張になりかねない。「リベラルの空回り」は世界的な現象になりつつある。
トランプ的なものに前向きで骨太な対策を提示できなければ、リベラルは“トランプの文化大革命”に押しつぶされてしまう。トランプ政治の出現は、例外的、突発的なものではなく、国際機構を含めて、リベラル派やエリート官僚の支配に対する大いなる反撃なのかもしれない。

裏金、世襲、官僚機構の腐敗・暴走…政治と行政の劣化が止まらない。 この原因は1990年代に行われた「政治改革」と「省庁再編」にある。 その両方の改革を内部から見てきた元衆議院議員の田中秀征が、当時の舞台裏を解説しながら、何が間違っていたのかを斬りつつ、 今、何を為すべきなのかを提言していく。
プロフィール

(たなか しゅうせい)
1940年、長野県生まれ。東京大学文学部西洋史学科、北海道大学法学部卒業。83年に衆議院議員初当選。1993年6月に新党さきがけを結成し代表代行、細川護熙政権の首相特別補佐、第1次橋本龍太郎内閣で経済企画庁長官などを務める。福山大学経済学部教授を経て現在、客員教授、石橋湛山記念財団理事、「さきがけ塾」塾長。
著書に『石橋湛山を語る』(佐高信氏との共著、集英社新書)『自民党本流と保守本流』(講談社)『新装復刻 自民党解体論』『小選挙区制の弊害』(旬報社)『平成史への証言』(朝日新聞出版)など。