著者インタビュー

沖縄とテレビジャーナリズム

斉加尚代×三上智恵 『何が記者を殺すのか』刊行記念対談

斉加尚代×三上智恵

いま地方発のドキュメンタリー番組が熱い。中でも、沖縄の基地問題、教科書問題、ネット上でのバッシングなどのテーマに正面から取り組み、維新旋風吹き荒れる大阪の地で孤軍奮闘しているテレビドキュメンタリストの存在が注目を集めています。

4月15日発売『何が記者を殺すのか 大阪発ドキュメンタリーの現場から』は、毎日放送(MBS)の制作番組『なぜペンをとるのか』『沖縄 さまよう木霊』『教育と愛国』『バッシング』などの問題作の取材舞台裏を明かし、ヘイトやデマが飛び交う日本社会に警鐘を鳴らしつつ、深刻な危機に陥っている報道の在り方を問う一冊です。

本書の刊行を記念し、著者の斉加尚代さん、ゲストに『証言 沖縄スパイ戦史』の著者であり、斉加さんとはMBS同期入社の仲間であるジャーナリストの三上智恵さんをお迎えしました。お二人の対談は『何が記者を殺すのか』について、中でも本の重要な舞台となっている「沖縄」を切り口に、テレビジャーナリズムの現在が浮かび上がる対談となりました。

※2022年5月8日、沖縄・ジュンク堂書店那覇店にて行われたトークイベントの模様の一部を記事化したものです。

斉加尚代さん(左)と三上智恵さん(右)

 

沖縄ジャーナリズムの矜持を感じた瞬間

三上 三上智恵です。改めて紹介します。『何が記者を殺すのか』を上梓しました毎日放送のディレクターの斉加尚代さんです。実は、私たち毎日放送の1987年入社同期で、ずっと戦友であり、親友なんです。どうして沖縄を取材することになったんでしたっけ? あ、百田(尚樹)さんだ。

斉加 そうですね。この著書の中に書いている最初のドキュメンタリーが、2015年9月に放送した『なぜペンをとるのか~沖縄の新聞記者たち』という作品なのですが、これを企画することになったのが、大阪が生んだ人気作家、百田尚樹さんの発言、「沖縄の2つの新聞社をつぶさなあかん」だったんです。

 この発言、例えば百田さんが居酒屋でお酒の勢いで言ってしまったと言うのならまだしも、自民党の政治家の勉強会の場で彼は言って、自民党の議員たちがそれを絶賛した。私はこれは沖縄のメディアの問題ではなくて、メディア全体の問題だと感じたんです。ちょうど2015年の6月の発言で、私とプロデューサーの澤田(隆三)がこれをまず取り上げようと決めて沖縄の新聞社を取材しようとなった。そこで三上さんが登場するわけなんです。

三上 いや、私はちょっと相談を受けただけなんですけど。要は、沖縄の新聞というのは、「活動家が作っている」とか、そういうデマが既にあったということなんですよね。

斉加 そうなんです。だから、当時、百田発言を受けて、沖縄の新聞社について、いろんな人たちが日常の会話の中で、たとえば自分の身近にいる広報担当の女性まで、「沖縄の新聞社って、活動家が記者やってるんですか」っていうふうに私に聞いてきたんです。

三上 私、本当信じられないんですけど、毎日放送の社内の女性が、ごく普通の感じでそれを聞かれたんですよね?

