対談

好きなことを職業にしてみたら愉しい!?

髙野てるみ×テリー伊藤
髙野てるみ×テリー伊藤

コロナ禍で危機に見舞われている映画界。それでも、これを乗り越えて、今も変わらず良質な映画との出会いの場となっているのが、ミニシアターです。
80年代以降、『テレーズ』『ギャルソン!』『ガーターベルトの夜』などの配給作品のヒットでミニシアター・ブームを作った一人、髙野てるみさんの著書『職業としてのシネマ』(集英社新書)が刊行されました。
本書は、配給やバイヤー、宣伝などの映画の仕事について、やりがいや面白さ、難しさなど、現場のリアルな実情や仕事を続けるモチベーションについて伝える一冊。現場の豊富なエピソードは映画業界で働きたい人はもちろん、映画愛好家にもたまらない一冊となっています。また、ひとりの職業人として好きな仕事に情熱を注ぎ突き進む髙野さんの生き方に、仕事をする誰もが影響されるような一冊です。
本書の刊行を記念し、演出家・TVプロデューサーのテリー伊藤さんとのトークショーが行われました。古くからのお知り合いの間柄で、仕事論から老後論までほがらかに語り合いました。

※7月11日に代官山蔦屋書店で開催された配信イベントの一部を記事化したものです。

テリー伊藤さん

映画の配給はどのように進められるか?

髙野 お久しぶりです。お忙しいのに、『職業としてのシネマ』を読んでいただいてありがとうございます。いかがでした?

伊藤 この本の中でいくつか印象に残ったところがあって、まずは『ギャルソン!』の話をしたいんですよ。主演のイヴ・モンタンは僕らの時代のスターで、ちょっと古い感じがするじゃないですか。新しい風が吹いていないというか。でも、それをてるみさんは、「ギャルソン」とか、「ブラッセリー」「グルメ」といった言葉を使って、それを売りにして、おしゃれで先端的なイメージの映画にしちゃう。戦略として上手い。どういう気持ちであの映画を売り込んでいったのですか。

髙野 80年代当時、ファッションブランドのコム・デ・ギャルソンがすごく流行っていて、グルメ・ブームの中でも、ギャルソンやブラッセリーが注目され出されていたりして、世の中に「ギャルソン」という言葉が浸透していたから、これは売りやすいかなと思っていました。今これを上映しなさい、というふうに言われてるような気もしていましたね。
 それと、日本でも、ちょうどスティーブン・スピルバーグ監督とかのSFXを駆使した映画が台頭してきた頃でもありました。なので実を言うと、『ギャルソン!』は「残り物」というか、配給されないままの状況のものを、かなり廉価で手に入れられたんです。

伊藤 それって、ごめんなさい、いくらぐらいで手に入ったの?

髙野 「え?」とみんなが驚くぐらい。テリーさんなら今すぐ、「じゃ、明日、全額持ってくるわ」っていう値段ですよ(笑)。

伊藤 それは誰と交渉するんですか。

髙野 フランスの権利元のプロデューサーとかとです。

伊藤 それで、てるみさんがフランスへ行くの? 国際電話で?

髙野 行かなくたっていいんですよ。まだメールはなかったから、ファックスとかでレターで交渉して。もちろん直接どうしてもというときは行くべきですよ。いろんな方法でいいんだけれども、よそとの競争に負けないよう早めに、かつ、なるべく安く契約する。
『ギャルソン!』は小さな出資でかなり大ヒットしたので、私自身、びっくりしましたね。ビギナーズラックっていうかね。

伊藤 てるみさんの強みというか凄いところは、そこから違うビジネスを展開していこうとしてましたよね。コラボした本を作るなど、いろいろ手掛ける。

髙野 あの頃、フランス映画が好きです、という人はちょっと特別な人のように思われていた。その裾野を広げるべく、映画業界の外のオピニオンリーダーにも映画評論をしていただいたり、作品を知ってもらおうとしました。
 だから、テリーさんにも声を何度も掛けたわけです。他業種とコラボしたり、そちらの方たちが持ってるネットワークをつなげていったり。自費で宣伝費をどんどん使うんじゃなくて、その方たちの力で協賛していただき、広めていくみたいなね。少しでも多くの方に味方になってもらってフランス映画になじんでほしいなという、その一心ですね。

髙野てるみさん

ミニマルという生き方

伊藤 『ギャルソン!』についてまた別の角度から話したいですけれども、あの映画のイヴ・モンタン演じるギャルソンというのは、それこそパリという都会で稼ぐ仕事人だったのが、今度は地方に行って平凡な生活をしていくわけじゃないですか。お金よりも今日の幸せを選んだ。そういうフランスの独特の哲学があるように思う。あの哲学は、てるみさんの人生に影響しているのでは? 

