なぜこの世界で子どもを持つのか 希望の行方 第8回

分断を超えるには

伊藤英治さん(仮名)の場合
中村佑子

世代論として

 子を持たない/持つ選択をした人の取材を行いながら、この世界で子どもを持つことの意味を考える本連載において、男の人を取材しなくて良いのか?という問いは、一つの課題だった。
「夫が」、「パートナーが」という形で、何人かの男性の声が間接的に聞こえてきたが、やはり子を持たない選択を意志的にした男性当事者の話を聞こうと考えた。
 伊藤英治さんは、1973年愛知県名古屋市に生まれた。なぜ突然、出生年と土地から書き始めるかというと、伊藤さんの「子を持たない理由」には、時代と世代観の意識が色濃く影響していたからだ。
 伊藤さんの職業はフリーのエディター。いまは主に東京で仕事をしている。20年前に結婚した妻は発達特性もあり、若いころから比べるとだいぶ安定しているが精神的に不安定なときも多い。子を持たない決断をした背景には妻への配慮もあるのだろうか。そうぼんやりと想像し、伊藤さんのプロフィールの概略を頭に入れながら、私は取材先へ向かった。
 冬に入ったばかりのまだあたたかい朝、都内の喫茶店でお会いした。メニューをお渡しすると、すぐに「トアルコトラジャコーヒー」と、伊藤さんは早口で店員さんに告げた。トラジャは、かつて貴族のコーヒーと呼ばれた幻の品種で、ここ最近連続してグルメ賞を受賞している話題のコーヒーだ。頼んですぐに伊藤さんは、「でもトラジャ、こんなに簡単に頼めるけど、ここに来るまで労働条件やら、さまざまなものを経て届いてるんですよね」と、先進国の人間の欺瞞の上に生活が成り立つことの指摘を言い加えた。
「このコーヒーが一体どこから何を使って幾らで運ばれてきたんだろうと考え出すと、気持ち悪い、けど、おいしい。ものすごい搾取の上ですよね。妻がTemuとかで買いものするのも、あれは人類というよりも、社会が気持ち悪いです。誰かの犠牲、誰かの搾取の上になければ、あの値段には絶対にできないから」
 鮮やかな洗礼だった。「人類が気持ち悪い」、この言葉は、この日伊藤さんの話のなかに何度も出てきた。そして、子を持たない選択にも、「気持ち悪い」という感覚が色濃く反映されていたのだが……話を進めよう。
 伊藤さんのなかには、いつから人類や社会の搾取や抑圧体制への気持ち悪さがあったのだろうか。
「高校生ぐらいのときからですね。普通にご飯を食べて、遊んで、移動してといった普通の経済活動の全てが第三国の搾取の上に乗っかっているということを情報として知ったあと、感覚的にやばくなりました。時代が時代だったので、アンチ割り箸とかになって、ひたすら自分のお箸を持ったり、ヴィーガンにもなった。でも運動もやっていたし実際に筋肉も落ちてしまって、すぐやめましたけど」
 伊藤さんは1973年生まれ。10代後半を迎える90年代に環境問題の深刻さをメディアが取り上げはじめ、坂本龍一らが語り出した“スローライフ”という言葉が注目された時代でもあった。いまで言う「セカイ系」――主語がすぐに「世界」などと大きくなってしまうアニメキャラを揶揄する言葉も生まれた。
 つまり、日本は高度経済成長が終わり、バブルが崩壊して、世界に目をやればベルリンの壁も崩れ、世界を牽引する思考が資本主義だけになり、世界も日本も停滞期に入ったように見えた時代だった。