斉加 そうです。しかもそれを彼女はメディアの関係者から聞いたという。これはどういう現象だろうと。デマがメディアの中でばらまかれてるということをまず察知して、この企画を考え始めたんですけども、そこで「そうだ沖縄には智恵さんがいる」と思って、まず連絡をしたんです。

三上 そこで琉球新報、沖縄タイムスはどちらも甲乙つけがたいけど、私は松元、松永の「ダブル松」のいる琉新を薦めたわけですね。本では「ダブル松」という書き方をしていますけど、実際はあと何人か激推ししました。

斉加 最初は、「沖縄ジャーナリズムを描く」というタイトルで琉球新報に企画書を持ち込んだんですけども、メディアがメディアを取材するって、実は簡単じゃないんです。ライバルっていう側面がありますし、メディアはいろんな個人の情報も扱っています。外にオープンにしてはいけないような場面はたくさんあるので、取材を受けていただけないんじゃないかと思いながら、企画書を琉球新報本社の当時の編集局長と報道本部長に持っていったんです。ところが、「分かりました、お受けしましょう」と即断即決だったんです。びっくりしました。

 いろんな企業に取材に行くときって、大抵「こういう条件だったらお受けしてもいいです」というように待たされるほうが多いんですが、なんの条件もなしに「お受けします」と。「斉加さんが思うように編集局を取材なさってください」っていうお話でしたので、まずそこで沖縄ジャーナリズムの矜持、記者たちの姿勢というものを感じ取って感激しましたね。

斉加尚代さん

 

三上 本書にも出て来ますが、その報道本部長の松元(剛)さんが斉加さんを見て「あなたが、あの斉加さんですか」と言ったと。これについてはまず順序立てて説明をどうぞ。

斉加 はい。この発端というのは2011年から始まるんです。大阪の地方政党として生まれた大阪維新の会というのは、元々自民党なんです。その大阪の自民党の中で元気のいい人たちが大阪維新の会を作って、それで2011年6月から、教育を政治の力で変えていこうとするわけなんです。その最初が、2011年6月にできた大阪府国旗国歌条例という条例で、学校で入学式、卒業式の君が代斉唱の時に、先生は必ず立って歌わなければならないと。国歌斉唱を義務付ける条例だったんです。

 大阪は、かつて一人一人の子どもの人権を大事にする教育を大切にしていました。大阪にはコリアンルーツの子どもとか、被差別部落の子ども、いろんなルーツの子どもたちがいるので、君が代を立って歌うということには慎重な先生たちがたくさんおられます。翌2012年の3月に、その「立って歌え」という命令に、非常に厳密にルールを徹底しようとした大阪府立高校の民間人校長が、卒業式で先生たちの口元をチェックして教育委員会に報告するという出来事があったんです。この「口元チェック」という言葉が新聞の一面にばっと出て、この時は、読売新聞はじめ各紙が批判的に報じたんです。そこまで学校現場でしていいのかという報じ方だったんですが、当時大阪市長だった橋下徹さんが「素晴らしいマネジメントだ」と称賛したんです。

 私は、長く教育現場を取材してきましたから、君が代斉唱を巡って口元チェックをする、その校長を、首長、市長が「素晴らしいマネジメントだ」と称賛するこの事態というのは、教育そのものをゆがめていくと感じました。知り合いの教育委員のひとりは、「斉加さん、例えば、口元をパクパクしてて、ドラえもんの歌を歌ってる場合はチェックされずに、黙っていても心の中で君が代を大事にしているという先生もいるかもしれないじゃないですか。ただ口パクパクしてたらOKで、口つぐんでたら駄目っていう、それは国歌を大切にする意味でも、どうなんでしょう」とこんなふうに言っておられて、すごく深刻な問題だと思ったんです。

 それで2012年5月に、橋下徹さんの囲み会見に私自身が出向いていって、「この口元チェックというやり方は、現場の府立高校の校長たちにアンケートを送って尋ねたところ、多くが賛同しておりません」と。「校長先生たちが『このやり方は教育的でない』とおっしゃっています」と。当時、橋下徹さんは人気絶頂の市長だったので、ある程度やり取りにはなるだろうなっていう気持ちはあったんですけども、もういきなり逆質問で罵声を浴びるというような状態になってしまって。ここで私の短所なのか長所なのか、この記者をとっちめてやろうという感じの罵声が来た時に、逆に「黙れって言われるんだったら、私は黙りませんよ」というスイッチが入ってしまって、記者って質問する職責なので30分くらい質問をし続けてしまったんです。