髙野 あ、引退して郊外に遊園地を作るという夢があったのね、彼には。そういう生き方には、すごく憧れますね。お金だけじゃない生き方。今の日本ではお金を持っている人がとにかく偉いみたいになってしまっていて、若い人が1万円でも給料の高いところにすぐ転職しちゃうとか、業種はどうでもいいからみたいなね。それってちょっと寂しいなと思います。
 私がフランス人から学んだのは、みんな自分の好きな職業をまっとうしているところなんです。アーティストだったり、親の家業を継いだり、ちょっとしたものを作っていたり。「それで生計成り立つの?」みたいな感じでも、日本よりも公共料金が安いからなのか、やっていけるみたいで幸せそうにしている。誰かとの比較じゃなくて、ほんとうに自分の好きなことをやって生きている。

伊藤 もう一つ聞きたいことがあるんですけども、『職業としてのシネマ』の中に、自分が買い付けの立場として、みんなが欲しがる作品は手を出さないってありますよね。これは分かるようで、実際は大変なことじゃないですか。

髙野 うん。でも、競り合うものってどんどん値が高くなるじゃないですか。どんどんどんどんエスカレートしていって、すごく高値で買うことになる。フランス側は喜ぶけれども、日本側はその競り合いで勝ち取れたらそれで仕事が終わってしまうみたいに、エネルギーを使っちゃうわけですよね。私はそういうことを避けたいし、そもそも資本力もありませんから。
 値が上がったものは、賞を獲ったり、大監督のものだったりと、どれも素晴らしい作品なんだけれども、大きくヒットさせなければいけないので宣伝費もすごくかかります。私の場合は、これから成功する人の最初の頃を知っていたいとか、その作品を世に出してみたいという気持ちがあって。
 初めてのことにチャレンジしている人の熱意って、すごく尊いというかピュアじゃないですか。大きな資本の中で作らなきゃいけない作品は、よくできていても自分として好きなことが出来なくなっているような作品は、あまり好きじゃないんですよね。だから、精神がミニマルなんだと思います。料理なんかでも残り物を工夫して作るのが好きなんですよ。

配信中の画面

「わたしは、これから起こることの側にいる人間でいたい。」

伊藤 僕は洋服が好きだから、海外のデザイナーの作品もいろいろ見るわけです。そうすると、秋冬とか春夏のファッションを見て、「このデザイナー、今恋してるな」とか「今は失恋してるな」ってなんとなく分かる。
 てるみさんの精神状態だって、いつもフラットなわけないじゃないですか。そうだとすると、選ぶ作品というのも自分の精神状態によって変わってくるんですか? 例えばあのときはあれを選んだけども、今の私の精神状態だとあれよりもこっちのほうがいいっていう。

髙野 私は自分のことよりも今世の中がどうなっているかを心配してしまうんです。映画配給の仕事でも、今この作品は日本に絶対必要だなとか、みんなが見たがるなと強く思うから、あまり悩まない。外があって自分がいるみたいに、いつも外のことを考えてるので、外に出ていると元気になっちゃう。
 私にとっての働く女性としての教祖、ココ・シャネルで一番好きな言葉に、「わたしは、これから起こることの側にいる人間でいたい。」というのがあるんです。本当に私も、遠くから見ているんじゃなくて、そこに何か関わることができると嬉しいなっていうか、仲間に入れてもらいたいなと思うんですよ。

伊藤 なるほどね。しかし、今回の本を読ませてもらって感心したのは、僕と離れていたこの20年間で、てるみさんはこんなに社会性のあるちゃんとした仕事をしていたんだって。僕は相変わらず「早朝バズーカ」みたいな悪ふざけをテレビでやっているんでね。「から揚げの天才」っていうお店を出したりもしてるけれども、大したことない。あんまり僕は変わんないんですよ。大したことやってないんで。