フリーターは自由の象徴だった

 伊藤さんは名古屋でも有名な進学校を卒業してから大学へは行かず、フリーターという選択肢を選んだ。ちょうどのちの就職氷河期と呼ばれる世代で、大学新卒の就職率が60%を切ることもあった時代だ。いまとなっては、時の内閣が打ち出した労働者派遣法の改定は、非正規雇用を増やした悪政であったと言われるが、伊藤さんは少し違う感覚を抱いていた。
「僕らの中高時代というのは『FromA』(筆者註:1982年創刊のアルバイト雑誌)が出たころなんです。僕は、すごい愛読者でした。自分はルールというものが苦手で、学校にも適合しづらかったし、一般企業の就職も無理そうだから中高時代からたくさんの種類のバイトをしていたんです。フリーターっていまでは悪く言われるけど、僕の世代感覚としては、すごい選択肢が与えられたという経験なんです。あんなにアルバイト雑誌があって、全部電話すれば働けるかもしれなくて、いろんな経験ができる時代になったんだなと。企業への終身雇用以外の選択肢が、僕らの世代には与えられたという認識があったし楽しかったんです。ところが、その生活の線上に子どもを産むことは入ってないんですよね。フリーターの子づくりは想定されてないんですよ」
 たしかにあの頃は『FromA』だけでなく、『an』『とらばーゆ』『Bing』等、求人情報誌が多彩だった。フリーターという働き方が自由に見えたし、自分らしく仕事をカスタマイズできるというイメージも売り出されていた。しかし、人の一生のその先への視点は、たしかになかったかもしれない。
「もし何らかの集団に正社員として属していたとする、例えば土木の事務所に勤めていたとしたら、土木作業員の先輩にはちゃんと結婚して子どもを持つというロールモデルがあるんです。でもフリーターのロールモデルの中に子づくりって全然なかったんですよね。子どもが生まれたら、バイトどころじゃないから、就職しなきゃ、そろそろ俺もまともにならなきゃみたいな、そういう空気だったような気がします」
 それでも伊藤さんのなかでは、一般企業に就職するという選択肢はなかったという。
「ルールが苦手なんですよ。スーツを着て、就職活動をして、一つの会社に入って終身雇用なんていうイメージは全然湧かなかった。満員電車も苦手で、自由を愛していた。フリーターというのも、職業の選択権が自分にあり、多様な仕事が目の前に広がっているという解放感があったんです」
 制度に乗るのが嫌というのは、伊藤さんが持っている生来の気質なのだろうか。
「支配されるのが苦手なんです。支配されたくないというのではなく、支配されると耐えられないという感覚。多分それは特性だと思うんですけども、あらゆるルールを理解できないところがもともとある。スポーツのルールだったら分かるんですよ。ルールで縛るから面白くなる。でも、何のために決められたルールか分からないのに、そう決まっているから従いなさいというのがどうしても駄目。子どもの頃からですね。お葬式の喪服や結婚式の正装ですら20代の終わりぐらいまでずっと抵抗感がありました」
 もしかしたら、そのルールへの反逆の底には、一つの世代論があったかもしれない。父親像の超克だ。
「自分の父親はいわゆるサラリーマンで、家庭を顧みず、仕事に邁進して日本の経済を支えたと思うけれど、ああした父親像のロールモデルへの忌避感がすごくありました」
 高度経済成長期の日本を支えた父親たちは、学生時代には闘争などして暴れていたかもしれないが、その後みな日本のルールを守って邁進しているように見えた。たしかにルールへの反逆については、私も同じ世代なので伊藤さんの気持ちがわからなくもなかった。もう一つ、伊藤さんは世代論で言うと、と前置きして語り始めた。
「僕は妻を妊娠させるということ自体に気持ち悪さがあって。我々が20代ぐらいのときに、日本のポルノのなかで妊娠した女性を対象にするようなものがあったんです。そのころから気味の悪さというか、怖さみたいなものが生まれました。自分と妻の性行為そのものも、妻に子どもを産ませるということに対しても、客観視するとホラーなんです、僕の中で。つきつめて考えると、僕はセックスができなくなる感じがします」
「産ませる」という言葉が非常に気になった。聞き手としては女性は産ませられるのではなく、主体的に自分から「産んで」いるのではと思ったが、日本のポルノが及ぼす若い男性への影響というのはたしかに深く存在するだろう。その先を聞いた。
「加害的に思えるんだと思います。結構プリミティブな気持ち悪さ。人類が増える気持ち悪さとたぶん一緒です。女性という性を道具にする、男性は快楽としてのセックスのところで終わっていてそのあとは何もできないのに、女性に子どもを産んでもらうということがそもそも男性が持っている加害性ですかね」
 こうして子どもを持たなかった理由の話は世代論として始まったのだが、「産ませる」という言葉が出てくる背景には、時代の影響だけでなく、きっともっと別の理由がある気がした。伊藤さんは取材の前日に、丁寧にご自分のプロフィールを文書で送ってくださっていたのだが、そこに10代のころ女性に中絶をさせた経験があると書いてあったからだ。