 

黙ってパソコンのキーを叩き続ける同業者たち

三上 でも、当たり前ですよ。だって、彼は、論点をずらしてこちらの問題に答えないという状況がずっと続いていたので。橋下さんの、あのトークの技は、絶対に相手がミスるような質問をして「ほら、お前は知らない」と言って自分のところに引き寄せて相手を貶めていく。こういう話し口で視聴率が取れるらしくて。テレビに出るたびに「炎上しなくてもいいことを炎上させる人だな」って私も見ていました。

 でもあの時は、自分の親友である斉加があんなことを言われて、私が一番頭に来たのは「あのね、僕はね、議会では答える義務があるんですよ、市長として。だけど、あなたたちメディアには答える必要ないんですよ」「これはサービスです」って言ったこと。メディアはその向こうに市民がいるわけだし、代表して知る権利を守ろうとしているのに矮小化している。ところが、何が起こったかというと……。もう人気絶頂の橋下さんですから、20~30人記者がいたんじゃないかな、あの辺に。

斉加 そうですね。

三上 パソコンのキーをたたく音だけが、パチパチパチ、パチパチパチ。斉加さんがいわゆるいじめに遭っている二十数分間、ずっと何も言わずに打っているだけ。「あんたたちの質問に、気に入らなかったら答える必要ないんですよ」っていう橋下さんに対して「いや、それはないでしょう」と、こちらにいる記者たちが何も言わなかったことに私は愕然としました。今、馬鹿にされているのは質問している側の記者であって、知る権利が今侵されている。「いや、市民の知る権利のことを考えたら、橋下さん、そういう言い方はないんじゃないですか」って記者たちが言わなかったことに、私は震え上がったんです。大阪の報道現場、大丈夫かなって。昔だったら、絶対に「そらちゃうやろ」って言う人が出てきた。

三上智恵さん

 

斉加 あのことを思い出す時にいつも感じるんですけども、「この条件をクリアしなければ質問に答えない」と、首長という権力を握っている側が記者をより分ける、よりすぐる、そこに私はすごく大きな違和感というか、問題点を感じたんです。そうすれば、自分に都合のいい記者の質問だけに答えるという現象が起きてしまうわけじゃないですか。これが何を意味するかというと、力のある市長の側からすれば、そこに御用記者、御用ジャーナリストばかりをそろえる世界を作ろうとしていることなんですよね。

 だから逆に、私は実は激しいやり取りをした時よりも、その後の同業者の反応のほうが、きつかったんです。「なんであんな質問をし続けちゃったんですか」「人気絶頂の市長なんだから、斉加さんのリスペクトが足りなかったんじゃないか」とか、ある意味、政治家がお得意さまになっているんだろうかと感じた一つの出来事だったんです。「怒らしちゃ駄目ですよ」っていうふうに私に声を掛けてくる同業者が少なくなかったんです。

 その日は三上さんは寝られなかったみたいですけど、私は「普通の取材」ができてぐっすり眠ることができたんです(笑)。でも、メディアの世界に何か地殻変動が起きていると気付いた出来事でした。それが「沖縄の2つの新聞社をつぶせ」と百田尚樹さんが言ったことに繋がる。メディアに対して権力を握っている人たちが圧力をかける時代がやって来たんだと、明確に意識した。だから、私は沖縄に飛び込んだんだと思います。

三上 そう。だから、あの橋下さんとのバトルの話と斉加さんが沖縄に来たことは、直結するんですよね。

斉加 そうなんです。

三上 政治家、権力者が、「自分たちの力でメディアをコントロールできる」と発言する。とんでもないことが今もう当たり前のようになってしまった。あの10年前から、そういう事態が坂道を転がり落ちるように進んでしまっていると思うんです。彼女は頑張って、その後もネットにさらされて、すごいバッシングに遭っていく。

