みんなが安心して歌を歌えるように
――プロデューサーや作・編曲家、あるいは音楽監督として、ボーカリストと接するときに心がけているのはどんなことですか?
武部 ボーカリストは、プロデューサーやディレクター、作・編曲家といったチームのいろいろな思いを背負ってフロントで歌います。そうするといちばん風を受けるのがボーカリストですよね。そういう意味では、いちばんつらい立場なんです。だから僕は、ボーカリストがどうすれば実力以上のものを発揮できるか、いかにストレスなく歌えるかということを考えて仕事をしているつもりです。僕がさまざまな番組で音楽監督を任せていただいている理由は、そういったところにあるのかもしれません。武部なら大丈夫だとみんなが安心して歌ってくれることが、僕にはいちばん嬉しいことですから。
――ボーカリストを生かすという、その価値観はどうやって培われたものですか?
武部 学生時代にアマチュアバンドをやっていたころは、自分で歌いたかったんですよ。でも歌えるほど歌がうまくなかった。ちょうど同じ時期にスティーヴィー・ワンダーの歌を聴いて、雷に打たれたようなショックを受けました。こんな歌を歌う人がいるなら、自分で歌うなんておこがましいなと。だから自分は歌う人を支える側に回ろうと思ったんです。それで20代になって、歌い手を支える立場の仕事を目指したんですね。
――初めはボーカリストになりたかったというのが意外です。
武部 小学生のころからバンドをやっていたんですよ。バンドではギターを弾いて、フロントで歌ってましたからね。中学、高校のころまで。だけど素人レベルだったし、やってるうちに自分のへたさ加減に嫌気が差した。それが僕の原点かもしれません。
プロフィール
武部聡志(たけべ さとし)
作・編曲家、音楽プロデューサー。国立音楽大学在学時より、キーボーディスト、アレンジャーとして数多くのアーティストを手掛ける。
1983年より松任谷由実コンサートツアーの音楽監督を担当。
一青窈、今井美樹、JUJU、ゆず、平井堅、吉田拓郎等のプロデュース、CX系ドラマ「BEACH BOYS」「西遊記」etcの音楽担当、CX系「僕らの音楽」「MUSIC FAIR」「FNS歌謡祭」の音楽監督、スタジオジブリ作品「コクリコ坂から」「アーヤと魔女」の音楽担当等、多岐にわたり活躍している。
構成・文:門間雄介(もんま ゆうすけ)
ライター/編集者。1974年、埼玉県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。
ぴあ、ロッキング・オンで雑誌などの編集を手がけ、『CUT』副編集長を経て2007年に独立。その後、フリーランスとして雑誌・書籍の執筆や編集に携わる。2020年12月に初の単著となる評伝『細野晴臣と彼らの時代』を刊行した。