プラスインタビュー

武部聡志が分析 松田聖子と中森明菜、ジャニーズアイドル、玉置浩二から見た「優れたボーカル」とは?

武部聡志

松田聖子の声質、中森明菜の声質

――武部さんのキャリアを振りかえると、アイドルとの仕事も多いですよね。そのなかでも日本を代表するアイドル歌手のふたり、松田聖子さんと中森明菜さんは武部さんから見てどんなボーカリストでしたか?

武部 ふたりはライバルのようにとらえられて、よく比較されてきましたけど、まったく別のタイプのボーカリストです。松田聖子さんは持って生まれた声質が明るい。あの明るさが、まず彼女の持ち味だと思います。しかもただ明るいだけでなく、ハスキーな質感もあって、ちょっとした憂いを感じさせる。日本人がとくに好きな声質ですね。だからメジャーコードの、アップテンポな曲が魅力的な一方で、僕は『SWEET MEMORIES』や自分がアレンジした『瑠璃色の地球』のような憂いのある、落ち着いた曲に魅力を感じます。そういった意味では、彼女はただの明るいアイドルではありません。歌唱力にも優れていて、僕が80年代にご一緒した、いわゆるアイドル歌手の人たちのなかでは断トツです。

 中森明菜さんの場合、あの翳りみたいなものは他の人の声にはないものですね。だからほとんどのヒット曲がマイナーコードなんじゃないかな。メジャーコードの曲は少ないと思います。そういうところも、彼女のアーティストとしてのイメージを方向づける一因になったかもしれません。特筆すべきは、聖子さんよりもビブラートの音程幅が広いことです。それで余計に、明菜さんの歌のほうが湿り気が多く感じられるんでしょう。おそらくその声質や歌い方に合った楽曲を選んできたんでしょうね。

――ビブラートの幅と歌の湿り気にはつながりがあるんですか?

武部 ウェットな歌唱法をする人は、わりとビブラートの幅が大きいですよね。玉置浩二さんやASKAさんもそうです。そういう人は中国とか台湾とか、アジアでよく受け入れられている気がします。アジアで売れている日本のアーティストに共通して言えるのは、そのウェットさじゃないですか。みんな声質が似てますよ。声質や歌い方のニュアンスが。

――1980年代から仕事をしてこられて、以前のアイドルと最近のアイドルにはどんな違いがありますか?

武部 いちばん大きく変化したのはテクノロジーです。80年代はレコーディングしたボーカルテイクを直せなかった。でも今はピッチもタイミングも修正できるし、変な話、テレビ番組で歌ったものも修正できます。以前はごまかしがきかなかった分、仮にピッチが悪いとしても、その悪さを補う表現力をみんなが身につけようとしていました。今はどうなんだろう? 直せることが前提にあるから、ボーカルの刺さり方というか、強さみたいなものは弱まってるのかもしれません。ボーカリストとしての覚悟は、かつてのアイドルのほうがありましたよね。

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プロフィール

武部聡志

武部聡志(たけべ さとし)

作・編曲家、音楽プロデューサー。国立音楽大学在学時より、キーボーディスト、アレンジャーとして数多くのアーティストを手掛ける。
1983年より松任谷由実コンサートツアーの音楽監督を担当。
一青窈、今井美樹、JUJU、ゆず、平井堅、吉田拓郎等のプロデュース、CX系ドラマ「BEACH BOYS」「西遊記」etcの音楽担当、CX系「僕らの音楽」「MUSIC FAIR」「FNS歌謡祭」の音楽監督、スタジオジブリ作品「コクリコ坂から」「アーヤと魔女」の音楽担当等、多岐にわたり活躍している。

構成・文:門間雄介(もんま ゆうすけ)

ライター/編集者。1974年、埼玉県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。
ぴあ、ロッキング・オンで雑誌などの編集を手がけ、『CUT』副編集長を経て2007年に独立。その後、フリーランスとして雑誌・書籍の執筆や編集に携わる。2020年12月に初の単著となる評伝『細野晴臣と彼らの時代』を刊行した。

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