 で、最初に琉球新報を訪れた時に話は戻ります。本にも書いてありますが、そのエレベーターホールで松元さんのほうが、「あの斉加さんですか?」って聞いてきた。それはつまり新報の方々が、「あの橋下さんとあんなふうに闘った女性はあなたですか?」と、斉加さんのことを好ましく捉えて迎え入れたっていうことなんです。報道の仕事は権力を監視するのが一番の仕事ですが、すっかり全国的に権力と闘う力が鳴りを潜めてきた中で、沖縄のメディアは元気に権力と毎日闘っている。だから、「斉加さん、あー、その人が来てくれたんですか」っていう状態だったんですよね。

斉加 もう、本当にびっくりしたんです。沖縄ではこういうふうに見て下さっていたのかと。メディアのことをよく知らない私の友人たちからは、「やっぱり質問しているあなた、記者のほうが愚かに見えるよ」と。「橋下さんが『勉強不足』とか『とんちんかん』とか繰り返して罵倒していたから、そういうふうにやっぱり見えちゃう」とか、そんな感想ももらっていたので、余計にホーッと思いました。

 

沖縄をテーマに2作品つくった理由

三上 この本には彼女の代表的な番組、どれも甲乙付けがたいドキュメンタリー作品なんですが、その番組をどうやって思いついたのか、企画の段階からいろんなハードルを乗り越えながら、悩みながら、ひとつのドキュメンタリーを制作して来た中での葛藤と内心、また放送された後の思わぬ反応なども描かれています。気丈に見えますけど、人並みに逡巡したり悩んだりもしている様子が書かれていて、その番組を観ていなくてもめっちゃ面白く読めます。

斉加 ありがとうございます。

三上 家人が珍しく『何が記者を殺すのか』を読みまして、今まで通じなかった分野の話が、結構できるようになったりして、驚いたんです。思考が固まった人の意識を変える力のある本です。私はこれを読んでつらくてきついところもありましたが。

 最初の2つの作品が、沖縄を舞台にした『なぜペンをとるのか』と『沖縄 さまよう木霊~基地反対運動の素顔』です。『なぜペンをとるのか』は沖縄の新聞記者たちの奮闘に密着したものです。『沖縄 さまよう木霊』のほうは、基地反対運動というものに対するものすごいデマによるバッシングが看過できないようになってきて、じゃあどんな人たちが基地に反対しているのか、バッシングはどこから起こってくるのかを解き明かしていく。

斉加 私は大阪にいるんですけども、必ず沖縄と結び付く出来事があって那覇に取材に入るという繰り返しだったんです。『沖縄 さまよう木霊』のきっかけは2016年の10月、東村の高江の北部訓練場の米軍のゲート前で基地反対運動をしている人たちに向かって、もう皆さん分かると思いますけど、大阪から派遣された機動隊員が差別発言をした。その言葉をきっかけに取材することになったんです。

 これも、この差別発言をした時に、「非常に問題のある差別発言です」と、きっぱり政治家や社会的な地位にいる人たちが否定をすれば、多分、私も取材にまで行かなかったと思います。ところが、当時、維新の会の松井一郎さんはじめ、政治家たちは「どっちもどっちだ」とか、「基地反対運動をしてる人たちも非常に問題があるんだ」とか、「これは差別の意味はないんだ」っていうような……。

三上 閣議決定までしましたよね。「あの漢字2文字には差別的な意味はない」ということを閣議決定するって、もうどんな国になっちゃったのかなと。

斉加 だから、その政治家が、差別があるのに差別がないと言った途端に、インターネットの中の言論空間がものすごく差別的になっていくんです。これを私は実感したんです。というのは、松井一郎さんが「いやいや、どっちもどっちだ」と「機動隊員お疲れさまです」とねぎらう言葉を言った後に、MBSの視聴者センターに、「テレビのニュースは真実を放送していない」とか「基地反対運動をしている人たちが過激で危険だということを報じてないじゃないか」「ネットを見れば分かるのに、なぜネットを見ない。ネットで調べる力もないのか」というような意見が次々と寄せられて来た。

