対談

出生前診断──選ぶ・選ばない・選べない

室月淳×河合香織
室月淳×河合香織

選ぶ――選択に善し悪しはない

河合 今日のイベントのタイトルは「選ぶ・選ばない・選べない」です。もし出生前診断で陽性だと確定した場合、どうするのかを「選ぶ」ことになります。

室月 結局のところ、「命の選別」という言葉に象徴されるように、出生前診断の議論は「選択的中絶」の話に尽きるわけです。

河合 選択的中絶は、胎児の病気を理由にした中絶のことですね。今の日本の法律では、経済的、母親の身体的理由での中絶は認められていますが、胎児の障害を理由にした「選択的中絶」は認められていません。

室月 出生前診断をすると、ほとんどの方は陰性です。ですが陽性だった場合、どうするのか。みなさん結果を聞いたら動揺されますし、タイムリミットもある問題です。NIPT検査を受ける予定の妊婦とパートナーの方には、「陽性だったらどうするのかを、相談しておいてください」と、必ずお伝えしています。

 決断の前には、検査の対象とされている染色体の病気がどのようなものなのか、具体的に知ることが重要です。ダウン症候群の場合は、病気というよりも性質のように捉えたほうがいい。普通の子とほとんど区別ができないくらい元気に育つ子もいれば、心疾患などの医学的問題を抱える子もいて、かなり幅があります。体質的になりやすい病気の予防に注意して、早期からの養育プログラムを受けるなど、対応が必要です。なかには大学を卒業して職を得て、自活している人もいます。

河合 本では、アトピーと同じような「体質」なのだと書かれていましたね。私自身もアトピーなので、そういう理解でいいのかと腑に落ちました。

室月 18トリソミーと13トリソミーの場合は、1年以内に90%が亡くなり、かなり重い病気と言えるでしょう。出生時には気管挿管や呼吸補助が必要なことが多く、合併する病気もあります。それぞれの病状については、本に詳しく書いてあります。そうした情報を踏まえた上で、もし染色体の病気だとわかった場合には、産むか中絶するか選ぶことになります。

 本当に正直にお話しすると、産んだ場合も、中絶する場合も、どこかの段階で後悔する時期が来ます。その時に、あれだけ考えて悩んで決めたことだと思えるか、周囲に流されて決めてしまったと思うのか。私の実感としては、「あの時、決めたんだから」と思える人のが、そうした面を乗り越えているようです。

河合 私は出生前診断にまつわる痛みを持った女性やカップルに話を聞いてきました。先生がおっしゃるように、どんな選択でも痛みが伴う。ああすればよかった、でも自分が決めたんだという中で揺れ動きながら生き続けているのだと思います。

 その揺れ動きは、時間が経てば無くなるわけではない。命を選ばなければいけない、しかも自分のお腹やパートナーのお腹にいる命を選ばなくてはいけないのは、非常に痛みを伴った、酷なことのように思えます。実際に、選ぶことから逃げてしまう人もいると、著書に書かれていましたよね。

室月 選択すること、受け入れること、その後の生活については、本当にそれぞれです。きちんと受け入れて、責任を持って赤ちゃんと取り組んでいく方もいます。でも、ご夫婦で取り組むのが難しかったり、最終的には乳児院に預けたりする方もいる。わが子だから時間が経てばかわいくなるとは単純には言えません。そうした難しさは見ていて実感しています。

河合 室月先生の本にも、「良い選択というのは、実はない」と書かれていますね。私も取材をしたのですが、難病で苦しむ1歳の子どもの口を、母親がふさいでしまった殺人未遂事件がありました。

 その子は遺伝性の難病をもち、お母さんは10年ほど前にも同じ疾患で子どもを亡くしていたんですね。その病気は非常に重篤で、多くが4歳までしか生きられない。3時間おきに痰の吸引をしなければいけなかったのに、お母さんが疲れて寝てしまい、起きたら亡くなっていたというつらい経験を持っていました。ですから、出生前診断を受けられずに生まれた次の子を、お母さんはこの子は生きていても苦しい思いをして死ぬだけだと思ってしまったと話していました。

 お母さんが罪を犯してしまったことは事実です。それでも、その背景にある命をめぐる苦悩にも目を向けるべきではないかと思っています。

 

選ばない――見る前に産め!