 

70代って素晴らしい

髙野 とはおっしゃるけどね。私が仰天したのは、久しぶりにお話ができるということで今回テリーさんのことを調べたら、テレビの仕事は当たり前だとしても、すでに著作が80冊以上もある。凄いです。一番近著が、『老後論』(竹書房)で、副題が「この期に及んでまだ幸せになりたいか?」。

伊藤 70代になってまだ幸せを掴もうとしてるって、ろくでもないよね。

髙野 でも、それはテリーさんが掴めているから言えるんじゃないですか。やっぱり好きな仕事をし続けてこれたから言えるんだと思います。
 普通の方って、大企業で出世を考えるしかない中で、いい思いをした方もそうでない方も、そこを離れちゃうと何者でもなく、ゼロベースになっちゃうんですよね。そうなるとすごく苦しむみたいで。おうちの人から、「もううるさいからなるべくいないで」とか、そういう現実があるからあがくと思いますよ。
 そうしたら、テリーさんの『老後論』にとてもいい言葉がありました。のんびりしていいよ、って。もう退任した方たちはのんびりすることが大事で、仕事をしないと生きている気がしないっていう人間は精神が弱いんであって、仕事しないでも平気な人は精神が強いんだって書いてありました。私なんかは、仕事がないとダメなんで、精神が弱いんだなと。だから、テリーさんの言葉集も出しませんか? 私は、ココ・シャネルとかマリリン・モンローとかの言葉集を出版しているので。

伊藤 言葉集?

髙野 というのは、私、テリーさんと知り合った頃にいろいろ教えてもらった言葉が今もこだまするんです。例えば、これからテレビは床の間に置くべきものになっていく、と。その通りになりました。
 それから、私がすごくしゃべり過ぎるからよくないよ、と。少し出す。少しのほうが魅力を増すんだ、と。テレビは神様になります、とも。それはもう現実になってますよね。

伊藤 今言われた言葉、全部忘れてました(笑)。

髙野 そうなの? 忘れちゃうからいいんですよね。

伊藤 忘れてるのと、あとそれってもしかしたらもう今は通用しないかも分かんない。意外と俺、昨日言った言葉に責任を持たないんですよ。あんまり昨日のことに興味がないんですよね。昨日の言葉を背負うのが、めどくさいんですよ。

髙野 だから、70代って素晴らしい。私も、例えば誰と喧嘩したかなっていうのも忘れてしまう。いい意味ですごく忘れられるんですよね。そういう意味では、年齢を重ねると、人生が楽になってきますよね。

 

「人生、なめてかかって真面目にやれ」

伊藤 演出家としての僕がこのごろ心掛けてることは、コロナ禍になってから、人に不安感や恐怖心を与えることはしないようにしようと。このままだと日本は駄目になっていくとか、政府が駄目だとか何とかとか、そういうのじゃなくて、何でもいいから面白そうなことをずっと言っていたいんですよ。

髙野 うん、肯定ね。肯定していくのね。

伊藤 例えば、最近も2回ワクチン打ったでしょ。2回ワクチン打って、テレビ局の人に副反応ありましたかって聞かれたんですよ。僕は「副反応あった。実は絶倫になった」って言ったんです。そうしたら、それはあんまりテレビで言わないでください、って打ち合わせのときに釘を刺さされてしまった。副反応で絶倫になりました、っていうぐらいの話ですら笑えないみたいなのは、これなんか違うんじゃないかなと思って。
 だから、大変な状況だからこそ、僕たちみたいなお笑いの演出家は、面白いことしか言い続けない。社会性のあることは別に僕が言わなくたって、今の中学生とか高校生のほうがもっとしっかりしてると思うの。70過ぎたら人のためになるようなことなんか一切やらなくていい。「あいつ、まだそんな面白いことやってんのか」っていうことを常に考えていたいんですよ。

髙野 絶倫になるのかならないのかはいいとして、「これ言わないでください。あれ言わないでください」っていうのが、コンプライアンスとかいうんですか。それってすごく面白くないですよね。