若いころの恋愛経験

 いただいたプロフィールによると初体験の年齢はとても若く、相手はかなり年上の女性で、自分の同意はほぼなかったとある。10代のころからさまざまな女性経験を経ているが、そのなかに中絶させた経験があった。なぜそのことを書いてくださったのだろう。
「あのときの経験が子どもを持つ持たないの選択に影響しているかはわからないです。自分でも整理がついてないんです。いま思うと、本当にとんでもないことなんだけれども。僕自身は学校をやめて働き出して、子どもを持ってもいいというふうに言ったけれども、彼女自身の判断、そして向こうのお母さんの見解もあってそうしたんです。でもやはり相手のことを考えられてたかというと自信がないし、自分の加害性についても、当時はあまり考えていなかったように思います。彼女はメンタルが不安定で、すごく激しい自閉傾向がありました」
 その後も、結婚した妻を含めて、付き合った人は皆メンタルが不安定だったという。
「なんで僕が付き合う人はみんな手首切るんだろうと思って、すごく混乱しましたけど、いま考えると、僕自身が加害的だったのかと思います。彼女を安定させるためにいろいろ自分が尽くすけれども、相手が良くなってくれない。こんなにやってるのに良くなってくれない、と逆ギレタイプの加害的な態度を起こしていたのかもしれないです、いま思えばですが」
 なぜかと思ったが、そこは深く自分で言葉にする作業はしていないという。お話を聞いていて、私は伊藤さんの強烈な潔癖主義というか、気持ち悪さを許さない部分が影響しているのかもしれないと思えた。「気持ち悪い」はこの日の伊藤さんの頻出ワードだったが、それは最初の中絶経験も大きかったのではないか。自分が何か大きなことをしでかしたのだけれど、その責任を取らせてもらえず、ただ一つの命が流れた。彼女を傷つけたのだろうという自分の加害性がブラックボックスに入っているもやもやとした感覚が、伊藤さんの底辺に存在するのではないかと感じた。

妻との出会い

 伊藤さんはフリーターを続けた結果、編集の仕事にたどり着き、ある会社でアルバイトをしていた。そのとき知り合ったのが、いまの妻だ。出会ってすぐに同棲し、その後結婚した。
 同棲までは、恋愛からの自然な流れで理解できる。しかしあれだけ制度もルールも苦手な伊藤さんが結婚に踏み切るには、同棲からシームレスにはことが運ばない気がした。何か理由がありそうだ。
「僕の妻はメンタルが弱くて、いまも自分が支えているし、自分が家事全般を行うときも多いんですが、同棲していたときはもっと不安定で、心療内科に一緒に付き添って通うことも多かったんです。でもそのときの保険証が、彼女の父親の扶養家族としての保険証だったんですよね。彼女は仕事にも就けたり就けなかったりで、独立して国民健康保険に入っていなかった。妻は両親、とくに母親との関係に悩んでいましたし、それがメンタル面での不安定さの原因だと僕は思っていて。だから親から離れよう、大丈夫だから、支えるからとつねづね言っていたんです。保険証が父親の扶養家族のままでいいのか、甘くないのかって」
 親とは違う二人の世界を作ろうと彼女を説得し、自由にしてあげたいと思っているのに、国の制度的に親に守られたままで良いのか、それは自立と呼べるのか、そう伊藤さんは自問自答したという。けれども、もともと持っている価値観も強かった。
「本当は結婚に関してはすごく抵抗感があって。その理由としてやっぱり夫婦別姓/同姓問題があったんです。なぜ姓を変えなくちゃいけないのか、と。でもたぶん僕はそれを言い訳にしていたんですよね。結婚という制度に乗るのが嫌だ、と言い訳にしていたんだと思います。で、すごく悩んで、珍しく自分の父親に相談したんです。そしたら、制度は利用するものである、と」
 伊藤さんの父親は、結婚しないと彼女が不利になる、制度的に彼女が不利益を被ることを考慮してあげないのか、と言ったという。
「それを考えたら、もう『籍を入れる』一択だろうと父親が言って。その言葉は、素直に響きましたね。要するに、お金ですね。制度を利用しなければ、金銭的なところで妻をネガティブな立場に置いてしまう。一番シンプルに、分かりやすく効きました」
 そろそろ本題に入ろう、そう思い、結婚の先の子どもについては当初どう思っていたのか、可能性があったのかなかったのか、そもそも議題にもあがらなかったのか聞いた。
「子どもを持つ可能性は、最初からなかったですね。フリーランスでの働き方も安定してきて、収入的にも落ち着いてきたときも、やっぱり子どもではなくて、2人とも自分の楽しみや趣味のほうにいっちゃった感じがしますね。あと妻は、自分は母親になったら虐待しそうで怖いとか、子どもを愛せないんじゃないか、ということも言ってました。妻の母親は過干渉というくらい世話焼きなのですが、その母親、つまり妻の祖母は問題人物で、遊びまくって子育ては自分の母親に任せてという人で。妻は、自分はその祖母によく似ていると思い込んでいました。妻は自分のなかの暴力的な衝動を抑えるのがすごく大変な人で、それは子どものころからだったそうです。母親になることで、そういう自分の加害性が立ち上がるのが怖いという感覚があったのではないかなと思います。いまでも子どもは好きじゃないって言います」
 伊藤さんは妻の精神面での安定を一番に求め、2人の世界を安定させ、充実させることに心血を注いで来たのだと思う。それでも「僕は逆にすっごく子どもが好きなんですよね。姉の子どもの姪っ子のこともずっと可愛がってきたし、友人の子どもたちもすごく可愛く感じます」と話した。
 それは、妻の希望を一番に汲んだということですか、と質問すると、「でももし子どもが生まれても、僕もよくない父親だったんじゃないかな」と答えた。
「思いどおりにしたい、思いどおりにならないというところから生まれるイライラがあったので。僕は組織にも入らず、ずっと自助努力で生きてきているので、そういう意味では強者の論理なんです。自助努力肯定派。だから子どもがいたら、自由には育てたと思うけども、挑戦しないということは許さなかったという気がします。おとなしい子が生まれたら、結構きつかったかもしれない」
 そう伊藤さんは自己分析した。仮定の話だからわからないが、たしかに挑戦しなければ咎めてくるような父親は、子どもにとっては恐怖かもしれない。いずれにしても伊藤さんはとても正直に、普通人が隠したいと思ったり、容易に言葉にできなかったりすることも、平気で口にする。それは伊藤さんのフェアでいたいとか、このコーヒーはここに来るまでに多くの劣悪な労働条件を経ているという認識における引け目のようなものにつながっている気がした。何も隠すことはできない、というような。

