対談

取材とは「相手から何かを奪う暴力的な行為」である――いま改めてメディアの責任を考える

『デス・ゾーン』文庫版刊行記念対談【後編】
金平茂紀×河野啓

河野 最近なんとなく感じるのですが、「ごめんなさい」と言える人が少なくなった気がします。政治家は絶対に言いません。

以前、広島に原爆を落とした「エノラ・ゲイ」の米軍パイロットだった男性が、戦後60年を経て、初めて広島の地を踏み、原爆資料館を訪れるドキュメンタリーを観ました。

当初、彼は「私は国の命令に従っただけ。謝罪する理由などない」と話していましたが、資料館を見学した後、涙を流しながら「Sorry」とつぶやくんです。美しい響きでした。僕は、栗城さんから「Sorry」を聞きたかった。

いまのテレビは深く考える人間より、言葉を反射的に返せる人間、地べたの石ころでもなんでも拾ってすぐに相手にぶつけられる人間を「面白い」と重用する。金平さんもおっしゃられていますが、ニュース「ショー」なんですね。ネットも「〇〇をフルボッコ」と煽る。

私自身は口喧嘩番長よりも、訥々でも真実味があって心に染みる言葉を聞きたいんですが、なぜか居丈高な極論、暴論ばかりが称賛を浴びるんですよね。

金平 そうですね。ああ、最近、こんなことを言われたんだよね。「電話をいきなりかけるのは暴力的ですから」と。

河野 ああ、かけますね、私も(笑)。

金平 ハハハハ。いや「暴力的」と言われたのは、ある学会があって、若い学者たちと懇談する場で、「いきなり電話をかけてくる失礼なヤツがいるんだよ」っていわれたから、「僕、しょっちゅう電話かけるんですけど」って返したら、「いやぁ金平さん、電話をする前にメールで一言『いまから電話入れて、いいですか?』と聞くのがエチケットでしょ」っていうから、エーッ⁉

河野 アハハハハ。私は金平さんに解説のお願いをしたとき、まずショートメールを送りましたよ。返信がなかったので翌日、電話しましたが(笑)。

金平 「いきなりの電話は暴力的です」と断言されちゃって。そうか、コミュニケーションを教える学者がそう言うのかと。

いまはチームをつくるのに、お互いに知らなくてもいい。SNSで呼びかければいいんだという。いま騒ぎになっている事件(関東広域強盗殺人)なんかもそうですよね。

河野 自分で手を汚さなくていいから、「抵抗されたら何をしてもいい」みたいな残虐な指示が出せちゃうのかもしれませんね。遠隔地からのSNSを使った戦闘命令。

イラク戦争のときに米軍がドローンを戦場で初めて本格的に使いましたけど、敵の基地を目がけて飛んでいくドローンとSNS強盗、ちょっと似ているように感じます。

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デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場

プロフィール

金平茂紀×河野啓

 

金平茂紀(かねひら しげのり)
1953年北海道生まれ。東京大学文学部卒業後、1977年にTBS入社。報道局社会部記者としてロッキード事件などを取材する。その後はモスクワ支局長、ワシントン支局長、「筑紫哲也NEWS23」編集長、報道局長、執行役員などを歴任。2010年より「報道特集」のメインキャスターを務める。著書は『テレビニュースは終わらない』(集英社)、『抗うニュースキャスター』(かもがわ出版)、『漂流キャスター日誌』(七ツ森書館)、『筑紫哲也『NEWS23』とその時代』(講談社)など多数。

河野啓(こうの さとし)
1963年愛媛県生まれ。北海道大学法学部卒業。1987年に北海道放送入社。ディレクターとして数々のドキュメンタリー、ドラマ、情報番組などを制作。高校中退者や不登校の生徒を受け入れる北星学園余市高校を取材したシリーズ番組(『学校とは何か?』〈放送文化基金賞本賞〉など)を担当した。著書に『北緯43度の雪 もうひとつの中国とオリンピック』(小学館、第18回小学館ノンフィクション大賞、第23回ミズノスポーツライター賞優秀賞)など。2020年に『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』で第18回開高健ノンフィクション賞を受賞。

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