伊藤 でも、僕はコンプライアンスのせいにもしたくないんです。テレビの制作部の中でも、雑誌の人たちもそうかも分かんないけど、「いや、今厳しいんですよ」と言って、すぐコンプライアンスのせいにするんです。コンプライアンスあって結構なんです。これは修学旅行の門限みたいなもんなんですよ。門限あっていいんです。それをどうかいくぐって抜けて行くかが面白いのだから。
 で、仕事をしていて、僕が自分の中の一つの格言にしてるものに、「人生、なめてかかって真面目にやれ」っていうのがあるんですよ。

髙野 なめてかかって、真面目にやる、ですね。

伊藤 たぶんそれって、大谷翔平もそうですよ。イチローも松井秀喜も全員実はそこがあると思うんです。「メジャーリーガーなんか大したことないよ」って、彼たち口には出さないけど、「高校野球であれだけ鍛えられた俺たちは、ベンチでガムかんでる連中とは訳が違うんだ」っていう、そういう意識が絶対あると思う。だから、なめてかかって、でも一生懸命やる。
 70過ぎの老人になったって、おびえるとかじゃなく、「大したことねえよ、70なんて」というような気持ちも要るんですよ。ネガティブな捉え方は誰しも持っています。でも、そこに意識をやっていると、自分で自分を弱くしちゃうから、なるべくそんなことは人に言わず、心に留めておく。あとはもう「おりゃ!」とやっとけば面白いかなと。

髙野 いいですね。では、そろそろ、ここで参加者の方からの質問にお答えしていきましょう。

 

これから挑戦したいこと

 より多くの人の笑顔につながる社会軸を持ち、天才的にエキサイティングに、そして自然体で自分らしく生きているテリーさんの生き方の秘訣を教えてほしいです。 

伊藤 いやいや。別にエキサイティングでもないし、家に帰るとしゅんとしてるし、ほんと借りてきた猫みたいだし。

髙野 うそでしょ。

伊藤 ほんとそうですよ。意外と普通です。外食も人見知りして、同じところに50年も行ってるし。でもまあ、心掛けていることならば、今、僕71歳なんですが、71の中ではいい感じだなというふうに思われていたい。思いたいんです。同級生の中で「お前いいな、なんか。まだ頑張ってて」とか、「相変わらず、お前、すけべな話してんな」ぐらいのノリでいます。

 それぞれの分野でご活躍の髙野てるみさんとテリー伊藤さんですが、これから挑戦したいことについてお聞かせください。

伊藤 もう70過ぎたらそう仕事ないから、来た仕事はもう何でもやらしていただきます。

髙野 そうなんですね。じゃ今日もそうなのかな。

伊藤 僕、昔から言ってるんですよ。北朝鮮の仕事からキャバクラまでっていうのが一応私の守備範囲なんです。だから、そんな偉くないんですよ。町内会の秋祭りの演出もやらしてもらいたいぐらいだから、もう何だっていいんですよ。てるみさんは?

髙野 私はね、探偵か、検察官か、映画監督になれたらな、と。ただ、脚本を自分で作らないといけないんです。フランス流でいうと、まず脚本書けないと映画監督にはなれないんですよ。だから、まず、やるとなったらですが、短編から。短編から始めます。テリーさん、その時は、ぜひ出演してください。

伊藤 いいですよ。大協力しますよ。探偵ものの映画作ってよ(笑)。楽しみにしています。■

構成/オバタカズユキ

撮影/野本ゆかこ

 

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プロフィール

髙野てるみ×テリー伊藤

髙野てるみ(たかの てるみ)
映画プロデューサー、シネマ・エッセイスト。東京都出身。株式会社ティー・ピー・オー、株式会社巴里映画代表取締役。1987年に洋画配給会社を設立し『テレーズ』『ギャルソン!』『サム・サフィ』『ミルクのお値段』『パリ猫ディノの夜』などフランス映画を中心に配給・製作を手がける。編共著に『映画配給プロデューサーになる!』(メタローグ)、著書に『ブリジット・バルトー 女を極める60の言葉』(PHP文庫)、『仕事と人生がもっと輝くココ・シャネルの言葉』(イースト・プレス)など多数。

 

テリー伊藤(てりー いとう)
1949年、東京・築地生まれ。早稲田実業高等部を経て日本大学経済学部を卒業。現在、慶應義塾大学大学院の政策・メディア研究科に在籍。「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」「ねるとん紅鯨団」「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。現在は演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。YouTube公式チャンネル『テリー伊藤のお笑いバックドロップ』も配信中。

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