三上 ネットばかり見ているからですよね。こちら沖縄から言わせてもらえれば「現場に来ればいいじゃないですか」と言いたい。

斉加 本当に不思議だったのが、「現場に行って調べてください」「現場に行って報じてください」という意見はほとんどなくて、「ネットで調べろ」「ネットに真実がある」といってネット動画を見ることのできるURLというアドレスを貼り付けてきて「それを見ろ」というような意見が何百件も来たんです。全体の意見の8割ぐらいが「基地反対運動の人たちは過激なんだ」というデマを信じる側の人たちだったんで、これはとても危険な時代が来た。デマ、フェイクが市民権を得ていくプロセスを私は見ているかもしれないと思ったんです。

 その時に、現地でゲート前に座り込んでいらっしゃる人たちの思いとか内面が、関西の視聴者には伝わっていないんだと。やっぱりニュース映像を見ると、激しく機動隊員とやり合ってる、「ごぼう抜き」っていわれるような排除される映像ばかりが流れていて、一人一人の沖縄県民の内面、心のいろんな葛藤とか思いが伝わってないんだということが、私自身、悔しいというかつらくて、それを私は伝えたいと思って企画書をまた書くんです。

 その機動隊員の差別発言直後の2016年の11月に、また大きな出来事がありました。大阪市内で機動隊員を擁護する、守るデモが行われたんです。機動隊員の沖縄における暴言も含めて、機動隊を守らなきゃいけないんだと。「機動隊員がバッシングされている」と叫ぶデモの人たちを取材した時に、普通の街中のおばさんが「松井さんも言ってたよね、どっちもどっちって」「それは私もいろいろ言われたら言い返すわ。機動隊員だって、だからああやって言い返したのよね」と。ほんとに政治家の言葉と機動隊員に寄り添うような発言を、街中で買い物をしてる普通のおばさんが言っていたんです。

 大阪って、元々、沖縄から移住してこられた方たちがたくさん住んでる地域で、他の地域よりは沖縄と関係の深い人たちがいるはずなのに、なんでこんなことになっているんだろうと唖然としました。それがもう1本、沖縄の作品(『沖縄 さまよう木霊』)を作らなきゃいけないんだという動機になりました。

三上 沖縄の2作品と『教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』『バッシング~その発信源の背後に何が』、本書で取り上げているこの4本の斉加作品の上映会もいつかできると良いと思いますが、まずはこの本『何が記者を殺すのか』を、映画を観る前か後にぜひ読んで頂きたいですね。■

 

撮影/黒田史夫

構成/木村元彦

 

関連書籍

何が記者を殺すのか 大阪発ドキュメンタリーの現場から

プロフィール

斉加尚代×三上智恵

斉加尚代(さいか・ひさよ)

1987年に毎日放送入社後、報道記者等を経て2015年から同放送ドキュメンタリー担当ディレクター。担当番組は『なぜペンをとるのか─沖縄の新聞記者たち』『沖縄 さまよう木霊─基地反対運動の素顔』『バッシング─その発信源の背後に何が』など。『教育と愛国─教科書でいま何が起きているのか』ではギャラクシー賞テレビ部門大賞。映画『教育と愛国』で初監督。個人として「放送ウーマン賞2018」を受賞。著書に『教育と愛国―誰が教室を窒息させるのか』(岩波書店)、『何が記者を殺すのか-大阪発ドキュメンタリーの現場から』(集英社新書)がある。

 

三上智恵(みかみ・ちえ)

ジャーナリスト、映画監督。毎日放送、琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画「標的の村」(2013)でキネマ旬報文化映画部門1位他19の賞を受賞。フリーに転身後、映画「戦場ぬ止み」(2015)、「標的の島 風かたか」(2017)を発表。続く映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督作品、2018)は、文化庁映画賞他8つの賞を受賞した。著書に『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』『風かたか「標的の島」撮影記』(ともに大月書店)、『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)等。

 
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