河合 もうひとつ、「選ばない」という方法もあります。検査を受けない、知らないでいる権利についても注目されるようになってきました。

室月 産婦人科医の大野明子先生が2003年に『子どもを選ばないことを選ぶ』(メディカ出版)という本を書かれています。最初から選ばない。つまり、出生前診断をしないと。私個人としても、万が一病気を持って生まれたとしても、なんとか育てていきたいと思うのであれば、最初から受けないと決めていいと思っています。

 社会学者である立岩真也さんの本を読んでみても、日本の倫理学(障害学)の思想では、中絶に対しては女性の自由を認めるが、赤ちゃんの質を判定して中絶することに関しては許容できないという考え方があるそうです。ちなみに大野先生はそのことを知らず、ご自身の体験の中から「選ばないことを選ぶ」考え方にたどり着いたのだとおっしゃっていましたね。

河合 本の中で、室月先生は大江健三郎の短編小説『見る前に飛べ』を引用されていましたね。

室月 大江健三郎は私の青春です(笑)。「見る前に飛べ」はもともとオーデンの詩句ですが、「見る前に産め!」と私は書きました。

河合 すごい! 見る前に産め!

室月 いえいえ(笑)。「案ずるより産むが易し」のような意味だと思っていただければ。

河合 大江健三郎さんは、ノーベル賞文学賞を受賞した際、四国の森の中で生まれ、戦争を体験し、子どもが障害を持って生まれたことは、自分にとっては偶然だけれども、偶然の中に自分の根拠があるのだとおっしゃっていました。

室月 医学的に言うと、大江さんの息子さんの障害は、遺伝的な疾患ではないので、あの時代に出生前診断を行うのは難しかったと思います。

河合 ですがダウン症のお子さんは遺伝的な理由がない場合がほとんどであったとしても、次のお子さんのときには出生前診断をする方もいます。

室月 そうですね。今でも上の子に生まれつきの病気があったとき、次の子の出産ではNIPTを希望する方はけっこういらっしゃいます。ただ、何度も言いますがNIPT検査を受けても3つの染色体の病気しかわかりません。「上の子と同じ病気かどうかは検査でわかりませんよ」と説明しますが、やはり不安なんですよね。

 たぶんこの不安の背景には、家族や行政の支援に対しての不満があるのだと思います。それが次の妊娠の時に、形を変えた不安になって、「出生前診断を受ければ解決できる」と考えてしまうのかもしれない。

 そういう方には「あなたがかかえている問題は出生前診断はあまり解決にはならないので、どうせ20万円かけるのならば、ハワイにでも行って家族で遊んできた方が、よっぽどストレス解消になって、妊娠や出産に前向きになりますよ」と声をかけることもあります。「先生、20万ではハワイに行けません」と言われてしまいますけど(笑)。

河合 非常に重要な指摘ですよね。本当は胎児の病気を調べたいわけではなく、その影には色んなストレスや不安が隠れている。

室月 そうですね。そんな時に、助産師さんや看護師さんの役割はすごく大きいです。妊婦検診の時に、信頼関係のある方に話を聞いてもらうことで解決する部分も多いと思うのです。もしかしたら半分は検査を受けなくても、妊娠・出産に向き合えるのではないかと感じます。助産師さんも看護師さんも忙しい現状はあるのですが……

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出生前診断の現場から

プロフィール

室月淳

室月淳(むろつき・じゅん)

1960年、岩手県生まれ。東北大学医学部卒業後に東北大学医学部産婦人科に入局。カナダ・ウェスタンオンタリオ大学ローソン研究所に3年間留学し、国立仙台医療センター産婦人科医長、岩手医科大学産婦人科講師などを経て、現在は宮城県立こども病院産科科長。東北大学大学院医学系研究科先進成育医学講座胎児医学分野教授を併任。共編著に『骨系統疾患−出生前診断と周産期管理』『妊娠初期超音波と新出生前診断』、単著に『出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」』がある。

河合香織

河合香織(かわい・かおり)

1974年生まれ。ノンフィクション作家。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒業。2004年に出版した『セックスボランティア』で障害者の性と愛の問題を取り上げ、話題を呼ぶ。2009年『ウスケボーイズ―日本ワインの革命児たち―』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年『選べなかった命―出生前診断の誤診で生まれた子』では大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞を受賞した。

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