対談

取材とは「相手から何かを奪う暴力的な行為」である――いま改めてメディアの責任を考える

『デス・ゾーン』文庫版刊行記念対談【後編】
金平茂紀×河野啓

第18回開高健ノンフィクション賞作品『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(集英社)の文庫版が1月20日に発売された。2018年に亡くなった「異色の登山家」とも称される栗城史多氏を描き注目を集めた一冊だ。

栗城氏は「夢の共有」というキャッチコピーを掲げて登山の様子を動画配信するなど、型破りな活動を続けて話題を呼んだ。その活動には激しい毀誉褒貶がついて回った。

そんな栗城氏を主人公に据えた本書が文庫化されるにあたって、著者の河野氏が解説文の執筆を頼んだのが、TBS『報道特集』の特任キャスター・金平茂紀氏だった。依頼の背景には何があったのか。そして金平氏は『デス・ゾーン』をどう読んだのか。2月初旬に行われた対談の後編をお届けしたい(構成:朝山実)。
 

河野 いまは地方にも吉本興業など大手プロダクションが進出して、ローカルの深夜番組も東京と変わらない。これを地方局がありがたがっていてはいけないと私自身は思っています。

ところで、金平さんはご著書などでメディアの「自発的隷従」という言い方をされています。いつしか威勢がいいのは体制寄りの人ばかり。もういろんな場面で「忖度」が増え、息苦しさを感じるような現場になっています。

私の経験で言うと、7~8年前、北海道の3つの離島を旅する番組をつくったんです。そこで礼文島に「日本最北の島、礼文島」とナレーションを入れたら、東京の営業が「“日本”を取れ」と言ってきた。

金平 あぁ、北方領土か。

河野 そうなんです。択捉島の北の岬が、宗谷岬や礼文島の最北端よりも北にある。わずかに。それで営業が、大事なことを見つけてやったかのように現場に下ろしてくる。

金平 まあ、そういう検察官みたいなのがいるんですよね。

河野 だけども、礼文町が出している観光パンフレットにも、フェリーターミナルの看板にも、「日本最北」の文字が踊っているんですよ(笑)。
 
金平 こないだ僕は、自費でモスクワに行ってきたんですよ。「戦争をやっている当事国の人間がどういう年末年始を送っているのか見たい」と、そう言ったら、会社の番組は後ろ向きで、ダメだって。

「わかった。じゃあ自費で観光客として行くんだったら文句ないだろう」って。それで行ってみたら、もうビックリ。まったく戦争の影が、無い。

金平茂紀氏(撮影:野﨑慧嗣)

河野 そうなんですか。ロシア兵もたくさん死んでいるのに。

金平 すごいですよ。みんなお祝いで「赤の広場」が遊園地みたいになっている。ウクライナでは夜中に防空壕に避難したりしているというのに。パラレルワールドですよ、まったく。

そして、モスクワの郊外に「ロシア連邦軍主聖堂」というのがあるんです。これは連邦軍と宗教が合体した、ロシア正教の教会で。普通、教会といえば白っぽかったりクリーム色だったりするのが、ここはカーキ色なんです。

河野 へえー。

金平 軍服の色なの、全体が。中に入って、たまげましたよ。「ロシア正教は、ロシア人が起こした戦争を守護神として、天上から見守っています」というモザイク画が沢山あって、勝利を祝福している。

中の一枚が、1945年8月9日、ソ連が日ソ中立条約を破って満州や千島、樺太に侵攻してきましたよね。その時のことが、軍国主義日本を打ち倒した、というモザイク画で描かれていた。日の丸やナチスの旗が打ち倒されてある。そこにロシア兵が集まって、天空を見ると神々が祝福している。

もう、すごくデカいモザイク画。それを見ながら皆で新年を祝っている。そんなところに「北方領土を返してくれ」とか言っていたんですよね。

ロシアのメンタリティを僕らは知らなすぎるっていうか。考えてみると、彼らは戦争をやることが悪いことだって、ロシア革命以来一度も思っていない。そう思いました。話がズレちゃったんですけど。

河野 ああ、いえいえ。サハリンでドラマのロケをしたとき、私たちスタッフが泊まったのはサハリン州の第一書記が別荘として使っていた屋敷でした。ロシア語で山とか丘を指す「ゴルカ」と呼ばれる建物で、その名の通り山から街を見下ろしている。街中の、壁が剥がれ落ちた4、5階建ての労働者アパートとは対照的でした。

共産主義という理念と出来上がった社会の実態はかけはなれているな、と。お話を聞いてサハリンの景色を思い出しました。

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デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場

プロフィール

金平茂紀×河野啓

 

金平茂紀(かねひら しげのり)
1953年北海道生まれ。東京大学文学部卒業後、1977年にTBS入社。報道局社会部記者としてロッキード事件などを取材する。その後はモスクワ支局長、ワシントン支局長、「筑紫哲也NEWS23」編集長、報道局長、執行役員などを歴任。2010年より「報道特集」のメインキャスターを務める。著書は『テレビニュースは終わらない』(集英社)、『抗うニュースキャスター』(かもがわ出版)、『漂流キャスター日誌』(七ツ森書館)、『筑紫哲也『NEWS23』とその時代』(講談社)など多数。

河野啓(こうの さとし)
1963年愛媛県生まれ。北海道大学法学部卒業。1987年に北海道放送入社。ディレクターとして数々のドキュメンタリー、ドラマ、情報番組などを制作。高校中退者や不登校の生徒を受け入れる北星学園余市高校を取材したシリーズ番組(『学校とは何か?』〈放送文化基金賞本賞〉など)を担当した。著書に『北緯43度の雪 もうひとつの中国とオリンピック』(小学館、第18回小学館ノンフィクション大賞、第23回ミズノスポーツライター賞優秀賞)など。2020年に『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』で第18回開高健ノンフィクション賞を受賞。

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