七転八倒しているのであれば無計画ではない

 伊藤さんはもう一つ、子どもを持たない選択をした理由について話し始めた。
「若いころは特に、子どもをもつ家庭への偏見もあったかもしれないです。大きな車に乗って、犬飼ってて、みたいな。同世代が結婚して子どもを持つ景色が、たとえば年賀状とかで目に入ってくるじゃないですか。自分たちが子どもを持たない/持てないとかの問題とは別に、持つ人たちと世界が違うって感じがしていました。当時、妻と僕の感覚で思ったのは、あの人たちはきっとプロ野球観戦に行きそうな人たちだよね(笑)、と。テレビのニュースを最初から最後まで見られる人。ワイドショーもどこも飛ばさず見られる人。僕と妻はいろいろ言い始めるので、テレビはそのまま最後まで見られないし、そういう世界線には生きてないという感じがあるので。いわゆる世代的にもパンピー差別ってなかったですか?」
 パンピーという言葉が私はわからなかった。
「一般人、一般ピープル差別です。時代的にサブカル全盛だし、いわゆる成人式に行くようなやつになりたくない、というような」
 たしかにあの頃のサブカルの“圧”は非常に強かった。文化系に分類される学生は皆なにかしらメインストリームにいることを避け、その感情をこじらせているように見えた。団塊ジュニアである私たち世代が学生だったころは、まだ携帯電話もなかった時代だ。本を小脇に抱え、見た映画や音楽を語り合うのが大半の時間の過ごし方だった。伊藤さんは「普通が嫌だ」、のさらにその先を話し始めた。
「妻と僕は昔から人類が醜い、人類ヘイトという話をよくしていたんです。妻が以前“子どもを産んだらかわいそう”と言ったことがあって。地球上に増えていく人類、一つのホモサピエンスという種で考えたときに、増えていく人類が気持ち悪いという感覚は、意外に僕と妻は若いころから共有している感じがあって。これだけ多様な種がたくさんある地球という環境の中で、人類という種だけがこんなに異様な活動をしていることに対しての限界性は感じます。たとえばあらゆるものがエネルギーに乗っかっている。エネルギーを日本に持ってくるまでもエネルギーに乗っかっている。何かを燃やしているものの上に乗っかっているという気持ち悪さもある」
 ある種の反出生主義的な、生まれてきたことを呪うようなその思考で捉えると、子どもを持つ人、あるいは子どもたちのことがどう見えるのだろうか。
「若いころは、子どもを持つ人たちとの間に、壁や分断を強く感じていたことはたしかです。ただ、いまは子どもを持つ人たちのなかの違いが見えてきたように思います。特に東京の一部の子どもたちは、学校に入学した瞬間に、お父さんの仕事は何? と聞き合うというのを本で読んで。そういうお金もふんだんにあって、幾らでも子どもに投資できる親と、ある種のできちゃった婚みたいな、無計画さも含めていっぱい子どもがいるような感じの人たち、一方で育児放棄されている子もたくさんいる状況ですね。子どもを持つ人たちって、ちゃんとしているからそういう人生を選べたのかなと思っていたんだけど、全然そんなことなくて。逆に、子どもを持ってしまった、そのリスクを取ったことで、すごい苦労して頑張っているということも分かってきた。決して大人でもないし、一般人でもないし、決して器用でもないなかで、みんな頑張っているという姿が見えてきたんだと思います。分断っていうのは、ちょっと反感も含むじゃないですか。でも、いまは反感は一切ないんですよ」
 それは、子どもを持つ人が、貯金をして家も買って、しっかり準備万端整えて子を持っているように見えていたが、そんなことはないということが分かってきたからなのだろうか。実際、準備万端で子どもを持つ人なんて稀なのだが。
「そう、そうだと思います。結構、みんな行き当たりばったりですよね。でもだからと言って、子どもを産んだけども育てない、放棄してしまっている人たちもたくさんいるなかで、子を捨てもせず、諦めず、ちゃんと子育てをやっている、ちゃんと義務と責任を遂行しているという意味でいうと、尊敬できますよね。無計画に産んだとかということが当てはまるのは、たぶん育てるのをやめちゃった人たちですよね。子を迎えてから、ちゃんと何とかしようとして七転八倒しているのであれば、その無計画さは責めることではない、ちゃんと子育てしているんだと思えます」
 伊藤さんは、分断というのは「相手が見えなくなって、勝手に相手の像をつくり出してしまう、悪魔化してしまう」から起こるのだと看破した。たぶん子を持つ人のなかで一番目立つ、いわゆるパワーカップルで子どもになんでも与えられるような人たちに対して、子を持たない側が嫌悪感を持ってしまうということはあるだろう。それが会社内の同僚で、子を持つ人の仕事をフォローせざるを得ない場合など、憎悪が増してしまうかもしれない。でもそれは勝手な像に過ぎない。伊藤さんが言うように、子を持つ人も千差万別で、努力してがんばっている人たちもたくさんいる。そのことがリアルに感じられれば、分断も緩和していくのだろうと、その後伊藤さんと話し込んだ。
 最後に彼は、「それに、子どもを持っている世帯の人たちの未来に対する危機感って、我々とは全然違うというのは感じますね。僕らは死んじゃったら終わり、子どもいないんでね」と言った。
 子を持つ人には未来への危機感がリアルな手触りで迫ってくる。一方で子どもを持たない人は、現在の我々の死に至るまでの権利について、より高解像度で微に入り細に入り感じられるかもしれない。子を持つもの/子を持たぬもの、双方が相手を悪魔化せず、お互いの視野をもっと利用しあえればいいのにと、そんなことを思った。
 さらに世代論を多用した伊藤さんに倣って言うと、我々団塊ジュニアという人口の分厚い世代に子どもをあまり産んでもらえなかった国は、失政を気に病んで子育て家庭への経済政策ばかりを拡充する。しかし伊藤さんの話を聞いていると、子を産んでもらうには経済政策も重要だが、それだけではないことが良くわかる。人類の横暴をどうするのか、国の形をどうするのか、自由な就業形態でも子を持てるライフプランを築けるよう最低賃金を大幅に見直すなど、多様な働き方を展開できるのか、そういう国の価値観が問われている、と感じたインタビューだった。

 第7回
なぜこの世界で子どもを持つのか 希望の行方

世界各地で起きる自然災害、忍び寄る戦争の気配やテロの恐怖、どんどん拡がる経済格差、あちこちに散らばる差別と偏見……。明るい未来を描きにくいこの世界では、子どもを持つ選択をしなかった方も、子どもを持つ選択をした方も、それぞれに逡巡や躊躇、ためらいがあるだろう。様々な選択をした方々のインタビューを交え、世界の動向や考え方を紹介する。

プロフィール

中村佑子

1977年東京都生まれ。作家、映像作家。立教大学現代心理学部映像身体学科兼任講師。哲学書房にて編集者を経たのち、2005年よりテレビマンユニオンに参加。映画作品に『はじまりの記憶 杉本博司』『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』が、著書に『マザリング 性別を超えて<他者>をケアする』『わたしが誰かわからない ヤングケアラーを探す旅』がある。

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